第五章『火の掟』・第二話『白衣の少女・碧き森のワナ』Part3
翌朝木の実を朝食に食べた後、皆バラバラに散ってしまった。
最初にどこかへ行ったのは、昨日森に着いて早々そのまま今朝まで眠っていたリフィアだった。
行きたい場所がある、と言って。
そう告げた時の彼女の表情が気になったが、敢えて皆黙って頷いていた。
因みに他のメンバーは。
テイムはそこら辺を散歩してくると言って本当に適当に去って行った。
サラは例のウサギっぽい生物と寝床にした木の下で楽しそうに戯れている。
ウサギの方はと言うと、やはり何とも言えない顔でされるがままになっていたが。
綾乃は特に何をする訳でもなく、ただ立ち去って行く者やそこに留まって遊ぶ者をボーっと見ていた。
と、急に日が遮られて暗くなり、変に思った綾乃は顔を上げる。
そこに立つ、レウィンと目が合った。
レウィンだと認識してすぐ、綾乃は顔を背けてしまう。
頬の辺りに血が集まって行き、熱を帯びるのが分かる。
あからさますぎる反応であったが、レウィンはそれに全く気付いていないようだった。
「綾乃さん、今何かすることあります?」
綾乃は別にないよ、と手をパタパタと顔の前で振った。
「じゃあ、一緒に歩きませんか?」
「え?」
「敵の手の中なのに、少し暢気過ぎるかもしれませんが」と、綾乃に手を差し伸べるレウィンは優しい顔をしていて、綾乃は無意識にその手に自分の手を重ねて立ち上がった。
「大丈夫じゃない?昨日陣の近くまで行ったけど、そんなに活発そうじゃなかったし。どうせ・・・・・・火星国からは出られないでしょ?出るなら強行突破になる筈だから、今の内にリラックスしておけばいいと思う。レウィン君だって本調子じゃないしね」
「あはは、すみません。あと、その、湊生さんの方が・・・・・」
指差された先には、ぐったりとした湊生が木の根っこを枕にして寝転がっていた。
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
「何かまた体調が悪いそうですよ。酷くは無いらしいので、安静にしておいて下さいと言っておきました」
「そこら辺のもの拾って食べたんじゃ?」
「いくらなんでもそれはちょっと」
歩き出しながらレウィンは苦笑した。
この兄妹は仲がいいくせに、お互いにこんな口をきく。
でもそんな言葉の中に、優しさが籠っている。
レウィンからしたら少しへそ曲がりに感じない訳でもないが、何だか暖かい感じがしているのでよしとする。
「で、どうしましょうか。ただ歩き回るよりも目的があった方がいいですよね」
「そうね、じゃあ火星国から出られる場所、探す?」
返事が無く、訝しく思ってレウィンを見る。
「ちょ、聞いてる?」
「綾乃さん」
「な、何!?」
「出られないってリフィアさん言ってましたよね。どう出られないんでしょう?」
「結界?んーどうなんだろ?聞いてみる?」
はい、とレウィンは強く同意して、一旦引き返しリフィアが歩いて行った方角を目指す。
結構時間が経っていた為、場所によっては追い着く前に迷ってしまうかもしれない。
もし簡単に見つからなかったら、自分から戻ってくるのを待つべきだな、なんて考えていると、前方見えるか見えないかの距離に小さくリフィアの姿が見えた。
思いの外あっさり見つかり綾乃は胸を撫で下ろした。
「リ・・・・・あっ」
声を掛けようとして、その言葉を飲み込む。
リフィアの前には小さな塚があって、その上に大きめの岩が乗せられ。
彼女が手向けたらしい花が、そこを飾る。
思わず木に隠れた二人に気付いていたらしく、リフィアは手を合わせたまま目を開き、こちらを見た。
「いるの、わかってるよ。出てきな」
「お恥ずかしいです」
「ごめんなさい」
ひょっこり出て来た二人を、リフィアは手招きして自分の傍まで来させた。
綾乃もレウィンも後ろめたく思えて苦笑いを浮かべる。
「ここには、アタシの父さんが眠ってんだよ」
「リフィアちゃんのお父さん?」
「そうさ」
そう、あれは五年前。
国境線近くの木星国領土で、“民狩り”があった。
連れて来られたのは老若男女、見境も無く、ただそこらにいた者達だった。
リフィアとその両親もその内の一人。
元々病持ちだった母は、牢の中の環境の悪さも相俟って早々と死した。
隙をついて逃げ出した父子であったが、その際深手を負ったリフィアの父親はやっとのことで辿り着いたこの森でその命を落とした・・・・・・。
幼いリフィアには生きる術などある訳もなく。
再び捕えられ、五年。
脱出を試みて成功したが・・・・・・国境を越えられることは出来なかった。
「国境に・・・・・何があったの?」
「僕達、それが聞きたくてここまで来たんです」
「幻覚、だよ」
幻覚で、辿り着こうとしても元いたところに戻ってきてしまうのだという。
「唯一、出られるとしたら、個々の陣のボスを倒すしかないんだ、多分」
「それは厄介ですね」
レウィンは大きく一つ溜め息を落とした。
寝床にした木の近くまで行くと、その上空に黒い雲が立ち込めているのが見えた。
「きゃあっ!?」
次いで聞こえたのはサラの悲鳴。
綾乃達三人は不測の事態に備え、気を引き締めた。
「湊生様!!」
サラに容赦なく揺さぶられて湊生が呻いた。
「囲まれてしまってるぞ」
「・・・何にィ?・・・うわっ!?本当だ!でも何故だ!?」
湊生達三人は、冥王星国軍に囲まれてしまっていた。
その中の一人の男が前に出てきて彼らを嘲笑う。
強力そうな武具からして、どうやら身分が高そうだ。
「俺は『ルーク』のディライテ。よろしくな」
冥王星の軍人は、チェスの駒の名称が地位によって付けられている。
ルークは所謂小隊長で、ポーン(一般兵士)を纏めるのが仕事だ。
「リフィアって小娘を追ってきたのか?」
「ああ。そうだ。それだけではない。・・・お前達もだ」
「・・・・・まさか、・・・いや、やっぱり、この森は魔法で作ったニセモノ。迷い込んだ者達が逃げて隠れられるのはこの森のみ・・・そういうことですか」
やっと戻ってきたレウィンが現れる。
その後ろには綾乃とリフィアがいる。
「ほう。分かっていたか」
「分からない方がおかしいです」
レウィン以外“全員知らなかったよ”といった顔をしている。
ただ湊生は、先日のレウィンの言葉を聞いていた為、このことを言っていたのかと思った。
攻撃に備えてこっそりとテイムは覚醒モードになる。
守護神は覚醒モードが本来の姿で、髪の毛や瞳の色が変わり、翼が生える。
テイムが魔力を手に込めた。
ディライテの視線がサラを捉えると、彼はにやりと笑った。
「どうもサラネリア姫。お兄さんから話は聞いている」
「お兄様から!?・・・お兄様が今、どこにいるか知っているの!?金星城にはもうずっと戻っていないとお父様もお母様も・・・・」
その言葉に驚いたのはテイムだ。
金星城に到着したその日、直に会話したのだから。
「俺、金星城でフェンと話したぞ?」
「え!?それは本当なの、テイムお兄様!!」
「ああ。そんなこととは知らなかった」
「近々自分からお前らの前に現れる筈だ。冥王星王の命令でな。さて。話はここまでだ。お前達、冥王星王の命により生きて帰すな!」
「「オウ!!」」
ポーン達が腰の剣を抜き放ち、こちらに向けた。