第一章『光の掟』・第一話『夕暮れの大地・常夏の城』Part3
「どうして、泣いているのです?」
その声に、綾乃はびくりと肩を震わせた。
声のする方に目をやると、フードを深く被った紺色のマントの少年が少し離れたところにある巨木の根本に鎮座していた。
「・・・・あ、私・・・・」
言われて自分が泣いているのに初めて気付き、先程までいた建物の前にある白い階段を下りながら慌てて目尻に浮かぶ涙を拭う。
階段を下り切ったところで、立ち止まった。
少年との距離は、おそらく6~7メートル。
「何か、お辛いことでも?」
「えっと・・・・その」
「言いたくないことであれば、仰らなくて全然構いませんけれど・・・・・、あまりにも貴女の顔が悲しそうに見えて・・・・」
どうしても、放っておけませんでした、そう言う彼の表情はフードで窺い知ることは出来ないけれど、何となく空気が柔らかくなった気がした。苦笑、しているのかもしれない。
そんな彼の姿に釣られてか、口元にほんの少し笑みを乗せ、綾乃は近寄ろうと更に一歩踏み出した。
「近寄らないで!」
少年が焦ったように叫び、その気迫に圧されて綾乃は怯えた。
記憶がなくて、頼りなくて、感情が些か機敏になっているのかもしれない。
「あっと。・・・すみません。怖がらせるつもりはなかったんです。それは申し訳なく思っていますが、本当に僕に近付いてはいけないんです」
綾乃の様子を見てとった少年が、すかさず詫びを入れる。
チカヅイテハイケナインデス・・・・・。
その拒絶の意味がさっぱりわからなくて、どうして、と問い掛けようと口を開きかけた。
が、タイミング悪く、少年の目は綾乃が先程までいた建物の方に向けられ尋ね損なってしまった。
「・・・・・『常夏の城・太陽城。そは“太陽大命神”なる者に治められし国なれば、彼の魔の国の侵略を許さずして・・・・・』」
「それは・・・・・?」
「『歴史ノ書』の各国史のこの国、太陽国の項中で最も有名な一節です」
少年の言っていることが理解出来ず、綾乃は首を傾げる。
「太陽国?」
「『その大地夕暮れに染まりしは、かくも美しからん。消えゆくものにこそ“そ”は宿れり』」
少年は、また別の一節を呟いてそっと立ち上がった。
それから、少年とは逆に階段の一番下に腰を下ろした綾乃へ視線が移される。
「貴女は・・・・・この世界の人間ではない、ですよね」