第三章『砂の掟』・第三話『禁じられた恋・歌姫の涙』Part3
「おはよう、エスティ君!!」
室を出て食堂に向かおうとした時、その前にレウィンを見つけ、名を呼び背中をとんと叩いた。
そのまま、彼の服を掴む。
「わあっ!?」
レウィンは仰け反り、振り返った。
『・・・・・・ま。姫様。また国王様に叱られてしまったのですか?仕方ないですね』
「・・・・・・!?」
砂羅の時と同じ。
その体に触れた時、声が聞こえた。
ボケてはいるが、映像も少し。
だが離せば、声も途切れて。
「どうしました?」
心配そうに覗き込んでくるレウィンに綾乃は顔を赤らめ、何でも無い、と手を振った。
それで、綾乃は次のことに思い至った。
もしかして・・・・・・触れることで、記憶の共有が出来る・・・・?
朝食後、あの辛い螺旋階段を駆け上がり、サラの部屋に綾乃はやってきた。
遅れて、荒い息のレウィンとテイム。
それと、一人楽するぬいぐるみ。
「綾乃さ、ん・・・・・ハァ、ど、どうしたんですかー?」
昨日の女官から借りた鍵を使って部屋に入り、すぐさまサラに近寄って行ってその手に触れた。
案の定、声が聞こえてきた。
だが、今回は映像は無い。
おそらく、本人の意識が無いからだろう。
今までとの違いはそれだけだ。
『お初にお目にかかります、姫様。私の名は、レウィン=エスティと申します。これからお傍で仕え、姫様をお守りし申し上げたく思います』
『ねえ、レウィン』
『はい、何でしょう?』
『私と・・・・・遊んで?』
『・・・・・・はい。遊びましょう』
声は、まさに一緒に旅をするレウィンそのもの。
やっぱり、記憶を共有出来る・・・・・・?
綾乃は一旦手を離し、再度触れた。
「サラ姫。聞こえる?私は篠原綾乃」
《お、おい。何やってんだー?》
湊生は泳いで綾乃の肩に乗っかった。
他二人、テイムとレウィンは黙って成り行きを見守っている。
『・・・・・・綾乃?貴方は、一体誰なの・・・・・?』
サラに呼び掛けたらもしかしたら通じるんじゃないかと思って試してみたが、本当に通じたらしく返事が返ってきた。
肩の上の湊生も、その瞬間びくっと震えた。
どうやら、湊生にもその声は聞こえているらしい。
打って変わってレウィンとテイムには聞こえてはいないようだ。
《脳に・・・・・直接、響いてくる》
「お兄ちゃんにも聞こえた?」
《ああ・・・・》
「どういうことですか?」
「私、他の人に触ることで記憶を垣間見たり、話すことが出来るみたい」
「・・・・・・!!じゃあ・・・・!!」と、レウィンが期待に胸を膨らます。
「うん、さっきサラ姫と話せたよ。また何か言ってみるね?」
言って、軽く息を吸い込んで気合を入れた。
ヘタして、更に殻に籠らせては元も子もない。
言葉を、慎重に選んで、言わなければ。
「私は、太陽大命神と魂を共有する表世界人」
『表世界の人・・・・・・?』
ならなぜここにいるの、と言いたげな口調。
サラの年齢は十二歳。
声から、年相応な感じがした。
「そうよ。貴女を迎えに来たの。一緒に、来て欲しいの」
『嫌』
「どうして!?」
サラが黙り込む。
「どうして?一緒に来てくれないの?」
綾乃の様子を訝しげに思って、レウィンは綾乃に近寄り、ジェスチャーを繰り広げる。
視界の端で、自分も聞きたいと訴えるレウィンを見て、彼の手を少し躊躇しながら掴んだ。
そうすれば、レウィンにも聞こえる筈。
もし、本当に二人が幼馴染みならば、絶対にレウィンの言葉の方が効果がある。
とか言うけど・・・・・私を介してでも、他の人の声って伝わるのかな?
などと綾乃は考えていた。
『嫌・・・・・・・。私は、私は・・・・・・行きたくない。目覚めたくない。このまま・・・・・死にたい』
「サラ姫・・・・・・」
『だから・・・・・お願い、放っておいて。私は、あの人の元へ行くの。でもきっと、行けないわ。私は罪人。彼と同じところには行けないと思う。それでも・・・・・・!だから、死なせて。お願い』
と、綾乃が何て言えばいいのか言葉を探している間に、凛とした声が耳朶を打った。
少し、怒りが籠っているような、レウィンの声。
「死んでは、駄目です。そんな簡単に言わないで下さい」
『・・・・・・・っ!?』
サラが息を飲む音。
「レウィン・・・・・」
綾乃の口から洩れた言葉にも、サラは過剰反応する。
『今・・・・・何て・・・・・貴方は・・・・・・!?』
「僕は、レウィン=エスティです、姫様」
寝台に眠る、その身体が震え。
あまりにも突然な変化に、一同緊張して唾を飲み込んだ。
瞼が、ゆっくりと開いていって、綺麗な青い瞳が現れる。
「サラ姫・・・・・・・起きた・・・・・」
綾乃が呆然と呟く。
サラはすぐに上半身を起こし、周囲を見回した。
まず綾乃を見、肩にいるぬいぐるみを見て。
その後ろに立つテイムを。
最後に目に留めたレウィンに、瞳孔が大きく開いた。
「姫・・・・・様・・・・・?」
次の瞬間、ベッド脇に膝をついて座っているレウィンの胸の中に飛び込んでいく。
レウィンは狼狽え、綾乃は、若干心痛を感じた。
「レウィン・・・・・・貴方、生きていたの・・・・・・?」
嬉しそうに、でも何故か辛そうに縋り付いて涙を流す。
「え?」
皆、サラの言うことの意味が分からない。
生きていたの?・・・・・だって?
「すみません、何分記憶を失っているもので。」
「記憶を!?・・・・・あんなことがあれば、当たり前ね・・・・・」
しょんぼりと肩を落とし、サラはレウィンから離れた。
どうやら、“あの人の元へ行く”と言っていたのは、レウィンのことだったらしい。
生きているなら、死のうとする必要がない。
だから、飛び起きたのだ。
サラからしたら、死んでいると思っていた人が目の前にいて目を疑っただろう。
でも、どうして死んだと思っていたかは言おうとはしなかった。
それが分かれば、半年前の謎が分かるのに。
「サラ。久しぶりだな。覚えているか」と、テイムが一歩前に出た。
「テイムお兄様・・・・・お久しぶりです。勿論、しっかり覚えております」
「なあ、サラ。お前本当に、俺らと来ないつもりか?」
尋ねると、サラはレウィンの方を見て、俯いた。
「――――――――行く」
少し気まずそうに、サラは小さく呟くように言った。
よっしゃ、と綾乃の肩の上から頭に上って湊生は尾ビレを振る。
旅の仲間がこうして増えることとなり、嬉しい筈なのに。
レウィンがいるから行くのだろうと思うと・・・・・。
綾乃は彼女と仲良くなりたいと思いながらも、何か蟠りを感じ、複雑な思いを抱いていた。