第三章『砂の掟』・第三話『禁じられた恋・歌姫の涙』Part2
『――――ねえ・・・・今、アナタはどこにいるの?”レウィン”――――』 砂漠の国である金星国は、不可触賤民出身の王(通称”奴隷王”)によって治められている。 その娘であるサラ(サラネリア=ノーリネス)の、護衛兼遊び相手として彼女に仕えていた使用人の息子が、突如行方不明になってしまった。 二年後。久々にサラは彼と再会することになったが・・・・・・!?
『お願い!ウチの妹の勉強見てあげて!!バイト代、高額にするからっ』
『いえ、高額になんてしないでいいです。ちょうど時間もありますから』
『ありがと~~~麗君っ』
『いえいえ。どういたしまして。いつ伺えばいいですか?』
『出来れば今日。今すぐ。』
『・・・・・・・。』
彼、桜井麗人は中高一貫校である私立皐嘔学園中等部に通っていた。
学年的には湊生と同じで、今は高等部の三年生。
中高共に生徒会長である麗人は、学内でも学外でもかなりモテていた。
そんな彼には多くが知らない家庭事情があった。
麗人の下には、少し年の違う弟と妹がいる。
その妹が生まれて四年、麗人が十歳の時両親が離婚。
実は、“桜井”というのは、子供たち全員を引き取った母親の旧姓である。
母はただのパートのため、砂羅の家とは違う意味で金欠だった。
麗人は母を気を使って自身は新聞配達や家事を進んでし、勉強もしっかりとして中学受験で特待生となりそれをキープし続けているため、学費免除、奨学金も貰っている。
そんな、状態だった。
砂羅の姉とは、意外にも病院で出会った。
打撲による検査入院をした彼と、間抜けにも階段から転げ落ちて骨折した砂羅の姉。
二人は、中庭で医者の都合で検査の無い日の午後を暇潰しするという同じ目的の元、同じベンチに腰掛け、話して気が合い退院後も連絡を取り合っていた。
で、砂羅の姉は麗人が頭がいいと知っているから、直接会って頼み込んだという流れだった。
大学の受験勉強は、彼が付きっ切りで指導した。
“・・・・・・・っていう感じね・・・・・”
「先生と生徒の禁断の恋、って?」
“家庭教師なんだから、禁断なんかじゃないでしょ”
「あ、そっか。あんまりズケズケ聞くと失礼だとは思うけど、何が原因なの?」
“裏世界に来る数ヶ月前・・・・・・・”
流石に大学受験が終われば一段落して、家庭教師の必要は無くなる。
砂羅の進路は金星国守護神の裏世界のサラが“回復”であるだけあって、第一志望であった国立大の看護科に無事合格、大学三回生である今は日々実習に苦しんでいる。
麗人は家庭教師を辞め、他のアルバイトを探そうかと考えていた時、砂羅の母が麗人を引き留めた。
知人に話したところ、今年度受験生だという人達と、今年落ちて浪人するという人が是非とも勉強を教えて貰いたいと言ってきたので、麗人は砂羅から離れ、その人達の勉強を教えるように砂羅の母親に頼まれた。
あっさり麗人は承諾し、以来二人は顔を合わせる日がめっきり減ってしまった。
最後の会ったのは一年前。
人伝に聞いたところによると、人に教えるのが上手いということでまた違う家で家庭教師をしているという。
これも直接聞いた訳ではないが、彼は医大を目指しており、常にA判定をキープしているとか。
裏世界に召喚される一週間前、砂羅の母は彼の少年、麗人を見掛けた。
その隣には、見知らぬ少女。
服装から、同じ学校の子らしかった。
『彼女!?いいわねー』と野次馬精神からそう言った母。
『え、あの、えっと・・・・っ。彼女は、同じ学校のクラスメイトで、今家庭教師をしているんです』
狼狽し、弁解した麗人だったが、その二人の様子は、明らかに恋人同士のもの。
特に、少女の方が彼に対して好意を示していた。
お似合い、だった。
茶目っ気たっぷりの母は、帰宅後すぐに家族に報告し。
一目惚れと言えば何て言うか・・・・・・容姿で好きになったイメージを持つかもしれないが、雰囲気から・・・・・・自分に、誰よりも合っている気がして。
好きだと認識しつつ、関係が壊れたらとか、自分の方が何歳も年上だしとか思うと告白も出来ず。
結局、言わず終いでここまできていた。
忘れられず、想いが募ってはいくけれど。
やはり、告白は・・・・・・・無理。
そんな時、聞かされた交際情報。
砂羅の頭は真っ白になった。
どうだったら良かったのだろう。
希望の無い、想いを抱えるくらいならば。
“出会わなければ良かった。そう思った”
「定かではないんでしょ!?まだ本当に付き合ってるかなんてそれだけじゃ・・・・・!!」
“可能性は、皆無・・・・・よ。だって、お母さんが後でその相手の子の親から聞いたから・・・・・・”
だから。出会ったあの瞬間は、今でも消し去りたい。
「わかるなぁ・・・・・言いたいけど、言えないのは・・・・・・私も同じだから」
綾乃は天井を見上げ、届かぬそこに手を届かそうとするかのように両手を伸ばした。
“でも、貴女は言わなきゃダメよ”
「・・・・・・・。」
“私みたいに、後悔しちゃ、元も子もないでしょ。・・・・・・じゃ、次は綾乃の番ね”
え、と訳が分からず、綾乃は隣の砂羅を見た。
先程までの悔恨が深く刻み込まれた表情は一瞬にして失せ―――もしかしたら話題を変えて隠そうとしたのかもしれないが―――今は、興味津々ににやにやしている。
話している間に、いつの間にか少し欠けた月が頂点に達し、今では既に傾いていた。
「私も・・・・・・話すの?」
“ホラ、お姉さんが聞いてあげるから。旅仲間には、女の子いないでしょ。心置きなく話して”
「聞きたいだけなんでしょ、砂羅」
“あはは”
お姉さんぶっても、砂羅はそうは見えない。
身長は流石に綾乃よりも高いけれど、何だか子供っぽさがある。
精神年齢は同い年じゃないのかな、とか。
砂羅の母はお茶目だというが、少しは彼女にも受け継がれているようだ。
でも、言われてみればそう。
旅の仲間には女の子はいない。
目覚めればサラが仲間になるが、今はまだ。
別に、兄とレウィンとテイムが嫌な訳ではないし、信頼していない訳でもないが、誰か女の子がいて欲しいと思っているのは事実。
考えてみればいい機会だ。
じゃあ、聞いてね、と言い置いて、綾乃は語り始めようとした。
が、それを砂羅が不意に引き留めた。
“ねえ”
「何?」
“その相手、もしかして・・・・・・・レウィン君?”
綾乃の顔が、真っ赤に染まっていく。
図星、というヤツだ。
“やっぱり。出会いは・・・・・・こっちに来てから、しか有り得ないわよね”
「うん・・・・・。召喚される過程で記憶を一時的に失った私に親切にしてくれたの」
恥ずかしげに言う綾乃の様子は恋する乙女そのもので。
砂羅には、微笑ましくて仕方がなかった。
“どこが、好きなの?”
「それは、勿論優しいところ」と、綾乃は即答。
“レウィン君って、どうしてバンダナをあんなに深くしているか・・・・・綾乃は知ってるの?あれ、非常に気になるじゃない”
「気になるけど・・・・・・凄く気になるけど。触れちゃいけない気がして」
だから自分から言ってくれるのを待つ。
因みに、前にバンダナで本当に前が見えているのかだけは聞いたことがあるが、実は綾乃達が思っているよりも遥かにバンダナは薄手で、透けるからよく見えるのだという。
“そっか”
「うん。でもね・・・・・・やっぱり告白は出来ないと思う」
“何故?”
「私も、砂羅も・・・・・いつかは、表世界に変えるんだもん」
はっとした砂羅は、小さく頷いた。
綾乃が寝てしまってから、砂羅はそっとその部屋を出た。
興味本位で、その向かい側にあるレウィンの部屋のドアを擦り抜け、中に入る。
レウィンはまだ起きていた。
窓辺の椅子に腰掛け、月見という時期ではないが月を眺めている。
起きていることにちょっと驚いたが、自分は綾乃ぐらいにしか見えないということを思い出し、心を落ち着かせた。
“この子が、綾乃の好きな人ね”
見れば、ベッドの真ん中に魚のぬいぐるみが転がっていた。
鼻提灯が気になって仕方がないが・・・・・・・それは見てないことにした。
砂羅は、もうサラの部屋まで戻ろうとして踵を返した。
が、ふと振り向くと、レウィンがバンダナの結び目に手を掛けているところを見てしまった。
“・・・・・・・!!”
ひらりと外されたバンダナが、宙を舞う。
まるで壮大な空を思わせる水色の髪が、止める物を失ってキラキラと月光を受けて煌めきながら流れ落ちた。
その露わになった顔を見て、砂羅は息を飲んだ。