第三章『砂の掟』・第三話『禁じられた恋・歌姫の涙』Part1
『――――ねえ・・・・今、アナタはどこにいるの?”レウィン”――――』
砂漠の国である金星国は、不可触賤民出身の王(通称”奴隷王”)によって治められている。
その娘であるサラ(サラネリア=ノーリネス)の、護衛兼遊び相手として彼女に仕えていた使用人の息子が、突如行方不明になってしまった。
二年後。久々にサラは彼と再会することになったが・・・・・・!?
“やっぱり、来てくれたのね”
皆が寝静まった午後十一時。
どうすればサラが目覚めるかを模索していた綾乃は、声を聴いてベッドの傍に表世界のサラである鈴木砂羅が立っているのに気付いた。
潜っていた布団を剥いで、認識すると同時に飛び起きる。
「あ!!鈴木・・・・・砂羅、さん」
“砂羅って呼んでくれない?守護神と魂を共有する、同じ表世界人でしょ、私達は”
「うん、そうだね、分かった。砂羅」
“じゃ、私は貴女を綾乃って呼ぶ。いい?”
こくり、と頷くと、砂羅は嬉しそうに微笑んだ。
「昼間。姫に会いに行った時・・・・・・いたよね?」
砂羅は、驚いて目を見開き、しばし言葉を失った。
“―――――いたわ。でも、どうしてわかったの?”
「何となく。気配、かな」
“そう。取り敢えず、来てくれてありがとう”
「でも・・・・・」と、綾乃は少し言い辛そうに言い掛ける。
先を促そうと、砂羅は首を傾げた。
「どうすれば起きてくれるのか・・・・・・分からないの。砂羅と会ってから、いろいろ考えて、思いついたのは昼間に試した。けど・・・・・起きなかった。それでも、ね。まだ可能性はあると思ってる。お兄ちゃんは太陽大命神だから、何か出来るかもしれないと思って・・・・・明日、起きて朝御飯食べたらすぐに試すつもり・・・・・だけど、それ以外に方法がない」
“・・・・・・・・。”
その時砂羅も同じところにいたから、綾乃が一生懸命に試してくれていたのは見ていた。
それが、全て失敗に終わっていることも。
「私にも、何か力があればいいのになあ・・・・・・・」
“綾乃・・・・・・?”
「だってね、それだったら必要としてくれるでしょ?」
静まり返った室内に、何の物音か分からないが、カタンと小さな音が立った。
砂羅には、綾乃は辛いのを頑張って堪えようとしているが、堪えきれていないように見えた。
「よく、思うんだけど・・・・・・」
目元に、何かが溜まっていく。
「私って、今ここで本当に必要とされてるのかな・・・・・・」
それは溢れ、頬を一筋伝った。
綾乃は、ずっと不安だった。
自分は何の為に裏世界にやってきたんだろう、と。
目的は一応ハッキリしている。
守護神達と魂を共有する表世界の住人が敵国である冥王星国の手に落ちないようにすること。
守護神達を集め、冥王星国に対応出来るほどの戦力を太陽国側につけること。
太陽大命神である実兄・湊生が魔法を使う際・・・・・自分がその媒体となって敵と戦うこと。
媒体となること、即ち自分は兄の依代に過ぎないということだ・・・・・・。
最初に関しては、綾乃以外の表世界人達も同様。
彼らは今、綾乃が持ち歩いているバッグの中の木箱の中の、さらに宝玉の中。
眠っている状態にあるらしい。
砂羅と会ってから確認してみたところ、一つの宝玉に亀裂が入っているのに気が付いた。
綾乃は、それが砂羅の入っている宝玉であると確信している。
それは一先ず置いておいて、その三つの役割の内、前二つは誰にだって出来ることだ。
三つ目の役割は、水星国に向かう道のりの中で判明した。
依代。
入れ物。
自分は、魔力の無い、足手纏い。
「・・・・・・でも、表世界に帰りたいと思っても、帰れない」
“方法が無いの?”
「全てが終わったらって、言われた。帰れない理由は・・・・・それだけじゃないけど」
綾乃は不意に立ち上がって、窓のところまで歩いて行き、そっとカーテンを僅かに開いた。
それから差し込んできた月明かりを逆光にして振り向いた綾乃の頬は、赤く染まっていた。
「・・・・・・・から」
“?”
「好きな人・・・・・出来たから」
“なら、ここにいる意味があるじゃない?目的や役目なんて、オマケだと思えばいいと思う”
「ね、砂羅にはそういう人、いるの・・・・・・?」
“・・・・・・いる”
でも今は、それが重荷になってるけれど。
そう、砂羅は言った。
「何か、あった?」
綾乃は、無意識に砂羅の手に触れる。
そうすると、前と同じ記憶の共有が起こった。
『砂羅さん、第二回校外模試の結果、返却されたそうですね。どうでした?』
前の記憶の共有で一番最後に出て来た有名私立の中等部に通う少年がそこに映し出されていた。
またアングル的に、その顔を見ることは出来ない。
どうやら、あれから本当に家庭教師をすることになったようだ。
中学生が、高校生の勉強を見るって・・・・・どうなんだろう。
心配そうな少年の問いに、待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべ、砂羅は革製の通学鞄から一枚の紙を取り出して見せた。
全体をさっと見ただけで、少年の顔色が変わる。
『見て!順位が学内で60位も上がったの!!たった三週間だったのに・・・・・』
『わぁっ!おめでとうございます!!』
嬉しそうな少年の頭を、砂羅の姉がくしゃくしゃっと撫でた。
『麗君、鼻高々じゃん』
『えへへ。そうですね』
ホントよくやった!と再度撫でられそうになり、少年は若干逃げた。
『先生もびっくりしてたの。判定、Cになってたし。今、C判定ならなんとかなるって』
『はい!!僕が最後までスパルタで教えていきますよ!!覚悟して下さいね?』
『わかりました、桜井先生』
模試で間違っていたところの確認から、その日の授業は始まった。
記憶が共有されていることに気付いているくせに、砂羅は、前のように見せまいとはしなかった。
一つの映像に気を取られていて気付かなかったが、いつの間にか綾乃の周りには、たくさんのシャボン玉が浮いている。
あちらこちらから、声が聞こえてきた。
『へえっ!?C判定!?あなた、前E判定じゃなかった!?』
見せられた成績表に、夕食を作っていた砂羅の母は手を止め、まじまじとその紙を眺めた。
『うん』
『桜井君のお蔭ねー。教えるの上手いの?』
明日は何か砂羅の好きなものを夕食にしようかな、などと超上機嫌で問い掛ける。
それに対し、砂羅はこれ以上に無いほど深く頷いた。
『うん上手。分かりやすいよ。ヘタに塾行くよりもよっぽどいい』
『ここを、こっちに移項して括って・・・・・ホラ、何か見えてきませんか?』
砂羅の勉強机の横に椅子を持って来て、そこに座って真剣に指導する少年に、自然と砂羅も本気になる。
今までの計算式をザックリ見て、一点を指差した。
『あ・・・・・!因数分解して、前の式の、Xの三乗のところに代入?』
『はい、正解です。・・・・・いくらになりましたか?』
『24?』と、自身なさげに言えば、少年も拳を口元に当て、考え込んだ。
『・・・・・あれ?どこか計算ミスしているみたいですね・・・・・・あ、ここが』
『ホントだ。じゃ、そこを直して、計算し直して・・・・・・これで合ってる?』
『合ってますよ』
『ふー。疲れちゃった』
砂羅は、完全集中による疲労から、伸びをして机に突っ伏した。
先日帰ってきた模試では、また二十位上がり。
判定も、ぎりぎりではあるがB判定が取れた。
とはいえ、少年との勉強でしているのは、主に基礎的なこと。
基礎をしっかり重ねないと応用がぐらぐらしてきますよ、というのがどうやら勉強における少年の口癖らしく、基礎固めから始まった。
夏休みまでが最悪基礎に費やしてもいい時間だと学年集会で言われたが、夏休みの半ばくらいには基礎が完全になりそうだった。
課題が発展的なものばかりになってきていて、それにも四苦八苦する砂羅に、少年は懸命に教えた。
何度も繰り返し繰り返し、少し時間を置いてから覚えているかテストしてきたり。
それだけを毎日熟してきた。
『砂羅さん、お疲れ様です。少し休憩しましょうか。チョコタルト焼いてきたんですけど、食べます?』
『わー食べる!!食べたい!』
『はい、どうぞ』
『・・・・・皆も、食べますか?』と、突如立ち上がってドアを開ければ、そこにはs砂羅の弟妹が五人勢揃いしていた。
因みに、姉は専門学校で帰りが遅くてそこにはいない。
『・・・・・皆?皆って・・・・?あ!!』
『お姉ちゃんだけずるいーチョコタルト、あたしも食べたい』
『僕も!!』
『私も!!』
チョコタルトに集結する五人に、少年はにこにこしながら切り分けておいた分をそれぞれに与えた。
“私の家族はね・・・・・本当に、多くて・・・・・生活も結構大変だった。お姉ちゃんも私も、アルバイトして家にお金入れてたくらいだった”
綾乃の手が砂羅から離れ、その刹那シャボン玉もまた消え失せる。
代わりに砂羅は訥々と自身の過去について話し始めた。
そのままガールズトークが開催され、二人は同じベッドに潜った。
サラのことについては一先ず置いておこうということになった。
「その、桜井君って人が、砂羅の好きな人・・・・・?」
砂羅は、素直に黙って頷いた。
“聞いて。前は聞いて欲しくなかったけど・・・・・貴女になら。自分の中で抱え込んでおくのは辛くて限界だから・・・・・・だから、聞いて?”