第三章『砂の掟』・第二話『少年の憂い・再会の祝詞』Part1
『――――ねえ・・・・今、アナタはどこにいるの?”レウィン”――――』 砂漠の国である金星国は、不可触賤民出身の王(通称”奴隷王”)によって治められている。 その娘であるサラ(サラネリア=ノーリネス)の、護衛兼遊び相手として彼女に仕えていた使用人の息子が、突如行方不明になってしまった。 二年後。久々にサラは彼と再会することになったが・・・・・・!?
「うわ・・・・・何か、躊躇しちゃう」
金星国と水星国の国境まで来たところで、全員固まって国境線の向こう側を見ていた。
《普通に躊躇するだろ、これ》
「ですね・・・・・」
「こんなもんだろ、って言いたいとこだが、不運だな。嫌に荒れてる」
太陽国と水星国の国境は、赤っぽい土が一面に広がったその大地が、きっちりその境界線を境にして草原になっていた。
その草原が、実は島だったことを知ったのは翌日、活動を開始してからのこと。
水星国は淡水の巨大な湖の上にいくつもの島があり、橋がたくさん掛かっているという感じで。
二国の境は空間が切れて、また異なった空間と接合されているみたいだというのが綾乃の率直な感想だった。
水の溢れる水星国と砂漠の金星国の境界もまた然り。
綾乃達の目の前の国境線の向こうには。
砂嵐が待っていた・・・・・・・。
そこで用意されたのは、砂漠対策のマントやゴーグル。
他にも、水分や食料。
水星国を出る際には、大量に物を買い込んだ。
砂嵐が吹き荒れてはいるが、どうやら運が良いことに城にはその日中に着けるくらいの距離にあるという。
「さーて、行きますか・・・・・・。準備はいい?」
「はい!いつでも大丈夫です」
「おー」
《なあ、綾乃さんよー》
「何?」
乗りの悪い約一名に、綾乃は冷たい目線を送った。
《俺足が無いから一歩踏み出すってどうすればいいんでしょう?》
「なんか、それ前も言ってなかった?」
相変わらず頭に湊生を乗っけているレウィンも、大きく頷いた。
その途端、頭から湊生が滑り落ちる。
「言ってましたね。前の国境の時にも。“踏み出す足を持ってない奴はどうすればいいんでしょう?”とかって仰ってました」
《よく覚えてんな、お前ら》
「じゃ、その時と一緒で」と、綾乃は清々しい笑顔を向けた。
《以下略みたいな言い方・・・・傷つくな・・・》
「はい、じゃあいっせいのーでっ」
綾乃の掛け声で、皆一歩踏み出した。
「よくこちらまでいらして下さいました、太陽国の使者の皆様」
城のあるオアシスに入ってすぐ、待ち構えていた国王夫妻の歓迎を受けることになった一行は、その日の寝床を王宮内に用意してもらうことになった。
予想外の展開に激しく驚いたと同時に、日が暮れて暗い中で宿探しをしなくてよくなったことを綾乃は喜んだ。
ただ一番気にかかるのは、金星国の姫君にして守護神であるサラネリア=ノーリネス――――サラのこと。
国王夫妻直々にお出迎えとは、明らかに異常なことだ。
太陽国という裏世界を総合統治する国の使者であるとは言え、流石に有り得ない。
家来に行かせるならまだしも、だ。
何と言ってもこれは秘密裏の旅。
大げさにすれば、感じ取られてしまうのに。
そう考えて思い至るのが彼女、サラ。
眠り続けるサラを目覚めさせて貰えるかもしれないという期待故か。
そこで少し綾乃は圧力を感じていた。
「お久しぶりでございます、国王様、王妃様」
真っ先に面識のあるテイムが一歩前に出て、頭を下げた。
王妃が嬉しそうに手を叩く。
「貴方は水星国の・・・・・テイム殿。久しぶりですね」
金星国王妃、シャネッタ=ノーリネス。
彼女は商家の一人娘だったという。
シャネッタは本当に美しく、元々王族だったのではないかと思えた。
「最後にお会いしたのはサラの王位継承の儀か」
一方、金星国国王の名はジェイン=ノーリネス。
不可触賤民出身で、賢王であるために現在は慕われているが、王位についたばかりの頃は“奴隷王”という蔑んだ名で呼ばれていた。
裏世界は特殊であるので、一般市民から突発的に国王や守護神が輩出される。
だがしかし、ジェインはその身分故に相当苦しんだ。
それを支えたのが、幼馴染みである現海王星王だったというのはよく知られた話である。
「はい。ご無沙汰しております。それで、こちらが・・・・・」
テイムが後ろに立つ綾乃を手で示し、王妃の美しさに見惚れてしまっていた綾乃は焦って自己紹介する。
「はっ・・・・初めましてっ!篠原綾乃です!!」
「こちらこそ初めまして。可愛い御嬢さんね。ねえ、ジェイン?」
「ああ・・・・・・お!?シャネッタ!!後ろの!!」
一行の一番後ろ、脳裏を過った謎の記憶を気にしているレウィンの姿を目に留めたジェインが声を上げた。
指差されたその先を見て、シャネッタも驚く。
「え?・・・・・アラ!?レウィン!?貴方、レウィンよね?今までどこに・・・・!!」
「・・・・・・?」
シャネッタ、ジェインだけでなく綾乃やテイム、人形のふりをして自身に抱かれている湊生の視線までも受け、レウィンは呆気に取られた。
そのメンバーの視線が集まれば、護衛の兵士やその他ギャラリーも注目するのは自然の流れで。
中には国王夫妻同様にレウィンに見覚えのある人々もいるので、“あっ”と声を漏らす者もいる。
「確かに、僕・・・・・いえ、私はレウィンですが・・・・・・」
「え・・・・・・レウィン・・・・?」
「私は、今日初めてお会いしたのですが・・・・・・どこかでお会いしましたか?」
言い辛そうに、でも平素同様真剣な面持ちで言えば、シャネッタは何を思ったか謝罪し、引き下がった。
「あ・・・・・ごめんなさいね。人違いだったみたい・・・・気にしないで貰えますか」
「は・・・・はい」
でもその様子からして、人違いなんて思っていないのは明らかだった。
レウィンも何か後味が悪そうにしていたが、取り敢えずその話題はそれで置いておくようだ。
こっそりレウィンの腕の中から抜け出し、斜め掛けしている綾乃のバッグの上に乗り移った湊生が綾乃に小声で話し掛ける。
《綾乃・・・・・やっぱりレウィンは・・・・・》
「うん・・・・・・」
綾乃は様子を覗うようにレウィンを見た。
「ジェイン、レウィンの様子がおかしかったわ・・・・」
城に到着後、綾乃達が手配した部屋へ使用人達に連れられて行ったのを見届けた国王夫妻は、城内の廊下をゆっくり歩きながら話し始めた。
「記憶が・・・・・・無いのだろうか?」
自分のことまで知らないと知って、ジェインは少し寂しそうな表情を浮かべる。
「ええ・・・・・多分そうね・・・・でも、間違いないわ。あの子は・・・・・あの子はレウィンよ」
「ああ。私もそう思う。」
それは絶対だ、と二人は確信する。
だって、ずっと一緒に暮らしてきたのだから。
と、そこへいる筈の無い人物の声がして、二人は僅かに飛び上がりそうになった。
「あの、国王様、王妃様」
「テイム殿!!いかがなされたか?」
「盗み聞きして申し訳ありません。今お話されていたことで、少しお話したいこと、伺いたいことがありまして」
「いや・・・・・それは構わないが」
テイムは、国王夫妻と話そうと、部屋の場所だけ簡単に聞き、戻ってきたのだった。
「レウィンのこと・・・・・お二人共も、やはりそう思われるのですね」
「どういうことだ?話せ」と、ジェインは怪訝な顔をして問うた。
「それが・・・・・・・・・・・・という訳なのです」
「おそらくレウィンは欠損病などではない・・・・・作られた記憶を入れられてしまっているのだろう」
一部始終、テイムは先日あった出来事を話した。
時々深く頷きながら聞いていた二人は、その驚く状況に唸った。
「何のために・・・・!!」
「これは予想だが、入れたのは冥王星王で、初めから旅をすることを知っていて・・・・レウィンを旅に同行させるように仕向けた、とか・・・・」
「何を言っているの!?有り得ないわ。知っていたとして、どうしてレウィンなの?あの子は一般庶民よ。利用価値が無いわ」
言い切るシャネッタに、テイムは小さく発言する。
「ある・・・・・・と思いますけど」
「何だ!?言え!」
「サラです。今昏睡状態だと伺いました。そうなった原因の可能性はありませんか?」
「確かに・・・・・サラが倒れていたのが発見されたのは、同時期だったわ」
可能性は極めて高い・・・・・三人はそう結論付けた。
加えて、テイムには気になることがあった。
「ところで、レウィンは・・・・・どういう子なんですか?」
そう、テイムにとって同行者達の中で最も得体の知れない人物はレウィンだった。
綾乃は表世界から召喚された、太陽大命神である湊生と同じ魂を共有する者。
湊生がどうして霊体で裏世界に現れたのは未だわからない点だが、どうして(少し微妙なデザインの)魚のぬいぐるみに入っているのかは旅路で本人から聞いた。
太陽国でパシエンテとして太陽王の支援を受けていたレウィンは、先日の出来事が無ければそれで“こんな人物だ”と納得していただろう。
でも、それ以来彼に対しては気になる点が次々に湧き上がってきていたのだ。
昔サラと一緒にいたのが今一緒に旅をしているレウィンならば、彼がどういう流れで王宮仕えをすることになったのか、何者なのかが非常に気になってくる。
「貴方が先程言っていたように、レウィンはサラの側近でした。今は御病気で亡くなられ、いらっしゃいませんけど、かつてこの城で働いていた女官の息子です。勤め始める以前にその女官は夫を戦争で亡くし、ちょうどサラの遊び相手を探していましたのでレウィンに城に上がって貰いました。その時彼は五歳。以来、半年前までずっと仕えてくれていました・・・・・」
「時間軸が合わないですね・・・・・もっと前から、レウィンは太陽国にいたという話でした」
そう、テイムの元へパシエンテと言われていたレウィンを太陽王が気に入って息子のように気に掛けているという報告があったのは、もっと前のこと。
ならば、同一人物では・・・・・とも思うけれど。
違う人として考えても、また繋がらない。
「レウィンはあのレウィンだ、それは絶対だ」
「そうね・・・・・それに、サラが目覚めるには、あの子が鍵になっているかもしれないわね・・・・」
「記憶は・・・・・どうなるのでしょうか」
ジェインは、頭を振った。
「わからない。だが、もし冥王星が絡んだことならば、そう簡単には戻らないだろうな。もしくは、戻り始めていても、まだ時間が掛かるといったところだろう」
「綻びが生じ、ダムが決壊するように記憶が定まれば一番いいのだけれど・・・・・」
「目覚めたとして、それはサラにとっては酷以外の何物でもありませんね・・・・・。このことは、本人にも・・・・・そして、綾乃にもまだ誰にも言わずにおきます」
言って、テイムは用意された部屋へ足を向けた。