第三章『砂の掟』・第一話『金砂の都・欠如した記憶』Part3
『――――ねえ・・・・今、アナタはどこにいるの?”レウィン”――――』 砂漠の国である金星国は、不可触賤民出身の王(通称”奴隷王”)によって治められている。 その娘であるサラ(サラネリア=ノーリネス)の、護衛兼遊び相手として彼女に仕えていた使用人の息子が、突如行方不明になってしまった。 二年後。久々にサラは彼と再会することになったが・・・・・・!?
「おそらくは・・・・・・それも、冥王星国によるものなのでしょう」
レウィンの言葉に、綾乃もテイムも足を止めて頷いた。
「違いねえ」
「私も・・・・・そう思う」
金星国は砂漠の中心にあるオアシスの国である。
砂漠の国なので、オアシスに水が僅かながらあるといえどその水量は需要量と比べれば雀の涙に過ぎない。
水を求め、金星国は隣国の水星国に援助を要請した。
それから長い間、水に困らずにいたのだが、そこで水星国に水問題が勃発した。
水問題故に水星国から水を輸入出来なくなった金星国は、他の国から輸入せざるを得なくなる。
だがしかし、輸出出来るほど淡水が有り余っている国はそう無い。
比較的有る方の地球国は今は敵国の領土となり、汚染もされているために手に入らない。
そこで挙げられたのは“海王星国”だった。
海王星国は淡水ではない。
けれど海と共存していく為に鹹水を淡水に変えるという蒸溜技術を発達させ、簡単で大量に水を手に入れられるようになったと耳にした。
「その後、対価の問題で金星国と海王星国は何度も戦争を繰り返すのです」
「で、それでどうなったの!?金星国は海王星国から水貰うの諦めた?」
気になって気になって仕方ないらしく、落ち着きのない綾乃を見てレウィンは微笑んだ。
「いいえ。実は、両国の次期国王が通じ合っておりまして、彼らが王位についたその時から戦争していたことが嘘のように素晴らしい友好関係を築いていくのです。今は確か、海王星国から無償で水が送られてきているそうですよ」
「良かった~。じゃあ、今は戦争してないし、水にも困っていないんだね」
綾乃はほっとして胸を撫で下ろす。
まだ戦争中だったりしたら、国内に入りたくはない。
しかも、そんな状態で国のトップである守護神が旅に同行してくれる筈がなかった。
「はい。冥王星国は、きっと水が減少すれば二国が共倒れしてくれると考えたのでしょう。海王星国とは風土的なことから始まり、国民性においても相性が悪く、昔から小さい諍いは度々起こっていたようでしたので、まさかその両国がこのようになるとは予想もしていなかったと思いますよ」
「そうだよね」
冥王星国が水を減少させようとしたのは、そういう訳で。
綾乃はなるほどと凄く納得した。
「ねえ、エスティ君」
「はい?何でしょう?」
「海王星も太陽国サイドで、守護神がいるんでしょ?どんな国なの?」
「そうですね。冥王星国から一番近いので、一番危険性が高い国です。昔は敵国に所属していたんだそうですよ」
海王星国の守護神の名はレトゥイル=シェイレ。
愛称は“レイト”。
彼にはいろいろと噂があるが、基本的に表舞台に出てこない人で、国民でも彼の守護神継承の儀以外では目にした人はいないという。
「何でもその姿は美しく、姫君を思わせるらしい。知的でスポーツ万能、魔法においても敵う者のいない超天才児らしい。俺も儀式に出席したが、得体のしれない奴って印象だったな」
《姫君を思わせるって・・・・テイム、海王星国守護神って男なんだろ?どんな顔だよ》
「近くで見た訳じゃねーからわかんねーよ」と、テイムはそっぽを向いた。
《使えねーなぁ》
「仕方ないだろ!!」
第三者の綾乃とレウィンは呆れてしまっている。
いい加減止めようと考えたレウィンが叫ぶ。
「もう!お二人と・・・・・・も・・・・」
レウィンが突如、その動きを止めた。
彼の頭の上に乗っかったままの湊生はレウィンの変化に逸早く気付く。
バンダナ越しにレウィンの頭をぽんぽんと叩いてみた。
《おい、レウィン?》
「何?」と、綾乃も気付いて振り返った。
《レウィンが・・・・・・》
動かなくなってしまったレウィンの前に、駆け寄ってきた綾乃が目の前で手を振ってみたが、レウィンは反応しない。
目を見れば、虚ろになっていて。
「エスティ君!?エスティ君どうしたの!?」
《レウィン!オイ、レウィン!!》
何度も呼べば、僅かにレウィンの身体が震え、口を開いた。
「声が・・・・・・・え・・・・何・・・・僕?」
《声?何て聞こえてるんだよ!?まんま話せ!!》
レウィンは、脳裏を横切る映像の中で自分が言っている言葉を訥々と話し出した。
「・・・・・・お初にお目にかかります、姫様。私の名は、レウィン=エスティと申します・・・・・・これからお傍で仕え、姫様をお守りし申し上げたく思います・・・・・・」
「何を言ってるの!?エスティ君どうしちゃったの!!」
《分かんねえ・・・・・姫って誰だよ!?》
次にレウィンが口にした言葉に、皆目を見開く。
「サラ・・・・・姫様」
綾乃の後ろで何か考え事をしながら立っていたテイムが、突然大声を上げ、レウィンを指差した。
「あー!!おっまえ、サラの側近の・・・・・!!どっかで見たことあると思ったら・・・・・!」
《テイムどういうことだよ!!》
「初めて会った時から何か引っ掛かってたんだよな。俺、前にもレウィンと会ったことがあるんだ。四年前くらいか?金星国国王に挨拶しに行ったことがあるんだが・・・・・」
テイムが言うには、その挨拶の帰り、城の庭園を駆け回る男の子と女の子の二人を見掛けたという。
追い掛けっこをしているのだろう彼らは、庭園内の木々や花壇を楽しそうにグルグルと回っていた。
一人は金星国の姫君・サラネリア。
彼女は既に預言はされていたものの、当時はまだ守護神として覚醒していなかった。
テイムは、その時いつ覚醒するんだろうななどと考えていた。
もう一人、彼女を追い掛けて、その肩に触れ「追い着きましたよ、姫様!!次は姫様が鬼ですね」と言って逃げ出す男の子は旅に出る前のレウィンと同様に深くフードを被っていた。
少し離れていた上に、そのフードでテイムの印象に残ったのはフードただそれだけだった。
だがよくレウィンを見れば、今はバンダナをしているがフードから覗いていた顔の下半分はそっくりで。
レウィンが“サラ姫様”と口にしたことで、テイムは確信を持った。
「今の・・・・・一体・・・・・」
平生に戻ったらしいレウィンは額に手を当て、考え込んでいる。
綾乃はまだ状況が理解出来ておらず、レウィンに詰め寄った。
「ねえ、何があったの、エスティ君?」
「急に・・・・・記憶のような物が・・・・・・。でも、僕は金星国守護神であるサラ姫に仕えたことなんて・・・・・・ない」
「欠損病の影響とかじゃないの?」
レウィンはパシエンテ―――不治の病を抱える者だ。
彼の病は欠損病。
どのような病かは前に聞いたが、簡単に言えば記憶の一部が欠ける病だという。
故に、レウィンが仕えていなかったと思っていても欠けて記憶にないという可能性があるのだ。
だがレウィンは頭を横に振った。
「違います・・・・・僕は、今までに一度も金星国に行ったことがないだけでなく、そもそも国外に出るのがこの旅が初めてで。更に、その映像の年齢の時は両親を亡くした直後で、欠けた時ではありません」
「でも間違いないんだって!!あの時見たのはレウィン、お前に間違いない!!」
《でも、それが欠けた記憶でなくて、金星に来たことも無かったんなら他人の空似なんじゃねえのか?》
「他人の空似・・・・・・まあ、否定は出来ないな」
所詮、見たのは顔半分に過ぎない。
声も変わっているだろうし。
テイムは何か引っ掛かりながらもそう納得した。
「じゃあ・・・・・・・あの映像は何だったんでしょう・・・・?」
もう一度、レウィンは映像内の言葉を口にした。
違和感が無かった。
それが逆に、違和感だった。
言ったこととの無いはずのセリフに、違和感を感じなくて。
寧ろ、記憶には無いが言ったことがある気がした。
“お初にお目にかかります、姫様。私の名は、レウィン=エスティと申します。これからお傍で仕え、姫様をお守りし申し上げたく思いますので、どうぞよろしくお願い致します・・・・・・”
他人の空似はあったとしても、記憶まで共有される筈がない。
そこで言っている名は、自分のもので。
でも・・・・・・・・。
レウィンの記憶に、綻びが生じ始めていた・・・・・・。