第一章『光の掟』・第一話『夕暮れの大地・常夏の城』Part1
裏世界にある太陽国の王城内の一室 、 “儀式の間 ”の床に描かれた、光帯びている巨大な魔方陣の中心に、少年少女が七人横たわっていた。
それを、全身真っ白の、所謂白装束の男達が取り囲んでいる。
『・・・―――召喚は成功だ。この二十歳にも満たない子供達の中に、彼の者がいるということなのだな?』
『この儀式は神聖で正確なものだ。そうでなければ意味がない』
『そうだ』
『残りの者には、あちらの世界の我が君も含まれているのだろう?』
言った男の隣に立つ者が、
『私の主もだ』
またその向かいの者が、
『同じく』
白装束達は口々に言った。
彼らの帽子はシンプルかつ縦長で、帽子に付けられた布で顔を被い、足先までしっかり隠れる長さのマントも、当然のように真っ白であった。
次第に魔方陣の光は薄れ、完全に消えた。
それに伴って、白いチョークか何かで描かれたらしい魔方陣自体の線も、朧げになっていく。
更には、魔方陣上の一人の少年までが、データが分解されるようにその身体が欠けていった。
男達は儀式の終焉を確認し、円陣内に踏み込み、うち一人が残った七人の中で最も年上らしい少女を軽々と抱えあげた。
『その娘は』と、他の男が言い掛ける。
『ウェーブの金髪にこの上品な面持ちの美少女・・・・とくれば、私の主、サラ様であろう』
お姫様だっこ状態で、未だ意識の戻っていない少女の顔を、男達全員が見詰めた。
既に成人しているとすると、それにしてはあまりにも幼く見える。していないとしても、もうすぐ迎えるといった年齢。とにかく、十代後半か、二十代前半といったところなのだろう。
レースの付いた淡い空色の服に、ネックレスを首から下げ、抹茶色のバルーンパンツの下に脹脛の中ほどまでのレギンス、それから銀色のパンプスを履いていた。
彼女の背には小花柄のリュックがある。大学生か、専門学校生のようだ。
『そのようだ』
『やはり裏世界の者と魂を同じくする者だけあって、表世界の者も容姿は似ているようですな。年齢に、違いはあれど』
同感だ、と皆頷く。
『多分、それで間違いないだろうな。その娘、金の姫そのものだ』
『では、外見で判断するとしよう』
床に横たわったままの五人の少年少女をじっくり眺める。
先程の少女より少し年下らしい少年は、男子にしてはやや長めの、茶色がかったさらさらな髪と、インドア派を窺わせる白い肌が特徴的だった。
彼が着ているのは制服で、深い緑のブレザーにネクタイ、ズボンは同色系統のチェック柄だ。胸元には、皐嘔学園の紋章。
『このお方は・・・・レイト様では?』
『確かに似ていらっしゃる。間近では見たことはないが・・・・・・間違いなかろう。では、こちらは・・・・・誰であるか』
近くに倒れている漆黒のセミロングの髪の少女も、学校は違うようだが制服(因みにそれはセーラー服)を着ていた。その少女は先程の少年からまた更に年下に見える。
『他の“魔力持ち”―――、もとい守護神様は、ステア様とテイム様だけの筈であろうが・・・・・この者はステア様でも、況してテイム様でもあられますまい』
『では、“ 予言の君 ”か?』
ちょっと待て、と誰かが引き止めた。
『見てみろ。まだ男女合わせて三人もいる。うち二人がステア様とテイム様にしても、あと一人余る』
3、4歳程度の男の子と、5,6歳の女の子。それから十代半ばの、これまた制服姿の少女。
『この幼子・・・・』
『テイム様だな。性別も変わってしまうものなのか・・・・』
『どうやら、この一番ちっこいの・・・・・男の子だがステア様のようだ。残りの二人・・・・・・・片方は“ 予言の君 ” であるとして、もう一人は。よもや、“ 魔の国 ” の守護神ではあるまいな?』
『分からぬ。まあどうであれ、いつかは覚醒するのじゃ。その時を待つのはいかがかな。何が起ころうとも、彼のご意思に背くことは許されないじゃろうて』
「遅いな。もうとっくに儀式は終わったのだろう。何かあったのか?」
その声に、皆一斉に振り返った。
白装束の男達の中の背後にあったドアが開き、そこから偉そうな三十代前半の男が顔を覗かせている。
『サフィール王!お体の具合は!無理してはなりません!』
顔を青褪めた一同を前に、王サフィールはふんぞり返って見せた。
「ほうら、この通りだ。今日は体調がすごく良いから大丈夫だ」
本当かなあ、と疑いの目が向けられる。
何しろこの数週間というもの、彼はずっと寝たきりで、時々調子の良い時に出回っては悪化するというのを繰り返しているからだった。
要するに、彼には前科がある。
「信じてはくれないようだな。ところで、何があった?教えてくれ」
『それについては後ほど。この計画には、彼と、あともう一人・・・・・・預言者の協力が必要になりますぞ』
『幸か不幸か、その預言者は今ここにいらっしゃる。・・・・・・ですが、我が君、運とは無縁な感じでございますな。 予言の君の記憶が失われれば、忽ち預言者も失ってしまわれるだろう』
・・・・いや、もう既に、と言うべきか。
男の予言めいた言葉に、王は眉間にシワを寄せた。
「その因果関係は」
『分かりませぬ。“ 魔力持ち ” 間には数多の“連鎖”がありますゆえ、特定に至りませぬので』
それにしても、と召喚された七人のうち唯一消えた少年が横たわっていた場所を見遣った。
「やはり、死体は保たない。召喚するだけ無駄だったか・・・・・だが依代は一人で、もはや十分」
『はい、その通りに御座います』
『王、この後は手順通り、預言の君らしき者を除いたその他は用意されております、彼の宝玉に封印するのでしたね』
「ああ、そうだ。魂の同じ者が同じ空間にいるのは双方体に良くない。時が来るまでは、宝玉の中の異空間で眠っておいてもらわねばな」
『過去の例も、あることですし・・・・・・ね』
一瞬王の目が鋭くなる。それから、至極真面目な面持ちで深々と頷いた。
「・・・・・・皆の者、解散を」
『承知いたしました』
儀式の間を出て行く男達のうち、一人が残って、『王、実は・・・・』と、今まであったことを耳打ちした。
「なっ!何だと!それでは “予言の君 ”が誰なのか分からぬではないか!敵国がいつ攻めてくるか・・・・!」
憶測の域なので絶対ではありませんが、と男が前置きをしてまたボソリと王に何かを告げると、王の表情が一変した。
「おお!そうであったならこちらに好都合だ。現実であることを願おうぞ」
『はい』
「王、サフィール王。それで、どうなさるおつもりですか。予言の君であるかもしれないと思われる者は二人。あの 高貴なるお方が眠っていらっしゃる以上、判定は不可能です。我々の同胞の中には、覚醒まで待つのが良いかと考えておる者も多いようですが、私はそのようには思いません。王は、どのようにお考えで・・・・・」
儀式の間にいた白装束達―――もとい、各国の神官達の中で一番若かった男が、普段着に着替えて王の前に跪いていた。
若い割りにしっかり神官の任を務める彼を、常々サフィールは評価している。
五、六十代の神官が多い中、二十代後半にして難なくこなしているのは心底凄いと思う。違う国の神官であるが、友人のような関係を築いているのには、自身の年齢に近いという理由に加え、こうした身分を越えた尊敬の念が関与している。
とはいえ、公の場、もしくは個人的にでも政治に関することにおいては、勿論自らの身分を弁えた言葉遣いを心がけている。
プライベートともなれば、面白いほどに違うのだが。
「う~ん、どうだかなあ」
気の抜けた調子の返答に、若い神官・ソロンは目を細めた。
ここまで公私にメリハリを付けなくてもいいと思うのだが。
・・・・・いろいろな意味で不安だ。
「ダメじゃないか、王のキミがそんなんじゃ。ただの一国の国王ならまだしも・・・・キミは、この “裏世界 ”のリーダー国である “太陽国 ”の王なんだぞ!俺ら神官だけでなく、民まで不安にさせてしまう」
王の言動に合わせ、政治に関することながらタメ口に切り替えた。
「そうなんだが、そうもいかないんだよなあ。王の一存で物事を決めてしまうのはいかがなものか。いっそ、何事も国民投票とか・・・・」
「王!」
「・・・・冗談さ」
本心的には冗談ではない。
王の一言で全てが決まるのだ、責任は相当重い。
王の政策によれば情勢は百八十度変わるし、それが民に受け入れられなかった時はクーデターだって起こる。
やはり、慎重にすべきだと思う。・・・・だからこそ、迷うのだが。
それに、国民の気持ちは宮廷生活の国王には量り兼ねる。
何が今一番必要なのかは、本人達にしかわからない。その意見を出来る限り反映させられるのが理想的な賢王だと考えている以上、目安箱のようなものがあればいいのにと考えてしまう。
「冗談は時と場合を考えて言うように。・・・・その意見 、強ち間違ってはいないけど、問題なのはキミの決断力の無さだ」
「それはそれは。ソロン神官も苦労なさいますなあ」
「まるで第三者のような口ぶりだな。ところで、そろそろ本題に戻るよ。 で・・・・・どうするつもり?」
「・・・・・・。取り敢えず待とう。どちらにせよ、旅させないといけないだろう?そうして“魔の国”にバレないように移動するなら、徒歩で各国に行くしかあるまい。十国の内、半分は敵国の領土だしな。その上空をワールドコネクトベルトで行くのは危険としか言いようが無い」
「・・・・・その旅の中で、分かるのでしょうね、予言の君が誰なのかということが」
ソロンは口調を元に戻した。
ああ、と頷いて、サフィールは六人の子供達を思い浮かべる。
その内の四人の少年少女は、各国の神官によって宝玉の中に封印されたと、つい先ほど報告があった。
残った二人の少女の内の片方が味方で、もう片方が、敵・・・・。
「すぐに、事態を納得して協力してくれるだろうか」
「すぐに、というのは難しいでしょうが、表世界から裏世界に来て、もといた世界に戻れないのだから―――、せざるを得ないかと」
「我々は、卑怯だな」
「卑怯でも、裏世界を救うことで、表世界も救えるのですよ。仕方ないことです。何と言いましても、表世界は裏世界に、裏世界は表世界に影響を与えるのですから」
表世界は現実世界のことで、裏世界は、虚像とか、パラレルワールドといった一見曖昧な世界のことだ。
詳しいことは分かっていないが、裏世界は『とある人』の中で生まれ、拡大したものだという。
西暦二三四〇年現在となっては、表世界と裏世界はコインの表裏―――、要するに表裏一体の存在で、一方無くしてはもう一方は存在出来ないようになってしまっている。
だから、厄介なのだ・・・・。
裏世界が存続の危機に瀕している今、表世界も同様な状態に陥りつつあった。