第二章『水の掟』・第三話『悪魔の口付け・獣の策略』Part2
『お前には、もう王たる資格は無い』大切な人を次々に失くした少年王から、残ったその王権までもが奪われ、新たな王家が立って早二十年。未だに、新王家は旧王家の支配を受け続けていた。その国の守護神・テイムは、綾乃達を大いに巻き込んだ復讐計画を立てていて・・・・・・!? (※タイトルの”獣”は”けもの”ではなく”ケダモノ”と読みます。)
「はいと言え!そして俺に従うと!!」
首が少しずつ絞められていく。
それにつれて、綾乃の視界はやがてぼやけていった。
途端、綾乃から光が放たれ、弾けた。
「な・・・・・何だ!?一体、何が起こって・・・・・!?」
「たかが水星国守護神の分際で・・・・・・調子に乗り過ぎたな」
光が次第に収束していく。
あまりの眩しさに目を覆っていたテイムは、目の前の少女から発せられる殺気に気付き、まだ光の消え切らない中目を開けた。
そこには、先程までの自分に怯える少女の姿はなく。
代わりに、少年がいた。
最初は、入れ替わったのかとテイムは思った。
だが、そうではないと本能的に悟る。
少年の顔は見えない。
綾乃が裏世界に来て初めて会った時のレウィンのようにフードを深く被った白衣の少年は、神官達のようだが、それよりも高貴で神々しく。
それで、何とも言えないほどの圧力をその身に纏っている。
「貴様・・・・・誰だ・・・・!!」
「誰だとはご挨拶だね。アンタの駒になり得る人材に対して」
「駒・・・・!!」
と、現れた少年は廊下の方を見遣った。
何だろうとテイムもそちらを向く。
やがて、すごい勢いで走ってくる足音が聞こえてきた。
その足音はドアの前まで来ると止まり、ノックするや否やドアが開く。
「綾乃さん!!さっきの光は・・・・・・・・・えっ!?」
入ってきたレウィンは、硬直した。
お茶とお菓子を暢気にもいただいていた彼は、異変に気付いて即座に駆け付けてきたのである。
「どなた・・・・・・です?綾乃さんは・・・・・どこに・・・・」
「レウィン。俺だ。湊生だよ」
「あ・・・・・湊生さん!?」
更に驚いたレウィンは、足元に転がってきたものに目を留めた。
それは、綾乃にあげた守り石のペンダントの先端に付いていた石本体。
チェーンは粉砕し、湊生の足元に散らばっている。
「魔法が・・・・・発動したんですね」
「ああ。」
「それで、何があったんです?」
実はな、と湊生はレウィンが室を出て行ってからのテイムの言動について洗い浚い話した。
湊生が言葉を紡ぐにつれ、そこまで知られていることに驚き、テイムは焦りから明らかに挙動不審になっていく。
それも当たり前、湊生はずっと綾乃の傍らのバッグの中にいて、全て聞いていたのだから。
「それは・・・・・・最低ですね」と、湊生の話を聞き終えたレウィンは、その目を鋭く光らせる。
僅かしか彼と話していないテイムだが、彼の変貌ぶりがあまりにも顕著で、それでいながら敬語を崩さないのが尚怖く感じた。
「どういうことだ!?クソ生意気なそいつは誰だ!!言え!!」
湊生はうっとうしいと言わんばかりにフードを脱ぎ、その顔を晒す。
綾乃と瓜二つのその顔に、テイムは絶句した。
「生意気なのはお前の方だ、水星国守護神、水属性魔法の使い手・テイスラム=リコレット」
「まさか・・・・・・・アンタは」
「お、分かった?人を蔑むことしか出来ない、その残念な頭でも分かった?んじゃあ、まあ合格か」
「失礼な・・・・・霊体の分際で・・・・!!」
何とでも、と湊生は相手にしない。
どうやら、湊生の方がテイムよりも精神的に大人のようだ。
「お目に掛かれるとは思ってもいなかったよ、太陽国守護神!!!」
「いやー、いつでも大丈夫と思っていたんだけど、入られなくてさー」
「ぬいぐるみから出て、綾乃さんの体に入ることが出来なかったということですか?前に出来ると仰られてましたよね?」
レウィンは水星国の城下町までの道のりで尋ねたこと思い出す。
確かに、湊生は出来ると言っていた。
「おー。俺もそう思ってたんだが、実際はそうはいかなくて」
湊生が、いやいや申し訳ないと苦笑した。
「そこで、この石の力が発動したようですね」
レウィンの手中の石には、昨夜入ったヒビよりも深いものが幾本も入っていた。
一つ目は、回復魔法。
二つ目は、光魔法。
使えるのは、あと一度のみ。
レウィンは、自分の推理したことを湊生に確認するように訥々と語り出す。
綾乃と湊生は一度一体化していたため、湊生が綾乃の身体に入ること自体には何ら問題ない。
が、その前の綾乃の精神状態があまりにも悪かった。
再度掛けられる呪いに、首を絞められるという死の恐怖に。
石が主である綾乃の危機を察知して、残った二つ内の一方、光属性魔法が発動した。
それの作用で、湊生は綾乃と一体化に成功したのだ。
だから、湊生は出遅れてしまったのである。
レウィンの推理に、湊生は黙って頷き、肯定の意を示した。
それを聞いていたテイムは動揺し、落胆する。
「な・・・・・・何だよ・・・・・。綾乃には、魔力は・・・・・無かったって言うのかよ・・・・・・。ははっ、守り石のペンダントとは・・・・・考えもしなかったな」
「残念だったな」
突然俯いたままのテイムが狂ったように笑い出す。
「ははははは・・・・・だが、太陽大命神殿、アンタも覚醒して間もなくて、魔力のコントロールがイマイチなんだろ?」
「ああ、そうだな。それが?」
さも問題なしと言わんばかりの湊生に、テイムの笑いが消える。
「それがって・・・・・俺と遣り合って、勝てるとでも思ってんのか!?」
「ん?思ってるけど」
「えっ!?湊生さん!?」と、レウィンも驚いた。
「まあ、それはともかく。綾乃をお前の駒にしたがった、その目的は何だ?」
「・・・・・・・復讐を。」
「旧王家、コルトヴァール家にですか?」
「そうだよ。未だこの国はコルトヴァールの支配下だ。それを、乗っ取り返し、当主が跪き泣いて謝るような復讐を・・・・・!!」
「はいはい。で、そのどこの要素に魔法関わんの?」
相変わらず、湊生はテイムの発言を流す。
いつもは綾乃とレウィンに流されている立場なので、レウィンとしては少し違和感がある。
「コルトヴァールのバックには、敵国がいる。敵国を倒し、公爵家を失脚させる。そのためには、より多くの“魔力持ち”が必要なんだ」
「なーんだ」と、湊生。
「そうですね・・・・」
レウィンも小さく溜め息をつく。
「何なんだ、その脱力感!?」
「だってよ、まさか目的一緒だなんて思わないし」
「だから、目的一緒でも弱い奴らだと足手纏いだし、勝算も無くなるだろ!!だから、俺は・・・・・・!!」
悪人のふりしてどうにか力を出させようとしたんだ、と言おうとするも、湊生は聞こうとしない。
自分が聞いたくせに。
「まあ、もういいよ。協力してくれるならそれでいいから。本音を吐かせるためとは言え、いい加減演技に付き合ってやるのも疲れてきたしな・・・・・・」
「演技だったのですか、御二方共!?」
「って、俺の演技は無意味か!!オイ、太陽大命神!!」
「うい、無意味。俺、演技だって知ってたし。綾乃やレウィンは・・・・・気付いてなかったようだけどな」
湊生が演技だということに気付いたのは、綾乃と一体化してから。
理由はないが、直感的に。
「それもどーなんだよ!?」
湊生は綾乃から離れ、魚に戻る。
綾乃の身体から抜け出た光る玉が魚のぬいぐるみの中に吸い込まれていく。
崩れ落ちる綾乃の身体を慌ててレウィンが受け止め、壁に凭れ掛かるように座らせた。
ぬいぐるみの中に入ると、魚の目が瞬いた。
空中を浮かびながら“問題解決、よかったよかった”と繰り返す湊生から少し離れたところで、火花を散らす人物が約一名。
確かに、仲間になってくれたのはよかったし、目的が同じだし、本当は悪い人じゃないらしいけど。
「よくはないですよ・・・・・・」
レウィンの肩が震えている。
これには、湊生もテイムも頬を引き攣らせた。
「テイム様・・・・・綾乃さんの首絞めておいて・・・・・演技で誤魔化せるとでも思ってるんですか・・・・・」
「いや、それは悪かったけど!!殺すつもりは・・・・・」
「そんなのは当たり前です!!」
レウィンは一声怒鳴って、すぐに満面の笑みを見せた。
そしてテイムに近付き、何かを耳打ちする。
少し離れているがために何を言っているのか分からない湊生は、テイムの顔をじーっと見ていた。
すると、顔色が青くなって、その後白くなった。
レウィンは言い終えると笑みを浮かべたまま振り返って、近くに控えていたワーム秘書の元へ行き部屋を借りる。
綾乃を抱きかかえ、そのままレウィンは出て行った。
「なあ、テイム」
まだブルブルと体を震わせているテイムに近寄った。
「さっき、レウィンに何言われたんだ?」
「・・・・・・・・。」
「なあ、何て?」
テイムが言った貴族・王族、守護神にすら身分関係無しのレウィンのセリフは、湊生も凍らせた。
純粋無垢で、優しく情の厚いレウィンが、まさかそのようなことを言うとは考えもせず。
湊生がブラックレウィンの存在を後に主張することになった、そのセリフは。
「“君が国を乗っ取りかえして・・・・・その後、ちゃんと統治出来ると?僕にはそうは思えないんですけど。テイム様もそうは思いませんか?ほんっと笑っちゃいますね。まったく、おふざけも大概にして欲しいって言いますか・・・・今度綾乃さんに危害を与えてみて下さい。体力・魔力はない僕ですけれど、持てる知力を総動員させてこの世に姿を現せないほどの辱めを受けて頂きたいと思っているのですが、いかがですか?”って言ったんだよ、アイツ!!身分下のくせに・・・・・・でも、俺、アイツには逆らわないようにする・・・・・」
「ああ、テイム・・・・それがいいよ・・・・」