第二章『水の掟』・第三話『悪魔の口付け・獣の策略』Part1
『お前には、もう王たる資格は無い』大切な人を次々に失くした少年王から、残ったその王権までもが奪われ、新たな王家が立って早二十年。未だに、新王家は旧王家の支配を受け続けていた。その国の守護神・テイムは、綾乃達を大いに巻き込んだ復讐計画を立てていて・・・・・・!?
(※タイトルの”獣”は”けもの”ではなく”ケダモノ”と読みます。)
「分かりましたか?つまりはそういうことなんです」
水星国守護神に謁見する前に、レウィンはもう一度、今度は前よりも詳しく水星国の王権交代問題について綾乃と湊生に説明した。
裏世界では、表世界とは違ったシステムがある。
そもそも王家とは、守護神を輩出した家のことで、そこから国王が選ばれる。
守護神は三百年ほど生きるもので、その一族内に守護神がいる期間だけ国王を立たせることが出来るのというのが決まりだ。
守護神が死せば、自ずと王家は交代となる。
新王家・リコレット家は、旧王家・コルトヴァール家に支配された王家。
元々公爵家であるコルトヴァール家の現当主は、両親の死(暗殺という説が最も有力)に際してまだ十代半ばにして王位につくことになった。
だが既にその家が輩出した守護神は老いていて、彼が王になって半年で亡くなってしまった。
王権を剥奪され、全てを失ったことに絶望した彼は、預言により次に選ばれたリコレット家の爵位が子爵と低いのをいいことに裏で操作し、今では実質的な権力者という立場手にしている。
有無を言わせないようにするために、守護神以外のリコレット家とその血縁関係にある者達は皆殺しにされたというのは有名な話だ。
「なるほどね」
《てか、水星国は貴族制なんだな》
「あ、そうだね。エスティ君子爵だの公爵だの言ってたし」
「その通りです。裏世界は完全独立自治制を導入してまして、国によって統治制度は全く違うんですよ。王国じゃなくて帝国だったりするところもある、ということです」
《ほお~》
「・・・・・・ねえ、エスティ君」
「はい?何でしょう」
「協力、あっさりしてくれると思ってる?私は、無理だろうなーって思ってるんだけど」
「まさか。僕だってそうは思っていませんよ?」
当然と言わんばかりに答えたレウィンに、綾乃は若干拍子抜けしたが、納得もした。
頭脳戦に長けたレウィンがそう安易な考え方をする筈がない。
「水星国守護神は“ゲーム好き”というのが専らの噂ですから。何かあるだろうというのは想定済みです。あくまでも民草が語る噂故、信憑性に欠けるように思われるかもしれません。ですが・・・・・逆に、貴族が知らぬようなことまでも知っていたりするのです。特にこの、水星国では」
倒置法が使われた意味深な言葉を放ち、レウィンは押し黙った。
「それじゃあ、君が太陽大命神と魂を同じくする者?」
テイム―――本名、テイスラム=リコレットである青年は、まるで品定めするかのように、目の前でレウィンを真似て片膝をつく綾乃を凝視している。
その面持ちから、綾乃は自分は蔑まれているのではないかと疑ってしまう。
気圧されて、その何かしらの圧迫感から仰け反ってしまいそうになるほど。
「え、えっと、その・・・・・・た、多分・・・・・私のこと・・・・です」
口を開けば、紡ごうとする言葉は途切れ途切れで。
彼の第一印象は、“怖い”、それに尽きた。
綾乃の返事に、テイムは「ふーん」と表情を一切変えずに言った。
「報告は受けている。お前達、名は?」
「わ・・・・・私は」
吃ってしまう綾乃とは打って変わって、見られていないレウィンにはテイムからの圧力は一切無いようだった。
何かに怯えたような綾乃に、レウィンは軽く擦るように背中に手を当てた。
「大丈夫ですよ。・・・・・テイム様、こちらは篠原綾乃さんです」
「ふむ・・・・・そういうお前は、見掛けたことがある気がするが」
「はい、一度テイム様が太陽国の王城にいらした際に。覚えていて下さるとは光栄です。私の名は、レウィン。レウィン=エスティと申します」
名乗ったその名前に、テイムは見覚えがあった。
レウィン、レウィンと名を繰り返して呟き、記憶の奥深くに眠ったそれを思い出そうとする。
と、急にポンと手を叩いた。
「レウィン・・・・・そうか、思い出したぞ。お前、確かパシエンテだったな」
「・・・・・・・・はい」
少し不快を露わにしたレウィンは、それでも肯定した。
「そう気にしなくていい。嫌悪して言ったつもりはないし。サフィール殿が、可愛がっているという話を耳にしてて。っと、本題についてだが・・・・・悪いが、レウィンは席を外して貰えるか?向こうでワーム秘書が、紅茶とちょっとしたお菓子を用意している筈だからそれを」
「はい。分かりました。では綾乃さん、後程。・・・・・失礼致します」
「うん」
「呪いが解けるくらいは魔力持ってるらしいな」
レウィンが部屋を出て、その扉が閉まった瞬間、テイムは訳の分からないことを言いながらにやりと笑った。
「・・・・・・・?」
「それにしても、表世界から来たヤツだって皆言うからどんな奴かと思ったけど・・・・・・・・」
近付いてきて、すぐ前で立ち止まり、しゃがんでいる綾乃のくいっと顔を上げさせた。
表情が、口調が。
一瞬にして・・・・・変わった。
先程まで綾乃だけが感じていた恐怖は、恐らく彼の本性だったのではないだろうか。
「こーんな間抜けな奴だったとは。ガッカリ」
「え・・・・」
「まあいいさ。魔力さえあって、俺の役に立てばそれでいいんだから」
「魔力・・・・・そんなもの・・・・」
持ってないし、何の事?と聞こうとするも、テイムは遮って問い詰める。
「持ってるだろ?嘘ついて騙しても駄目だぞ」
傍らのバッグの中で人形のふりして静かにしている湊生は、イライラを抑えるので必死だった。
湊生は綾乃の呪いが解けた理由も、彼女が苦しんでいた先日の件の病気の原因が呪いで―――、おそらくそれを行ったのが今妹の目の前に立つ男であるだろうことも知っている。
ずっと警戒していたが、自分は今魚の姿で。
もし何かあった時・・・・どうも出来ない。
レウィンがいるから安心と思っていたが、彼は先刻部屋を出て行ってしまった。
彼には、呪いを掛けたのがテイム、その人であるかもしれないことは話していなかったのだ。
確信も持てていなかったし、レウィンは何も力を持っていない一般人だ。
だが彼のお蔭で、綾乃は守り石のペンダントを肌身離さず身に着けてくれている。
もし・・・・・テイムの水属性魔法で攻撃されたとしても、あと二回、石は綾乃を守ってくれる筈だ。
三つあった内の一つは、癒し。
他のどの石が魔力を持つにしろ、他は全部攻撃系。
また呪いを食らった場合は・・・・。
綾乃の体力は、まだあまり回復していない状態であるから、再度呪いを受ければきっと衰弱量は一回目と比ではない。
そうなれば、“癒し”の力を持つ金星国守護神の元へ行かなければならない。
そこまで綾乃の体力がもつか分からないし、加えて簡単に助けてもらえるのかも分からない。
「持ってない・・・・知らない・・・・・魔力なんて・・・・・呪いなんて・・・・」
「嘘をつくな!!」
テイムの手が、綾乃の首に触れる。
「俺はお前に呪いを施した!!それを解けるのは、魔力を行使してのみ。魔力を持たずして、解ける訳が・・・・・解ける訳が無かろう!!」
「呪いって・・・・・だから何のこと!?」
勿論、綾乃に思い当たるところなど無い。
呪いを解いたのは・・・・・彼女ではなく、彼女の首から下げられているペンダントの石なのだから。
「病に罹り、弱り。果てには、死に至るものだ!弱く何の力も持たない駒など、もはや無価値。そこらの石ころと何の大差も無い。だから、もし力を持たねば死するようにしていた!」
「じゃあ、あの病気は・・・・・・!」
怒りが込み上げてくる。
一週間苦しんだあれが・・・・・・全て、この人のせい・・・・。
「そうだ!だが、お前は回復し、ここまでやってきた!力を持たぬ者には不可能なことだ!!」
「そう言われても・・・・・寝ているうちに治っていたんだから・・・・私は何も」
テイムも、守り石のペンダントのことは知っている。
運が良ければ魔力の籠っているものが紛れ込んでいるかもしれないことも。
だが、ペンダントは湊生の指示で服の下に隠してあるため気付けず、そして更にその石が三つも魔力を秘めているというレアな石で―――この旅に同行しているレウィンが、それを見抜けることもテイムは知る筈もなく。
そうして、テイムの脳内で行われている情報処理は、誤った方へ誤った方へなされていく。
「未覚醒なのか!?・・・・・・なら、仕方ない。あの呪いは魔力を引き出すものだから、覚せいを促す効果もある・・・・・。綾乃、俺は気が短いんだ。俺の計画通すには・・・・さっさと覚醒してもらわないと困るんだよな。だから・・・・・だから俺は、何度でもあの呪いを掛けてやる!!オマエが覚醒するまで・・・・・!!」
「い・・・・・いや・・・・・・」
如何に苦しかったか・・・・・今朝までのことを思い出せば、恐怖が過る。
いやいやとゆっくりと顔を左右に振る。
「嫌? ハッ、嫌だろうと何だろうと! 覚醒し、俺の手駒として働かすまでだ!!」
「いや・・・・・!!」
「働け!!優しく言ってやってるうちに“はい”と言え。でないと、強硬手段に出るぞ。・・・・・・いいか、これは脅しじゃない。本気だ。使えないカスに生存権などない」
「う・・・・・くっ」
口から、悲鳴が漏れる。
「はいと言え!そして俺に従うと!!」
首が少しずつ絞められていく。
それにつれて、綾乃の視界はやがてぼやけていった。