第二章『水の掟』・第二話『絶えた血・朽ちた王座』Part2
『お前には、もう王たる資格は無い』大切な人を次々に失くした少年王から、残ったその王権までもが奪われ、新たな王家が立って早二十年。未だに、新王家は旧王家の支配を受け続けていた。その国の守護神・テイムは、綾乃達を大いに巻き込んだ復讐計画を立てていて・・・・・・!?
翌日。
「やぁっと着いた・・・・・」
午後5時にしてようやく見えた水星国の城下町に、綾乃が気の抜けた声を漏らした。
「何だか疲れちゃいましたね。町に入ったら、今日はもう宿でゆっくりして、明日の午後謁見しましょうか」
「うん、そうしよ・・・・ふあぁ眠い・・・・」
綾乃の斜め掛けのバッグの上には、既に飛び疲れたらしい湊生が倒れるようにして寝ている。
時折、頑張って歩いている中暢気そうに寝ている様が恨めしく思えて、ヒレを掴んで逆さ宙吊りにしてみたりもしたけれど。
それでも湊生は睡眠を邪魔されることなく爆睡していた。
一足先にリラックスするぬいぐるみとは打って変わって。
レウィンと綾乃は目標を目前にして、よろよろする体を叱咤し、三倍速で歩き出した。
朝、彼らが泊まった宿では一騒動あった。
それは、朝食を食べに行こうとレウィンが綾乃の部屋へ誘いに行った、七時半のこと。
「綾乃さん?起きていらっしゃいます?」
ノックをしても、反応はなかった。
昨夜は、話した通り二人はさっさと夕食を取ってそのまま部屋に入った。
サフィールが手配してくれていた旅の所持金は、並々ならぬもの。
お金の管理は、まだ裏世界に不慣れで物価や通貨単位すら知らず、旅を始めて尚勉強し続けている綾乃より、裏世界に慣れ博識であるレウィンが担当するのが妥当だったため、サフィールは彼に多額の所持金を託した。
お金を持つレウィンは、綾乃の判断に従う旨を伝えた。
それをサフィールは許し、レウィンは綾乃に使用用途を尋ねたところ。
その金額さえあれば、楽に旅が出来そうなくらいだったが、綾乃は必要最低限のみ使うようにしようとレウィンに提案してきたのである。
元々同意見だったレウィンは、アッサリ承諾した。
そのため、その日とった宿は一室のみで、ベッドルームが二つあるものを選んでいた。
「綾乃さん!?綾乃さん!!」
何度呼んでも。
いくらドアを叩いても。
鍵の掛かったドアは、開く訳もなく。
《どーしたー?早く飯食いに行こうって》
レウィンと湊生が寝ていた部屋からひょっこりと姿を現した湊生の方へ、必死の形相でレウィンが振り向いた。
「綾乃さん、部屋にいる筈なのに・・・・・声を掛けても・・・・何にも答えてくれないのです!!」
鍵も掛かってるし、どうしようもなくて。
《綾乃―?おい綾乃ォー?》
「綾乃さん!!・・・・・湊生さん、どうしましょう!?」
《落ち着け。》
落ち着けなんていられないですよ、と言って彼らしくなくおろおろするレウィンとは裏腹に、湊生は完全に落ち着き払っている。
旅の荷物の中から綾乃のヘアピンを一本取出し、パキンと二つに折ってカギ穴に差し込んだ。
器用にヘアピンを操作して、一分弱。
ガチャリと音がした。
《お》
「開きました!?」
《開いた》
「っ!綾乃さん!!」
叫んで、ドアを勢いよく開く。
そこで見た光景に、レウィンは息を飲む。
ベッドの傍に、ぐったりと綾乃が蹲っていた。
一瞬固まっていたレウィンだが、すぐさま駆け寄って抱き起す。
顔色を窺えば、真っ赤で額に汗も滲んでいる。
「大丈夫ですか!?」
抱き上げ、ベッドに寝かせる。
《相当参ってるな。レウィン、氷水と薄手のタオルを頼めるか?俺はこんな体だから出来そうにないんだ》
「はい。すぐに用意致します。綾乃さんを看ていて下さいね」
《おうよ。頼む》
やっといつもの冷静な彼に戻り始めたレウィンは、湊生の指示通りのものを探して部屋を出て行った。
《これはヤバいな。呪いの部類だ・・・・・。くそっ・・・・・・》
レウィンとは逆に、先程とは打って変わって辛そうな顔をして、悪態をついた。
「少しは楽になったでしょうか?」
額に冷たく濡れたタオルを乗せ、別のタオルで汗を拭き取る。
汗をかいているだろうから、本当は服を着替えさせるべきなのだろうけど、流石に相手は女の子なのでそれは出来ず、出来るだけ汗を拭った。
《ああ、多分》
言いながらも、湊生はそうは思っていなかった。
おそらく、言いたかったのはこれ。
“ああ、多分駄目だろう。原因を絶たない限りな。”
空中を泳ぐ彼の目線も、泳いでいる。
それに気付いたレウィンは、湊生の尻尾を軽く摘まんだ。
湊生は、何だ?と言わんばかりにレウィンを見る。
「嘘・・・・・なんですね」
《俺って嘘下手だな》と、湊生は思わず苦笑した。
「で、本当のところは?」
《非常にまずい。これは呪いだ》
「呪いですか?」
《かけられたのが強い守護神なら、打ち破れるもの。ハッキリ言って、俺にかけられていたなら何とも無かった筈だったんだよ》
魚にかける奴なんていないだろうけどな。
おそらく、死には至らずとも激しい衰弱は免れないだろう。
そう、おそらくは。
「ワーム」
ティーカップに紅茶を注いでいたワーム秘書は、呼ばれて俯いていた顔を上げた。
「何でしょうか、テイム様」
「別件の方、手配通りにしてくれたんだろうな?」
「はい。今頃は・・・・きっと」
カップがテイムの執務机にそっと置かれる。
そのカップに口を付け、僅かに飲んだ彼の口元には、怪しい笑みが形作られていた。
「使えるなら手駒に。使えないならカスだ」
「うっ、けほ・・・・」
綾乃が咳き込み、近くの椅子で看病しつつ分厚い本を読んでいたレウィンが焦って近寄った。
支えながら上半身を起こして呼吸し易くし、緩和薬を飲ませる。
それから何度も背中を優しく擦ってやった。
「大丈夫ですか?」
体調不良であるというのに、綾乃は密着するレウィンに気がいって仕方なかった。
そして少年であるというのに、彼からは甘い匂いがする。
優しくて、温かな、彼の。
どうしてか聞いたことがあったが、レウィン自身思い当たることはないという。
綾乃は鈍感な方ではない。
だから、彼女自身、あの太陽国で城下町に二人で出かけた日以来自分の中で渦巻く感情の名を理解している。
彼を意識しまいとしても、それは不可能な領域まで達していた。
まだ出会って、二月にも満たないというのに。
「う、うん・・・・今日はいつもより少しマシかな」
レウィンが心配そうに顔を覗き込んで。
過剰に彼を意識する綾乃は、発熱しているからも体温が高くて顔が赤いのは当たり前のことだが、それとは違う理由で顔を赤らめて俯いた。
「本当・・・・・ですか?」
「やだ、そんな心配そうな顔をしないで」
「綾乃さん・・・・・」
「ごめんね、本当はこっちに来て次の日に謁見しに行こうって言ってたのに・・・・・もう、一週間、経っちゃって・・・・」
そう、もう水星国の城下町に着いてから一週間も経つ。
その間、ずっと綾乃の具合は悪い。
レウィンと湊生はそれが呪いから来るものであると分かっているが、当の本人は、表世界には無い裏世界特有の―――レウィンの欠損病みたいな―――ものであると、思い込んでいるようだ。
彼女の前でのみ平生を保つ二人からは、その状態の深刻さが窺えない。
だからか、綾乃は長引いてるな程度にしか思っていないのである。
「そんな・・・・気にしないで下さい!」
「何だかお互い励まし合いみたいな感じだね」
苦笑する綾乃に釣られ、レウィンまで口元を緩ませた。
ちょくちょく活動報告を更新してます!
今後のこの「太陽系の王様」についての情報が書かれていたりします!
是非読んでみて下さい♪コメントを頂けたら嬉しいです!