第十四章『闇の掟』・第二話『赤き血の海原・戦いを成す者』Part4
《私がここにいたら・・・・・・駄目だってこと・・・・・?》
「違う、そういう意味じゃない。駄目とかじゃなくて、それが不完全の証拠になるだけだ」
《じゃあ、何?》
アレンはポケットから紙を一枚取り出して、綾乃に差し出した。
それを受け取り、綾乃は黙って中身を読む。
半分ほど読んだところで、綾乃は息を飲んだ。
その紙には、要約すると次のように書いてあったのだ。
冥王星王に勝つ為には、アレンが天麒麟――――金翼に覚醒する必要がある。
アレンは三段階覚醒の守護神だ。
だが、今のままではそれは不可能であり、覚醒する為には綾乃の意識をその身体の中に残したままアレンの魂が入らないといけない。
今まではアレンの魂が入ることで、綾乃の魂は弾き出されていた。
でもそうじゃない。
綾乃の意識を眠らせた状態にして、そこにアレンの魂を入れるのだ。
でも、それをするとアレンの魂は身体から抜け出せなくなり、眠っている綾乃の意識―――もとい魂に負担が掛かり、瞬く間に綾乃の魂は消え去ってしまう。
つまり・・・・・・アレンの覚醒は、綾乃の死を前提とする。
《お兄ちゃん達が見た世界が本当に未来なら、私は・・・・・・・死を選択するってことだよね》
「そうなる・・・・・な」
否応無しに、決まっている。
最終的には綾乃の意志でそうするのだけど。
今その選択肢に抵抗を示していて、絶対に嫌だと言ったなら・・・・・その感情すら覆すような出来事が起こるのかもしれない。
《その時・・・・・・私は何を思ってそれを選んだのかな・・・・・・》
掛けられる言葉は何も無かった。
アレンは綾乃以上にその事実を知った時動揺した。
だからなかなか信じられずにいた。
『アストレイン様。残酷なことを申し上げますが、未来の人が過去の人に未来を教えると、その未来が変わると思っていらっしゃいませんか。現在、過去、未来。その全ては同じ。同じ軸上に存在するのですわ。ですから未来にも、もっと先の未来を生きる方が同じことを教えているんですの』
『どうやっても変わらない、とそういうことか』
『ええ。例え、例えがあったとしても・・・・・・・何らかの形で調整され、結局同じ未来を歩まされてしまうのですわ・・・・・』
動揺してどうしようもなくなった時、リフィアは敢えて優しい言葉を掛けることはしなかった。
そんな甘い状況ではないし、アレンがこれからぶつかっていく壁はそんな軽いものではないから。
適当に「大丈夫大丈夫」、と言われるよりも「未来は決まってる」とはっきり言われた方がよっぽど安心出来た。
綾乃がどう選択しようとも。
未来は、一つ・・・・・・。
助けて・・・・・・ママ・・・・
パパ・・・・・・
助けを求める声は、未だ聞こえ続けている。
サラはぼんやりしていた。
その声が悲痛なモノであっても、サラの心には少しも響いては来なかったのだ。
でもふわっと僅かな風が窓の隙間から吹き込んできたその刹那、すっとサラは立ち上がった。
窓を開け放ち、自らの身体に吹き付ける風に、何を感じたのかは分からない。
ただ砂羅が目を離している隙に、サラはその窓から飛び立ち、絶え間なく聞こえてくる声のする方角へ向かった。
「サラ様、第一防衛ラインが・・・・・・!!サラ様?」
軽くノックをしてから駆け込んできた小間使いが、もぬけの殻となった室内を見回す。
ただ大きく開け放たれた窓、そこから流れてくる風に棚引くカーテンを見て嫌な予感を感じた。
ちょうど飲み物を持って戻ってきた砂羅と鉢合わせた小間使いは、室内の状況を説明した。
そこから出て行ったのは間違いなかった。
なぜなら、サラは先程まで翼をしまっていた筈なのに、室内には何枚か真っ白な羽が落ちていたからだ。
「どこにいったのかな・・・・・それから貴女、焦っているようですけど何かあったんですか?」
「総指揮官、麗人様からです」
「桜井君から?なんて?」
「第一防衛ラインが・・・・・・突破されました。ですが両者共に一時撤退、第二防衛ラインまで下がっています。医療班の半数以上がそちらに向かっているとのことで」
驚くより、“ああ、やっぱり”といった感じだった。
前の一報で、木星国が完全に火の海になったのだと聞いた。
そこにテイムの援護が入り、鎮火されたが火災による被害は並々ならぬもので、死傷者が多数出たと聞いた。
案の定のシナリオを辿ったとはいえ、一旦引いて、形成を立て直す必要があると考えたのだろう、麗人は下がるように指示を出した。
状況が不利なのは初めから。
麗人は勝てるとは思っていない。
勝とうとも思っていない。
ただ被害を最小限に抑え、侵略を食い止めて時間を少しでも作る事を目的としているのだ。
その間に、アレン達が敵を叩いてくれることを信じて。
麗人の考えは、皆聞いて知っている。
でも不利である以上、戦略を練りに練らなければ足止めすら叶わない。
今脳をフル回転させているであろう少年の元へ、砂羅は飲み物を届けに向かった。