第十二章『氷の掟』・第一話『一新する立場・共同生活』Part3
《食料調達して来ようか。二日目に必死になって集めたのも、もう底をつきそうだしな》
地球国で隠遁生活を始めて一週間。
“食料庫が無いから地下室でも増設してくれ”とのテイムの要望で造られたその場所に、地球国に着いた翌日総出で食べられるものを集めた。
どうも裏世界には“腐る”という事態も概念も存在しないようで、常温での長期保存が可能だ。
二週間分くらい集めたつもりでいたが、誰とは言わない――――(恐らく半殺しに合うので)言えないが、大食漢が若干一名いる為にもう集めに行かなくてはならなくなってしまったのである。
そこで、リビングのソファに皆集められた。
「まあ、あれだけ一人で食べられる方がいらっしゃれば、それは無くなるでしょうね」
反目眼のレイトに睨まれたのは、先の発言者のアレン。
当のアレンは、トボけた顔をしてふよふよ浮いている。
レイトに倣い、他のメンバーもアレンに目を向けた。
《いやー、不思議なこともあるもんだよな》
見慣れたシチュエーションに、綾乃は脱力した。
「無くなったこと自体より、その魚の身体の中にどのように入って行っているかの方が僕は不思議でなりません」
その指摘は正しい、と誰もが思った。
綾乃は以前、アレンが間抜けにも背泳ぎで浮遊中に木に引っ掛かって切り裂かれてしまったその身体を縫ってあげたことがある。
確かに、中身は綿だった。
けれどアレンはもぐもぐと咀嚼し、ごくんとさも人間化のように嚥下をするのだ。
口から入ったものがどうなっているのかは皆多かれ少なかれ気になっていたこと。
そして排泄もしないから、インとアウトのバランス――――いや、バランスどころではないが――――が変なのである。
焼き魚を食す度にテイムは「共食い」とフザけて繰り返し言うが、それは今はどうでもいいことだった。
「食べた人が責任もって取りに行けばいいんじゃない?」
サラがさも名案と言わんばかりに頭を上下に振る。
《んな殺生な!!》
「ま、皆で行きましょうよ、綾乃さん。こう木の中にずっといたら体が鈍りますし」
「だな。皆、それぞれ何取ってくる?俺先にちょっくら追い掛けてくらあ」
一足先に腰を上げてどこかに行こうとするテイムに、アレンは首を傾げた。
《追い掛け・・・・・?》
「獣、獣。」
あー肉か、と誰もが理解したその時、今度はレイトが立ち上がった。
「あ、僕魚担当してもいいですか?結構取れると思うんですけど」
あれ、と綾乃は疑問符を浮かべた。
水星国で釣りをした時、確かレイトも綾乃と同じく釣りは初体験で、一悶着二悶着あった上で二人共自分の分くらいしか釣れなかった筈だ。
でもまああの時はレウィンで、記憶が無かったからで、本当は釣りのスキルがあったのかもしれない。
天才王子だから、有り得そうな気がする。
《釣竿は?》
「要りません」
言ってレイトも出て行った。
結局。
ステアは木の家の維持に力を注いでて遠出が出来ない為に家に残ることに。
それ以外のメンバーは(アレンは魚の状態なので、自分が食べまくったくせに専ら応援するしかする気が無いのだが)、果物やら穀物やらの採取に出掛けることになった。
レイトが出ていくその後ろ姿に釘付けになっていたリフィアが、アレンの方を向き直る。
「アストレイン様」
《ん?何だ、リフィア?》
「道すがら、お伝えしたいことがございます」
「あーもう。やっぱり集まってきやがった・・・・・・ホント鬱陶しい」
川に行けば、気付いた魚達が我先にと水中から飛び上がり、ぞろぞろと近付いてきた。
数は・・・・・・ざっと、30匹。
まあいいくらいか、太陽大命神はどうやら物凄い量を食べるみたいだしな。
打って変わって、この体の持ち主レイトは、少食過ぎて心配されるほどだったが。
「さて・・・・・・狩るか」
レイトが目付きを豹変させると、魚達はビクついた。
“魔”は変なオーラを放つものである。
興味を持って集まってくるのは、魚達も比較的“魔”に近い属性にあるから強い力に引き寄せられるのだ。
レイト――――“魔”は、次々に蹴りを直撃させ、魚達を気絶させていく。
全ての魚が地面に転がったのを確認すると、レイトは太めの木の枝に括り付けて木の家の方へ担いで歩いて行った。
この間、約八分。
《は!?何だって、レイトが!?》
綾乃とサラの二人と声が聞こえない程度に距離を取って、尚且つ近付いてくるのに気付けるよう視界に入れた状態でリフィアは言った。
レイトが、レイトではないと。
視界の端では、綾乃とサラが木に登って、捥ぎ取った洋梨のような果物を綾乃の持つ籠に次々に入れていっている様子が見える。
どうやらその洋梨は美味しかったらしい。
先程味見した綾乃が、「これ食べれるよ!美味しい!!」と親指を立てたのを切っ掛けに、総攻撃を仕掛け始めたのである。
お蔭で、二人の周囲の枝には身がほとんどない。
そして一人二つ籠を持っている内の、サラの片一方の籠にはもう芋が山盛り入っている。
「はい。間違いなく、“魔”に取り込まれてしまっています。そしてそのことを、伯父様――――冥王星王は、既に知っているのですわ」
《それ、皆に言った方が――――》
「ダメですわ。私がどうして今までご本人にも、そしてアストレイン様以外の方々にお話しなかったと思われます?」
《んん?》
わかんない、とアレンの顔にはしっかり書かれていた。
「もし告げましたら、何方かが被害に遭う恐れがございますでしょう?特に、追い詰められた時とか―――その身体の本来の持ち主に」
《レイトか・・・・・!》
アレンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
レイトがそんなことになっているとは気付かなかった。
それは、いつから――――?
「分かりましたでしょう?だからダメです。この話は誰にもしてはなりません。よろしいですか?」
《了解》
アレンはリフィアを促して綾乃達の方へ向かおうと歩き出した。
次の木に移ったらしい綾乃とサラは、今度はそう高くない木の天辺まで登り、その木の中でも一際大きな実を二人がかりで捥ぎ取って二人一斉にかぶりついた。
次の瞬間、二人の顔色が真っ青なものに変わる。
口を全開にし、あちらこちらを向いて「ぎゃー」と悲鳴を上げジタバタして、綾乃に至っては木から落下していた。
受け身を取るどころではなかったらしく、べしゃっと地面に崩れ落ちた。
あまりにもマヌケな様で、そしてリフィアから伝えられた事実の大きさに、アレンの綾乃に対する心配の気持ちは完全に吹っ飛んでいる。
だんだんと事態の深刻さを飲み込めてきて放心状態になったアレンに、リフィアは言い聞かせる。
「アストレイン様、狙われるとしたら貴方と、その一体化時の身体となる綾乃しか有り得ません。お気を付け下さい」
リフィアは、誤魔化した。
“特に、追い詰められた時とか―――その身体の本来の持ち主に”
刃物を自らの首に当て、レイトを道連れに、とアレンは考えた。
それも可能性はある。
一番の人質は、すぐ傍にいるのだから。
でも、リフィアの言った言葉の本当の意味するところは、違うところにあった。
『“魔”の意識が一時的に眠りにつくことで、レイトが目覚め―――そう遠くない内に、“時”が来て、レイトが消え去ってしまう』と。