第一章『光の掟』・第三話『虹の破片・重複せし灯火』Part3
『僕には貴女を守る力はありません。だから、代わりにこの石が綾乃さんを守ります』 異世界の少女・綾乃はパシエンテ(不治の病を持つ者の意)の少年・レウィンと旅立つ決意をする。知識を一定以上得るまで指導を受けるべく、太陽城に滞在することになったが・・・・・・記憶が戻り始めたある日、何と綾乃は男の子になってしまう。綾乃に乗り移ったそれは、綾乃の実兄で・・・・・!?
「来てもらって早々、頼んで悪いな」
「いえいえ。これが本職ですから」
儀式の間の中央に大きな魔法陣を描く手を休めず、神官・ソロンは端の方に設置された椅子に腰かけたサフィールに答えた。
「まだかかるか?」
「いえ、もう終わりますよ」
王の足元には、頭一つ分の大きさのぬいぐるみがあった。
それは綾乃チョイスで、空色の、少しデフォルメの入った魚のデザインのもの。
その魚のぬいぐるみに綾乃の兄である湊生を移すつもりなのである。
因みに、それは綾乃が裏世界に来て2,3日した頃、女の子の世話が出来ると喜んだ小間使い達が持って来てくれたものの中の一つだ。
ぬいぐるみの他には、どうもオーダーメイドっぽい服、髪飾り・ネックレス、アンクレットなどのアクセサリー。部屋の装飾品があった。
聞いてみれば、サフィールには既に嫁がれた三つ年下の妹君がいらっしゃって、彼女の幼い頃のものが未だたくさん城に残っているのだという。
綾乃がその贈り物を喜んだため、小間使い達も調子に乗って、それらから綾乃に似合うものを見繕ってきてくれるようになった。
時々、ファッションショー状態になって疲れることもあるのだが、綾乃も多感なお年頃なだけあって服装にこだわりを持っているので、基本的に楽しくやっている。
小間使い達の平均年齢は若干高めだが、登用対象年齢幅は広く、綾乃と同い年くらいの子もいて、恋バナに花を咲かせることもある。
「お父様、本当にお兄ちゃんを移すことが出来ますか?」
「ああ、出来るとも。要は、憑き物を落とす割合でやればよい。そうだろう、ソロン」
「はい。これくらいよくやっていますね」
「つ・・・・・憑き物を、落とす・・・ですか」
湊生が完全に亡霊扱いだ。
まあ、確かに幽霊には違いないけど。
魔法の存在する世界上、表世界にも増して霊傾向は強いらしい。
ソロン神官のみならずサフィール王自身も、何度も除霊をしたことがあると堂々と言い放った。
「王!!準備が整いました!始めましょう」
「よし。綾乃、真ん中に立て」
「はい・・・・」
恐る恐る、綾乃は魔法陣の中心に立つ。
カン
魔方陣を描いた時に使った杖を床につけ、魔法を発動させた。
光る魔法陣に向け、ソロンの呪文の詠唱が始まる。
すると、何かが前のめりに倒れ始めた。
それは自分だと、綾乃は思った。
だが、それは違った。
自分は立ったままで、それとは別の、透き通ったものが自分から分離していっていたのだ。透き通ったものは、間違いなく自分の兄。
ガタガタガタガタガタガタ!
完全に離れきったところで、地震のような揺れが生じた。
それは魔法の作用だったらしく、サフィールもソロンも反応しない。
ソロンは続けて、魚のぬいぐるみに魂を移す呪文を唱える。
彼が使う魔法は、彼の持つ魔力を根源としているのではない。というより、彼自身は何の力も持っていない。彼が今使っているのは“本の魔力”。
ソロンのような”神官”とは、その本を自在に使えるように鍛錬を積んだ者の事なのである。
だから今、ソロンは分厚い本を小脇に挟んで呪文を詠唱しているのだ。
魔法陣は、詠唱の補助的なもので、対象の指定に使うのだという。
綾乃から離れた透き通ったものが、呪文を紡ぐのに呼応して床に転がされたぬいぐるみに吸い込まれていった。
ぬいぐるみに入り込み、呪文を言い終えたとき、ぬいぐるみの目が瞬いた。
そして上昇。
どうやら飛べるらしい。
《おお?》
「お兄ちゃん!!」
《綾乃・・・・。久しぶり》
「よかった・・・・・もう一度・・・・・お兄ちゃんに会えて・・・・」
《泣くなって。お前泣き虫だな》
「あんな死に方したんだから泣くに決まってるでしょ!!お父さんもお母さんも凄かったんだから・・・・・!!」
《すまんすまん。何となく、死ぬ予感はしてたからさ。とうとう来たんだなー的な》
「とうとう来たんだな、じゃないよ!感動の再開も何もあったもんじゃない・・・・・」
また綾乃は顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
泣くと顔がブサイクになるぞ、と言いたかったが、言ったら殴られそうだったので言葉を飲み込んだ。
《よしよし。泣くな泣くな。・・・・・・ところで、そちらサンは・・・・・っと、サフィール王か!?》
どうやら湊生は、綾乃と同化中も意識は無く、眠っていた状態だったようだ。
明らかにこの状況に驚いている。
「そうだが。どうして知っているのだ?お前は、表世界の人間だろう?」
《そうさ。綾乃の兄貴なんだから。でも、俺とサフィール王、アンタとは初めて会った訳じゃないぜ》
意味が分からないと顔に書いてあるサフィールを見て、ニッと不敵な笑みを見せる。
「ど、どういうことだ、湊生?」
《ふーん。にしても、いつもとは俺の呼び方が違うんだな?》
「いつもって・・・・・?」綾乃が問う。
「俺のこと、サフィール王は何でか“アレン”って呼んでたんだよな。名前的に頭文字の“あ”は合ってるから、おおニアピンとかって思ってたんだけど」
言って笑う魚の前に、サフィールを始め、ソロン、綾乃も全員が凍りついた。
今、何と・・・・・・・?
「お兄ちゃん・・・・・何て呼ばれてるって言った?」
「だから、“アレン”。そこの王様がさー、“まだ目をお覚ましになっていないのですか、我が国の守護神、アレン”って感じでな」
バッとソロンと綾乃がサフィールの方を見る。
本当か?という目線を投げかけて。
「言った・・・・・・」
「じゃあ!?」
「お、お、お・・・・・お兄ちゃんが、太陽大命神・アストレイン!?」
綾乃の声が、城中に響き渡った。
「まあ・・・・・なんだ。取り敢えず儀式は成功したようだな。・・・・・綾乃も戻ったみたいだし」
「え・・・・あ」
自らを見ると、確かに髪は前のセミロングに、身長も縮んだ気がする。
先程までそれどころではなかったため、気付かなかった。
前もって手鏡を用意していたので、右ポケットから取り出して見てみる。
・・・・・・戻った!!
湊生との分離中、普通なら自らの変化にも気付いた筈だが、その時綾乃は三年ぶりに見る兄の姿に完全に気が行ってしまっていたのだ。
そしてその後は、兄が太陽大命神だったと知って。
慌てて自室に戻り、地下室に確認に行ったサフィールが戻ってきたのはついさっきのこと。
チューブには、丸い球体どころか水も入っていなかったという。
その報告時湊生は、だから言ったじゃん、とサフィールが儀式の間を出ようとした時に言った言葉を信じて貰えず拗ねたように愚痴を漏らす。
今もまだ、口を尖らせてそっぽを向いている。
「戻ってる・・・私、戻ってる!!」
小躍りする綾乃の隣で、腕組みをしようとした湊生が、それが出来ないことに疑問を持っていた。
何かおかしいな。ふよふよ揺れってっけど・・・・・・。
そして、自身の手と足を見た。
《な、なんじゃこりゃー!!!!!》
叫んですぐ、目が座った。
眉間に皺をよせ、明らかな犯人を凝視し、その人の名を呼ぶ。
こんなことになったのは、ヤツしかいない。
《ちょっと綾乃。喜んだり笑ったりする前に、俺がこうなった経緯を聞きたいんだけど?何で魚な訳》
湊生が実に不満そうに言った。
裏世界に来てから今の今までを手短に説明すると、何かに納得したような素振りを見せたが、その上で《お前センスないんじゃね?》と魚についてコメントした。
これに入らされる身にもなってみろ。
魚が、妙にリアルで、妙にコミカルで、変にデフォルメされていてキモかった。
「それをプリティーと言います」と、綾乃はセンスを不定されて張り合うように言った。
《な、サフィール王!!お前はセンス無しだと思うだろ!?》
「私も綾乃に賛成だ」
至って真面目に答えた。
味方だと思っていた奴が、敵の増援だと知ってがっくりと湊生は肩を落とす。
「恐れながら王、私もそう思っております」
そして、ソロンまでもが。
「特にウロコがリアルで素晴らしいぞ。肩乗りサイズという点においても、誠に良き物である」
「ですよね。お父様とは意見が凄く合いますね」
「うむ」
《あーはいはい。プリチーね、プリチー》
全員に言われ、湊生の不機嫌度合いはマックスに到達した。
次、第二章に入ります!他国編。”水の掟”です。
『水の掟』を含む以降のストーリーを、活動報告にて掲載するので是非ご覧下さい。コメントいただけると嬉しいです!