第一章『光の掟』・第三話『虹の破片・重複せし灯火』Part2
『僕には貴女を守る力はありません。だから、代わりにこの石が綾乃さんを守ります』 異世界の少女・綾乃はパシエンテ(不治の病を持つ者の意)の少年・レウィンと旅立つ決意をする。知識を一定以上得るまで指導を受けるべく、太陽城に滞在することになったが・・・・・・記憶が戻り始めたある日、何と綾乃は男の子になってしまって・・・・!?
「お父様!!お父様!!綾乃です!!」
切羽詰まった声がドアの向こうにいる筈の養父に投げ掛けられる。
すぐに気付き、食事をする手を止めたサフィールは、臣下の者にドアを開けるよう命じた。
だがサフィールはふと、綾乃だと名乗ったその声が些か低く感じたような気がして――、でも気のせいだったと思い直す。
ドアが開け放たれた途端に入ってきたその人に、許可を出した本人も、そしてそれを実行に移した臣下も驚き、目を見開く。
付近にいた衛兵が、迷わず銃口を綾乃に向けた。
「姫の名を語るなど、お前はいったい何者だ!?」
ひ、姫・・・・・!?
綾乃は、銃よりも自分が姫と呼ばれた方が気になった。
確かに、養女だから姫なんだろうけど。
いつもは、綾乃様と呼ばれていたから、少し気が引けた。
「名を語るって・・・・・私、本当に綾乃です、信じて下さい!朝起きたらこうなってて・・・!」
「黙れ。そのようなこと、誰が信じるか!お前、さては、敵国の・・・・・!」
「ならば、生かしてはおけん!城への不法侵入、及び国王の殺害容疑で即刻死刑を!」
「そんな!わ、私は・・・・!」
大戦争を控えているために緊張度が生半可なものではない衛兵達は、綾乃の反論を許さない。
国内に刺客が送り込まれているという情報もちらほら入っているという。
やはり来たか、という思いを誰もが抱いた。
子供が刺客、という点においては何ら不思議ではない。
油断を誘うにおいては、有りがちなことであるから。
兵の一人が抵抗を止めない綾乃の腕を掴み、部屋を出ようとしたその時。
「待て」
サフィールの一言が、その場にいる全員の動きを止めた。
「お前・・・・・本当に綾乃か・・・・・?」
「・・・・・はい」
「でも、男の子じゃないか」
半信半疑と言った感じのサフィールに、どうにか分かってもらおうと綾乃は叫ぶように言う。
「だから、朝起きたらこうなってたんです!!・・・・私にはどうしてなのかさっぱり・・・・!」
どう説明すればいいのか分からず、口を噤んだ綾乃をじっと観察して。
ふいに、王が首を傾げた。
「何かいる」
「・・・・?」
「こ、国王陛下?何かいるとは・・・・・?」
未だ綾乃の両腕を捕え、変な行動に出ないか見張る衛兵も問い掛ける。
そちらにサフィールは視線を移し、少年となった綾乃の解放を命ず。
衛兵は戸惑いを見せながらも手を放し、端に控えた。
「どうやら・・・・・お前は、確かに綾乃のようだ」
「な、なら!姫はどうしてそのような姿に!?お分かりなのですか、王!!」
黙って頷いたサフィールは、調べるような視線を再び綾乃に向けた。
「綾乃、キミは一人ではないようだな。・・・・・何かの依代にされているのではないか?」
「ま、さか、憑依されてるってことですか?」
「うむ」
魔法について齧ったことがあるから、それくらいは何となく見抜けるのだ、と自慢げに続けた。
それは間違いない。
問題は・・・・・・!
そうして二人が重視した点は、僅かにずれ合っていた。
「そ、そそそそれってゆゆゆ幽霊なんじゃ・・・」
「吃っておるぞ。安心せい、そのまさかだ」
安心せい?
寧ろ安心出来ないんですけど!?
綾乃は全身に鳥肌が立ったのを感じた。
「私が一番言いたいのは、そんな前提的なことではない。それが誰かということだ」
「幽霊が・・・・・誰か?」
「完全に一体化しておるな。シンクロ率が非常に高いようだ。ここまで合致出来る者は、身内や恋人など、関係が深い人でしか有り得ない・・・・・それでも有り得ないかもしれないくらいだが」
・・・・・・・・・・あれ?
綾乃は何かに気付きそうになっていた。
幽霊。高いシンクロ率。身内や恋人など、関係が深い人。
知ってる・・・・・私、何か・・・・・心覚えがある・・・・・。
そこへ、都合良く記憶の一部が蘇る。
『綾乃・・・・・お前は、本当に俺のマネが好きだな。母さんに怒られても知らないぞ?』
『いいもん!アヤ、お兄ちゃんと一緒にいたいんだもん』
『・・・・・ったくもう』
いつも、綾乃は兄である湊生と共にいた。
兄妹関係は良好で、お調子者で後先考えない湊生も、綾乃についてだけはかなり気を配っていたほどだった。
綾乃は、何でも湊生のマネをしたがった。
口調、行動、考え方までも。
それ以前に、生来二人は似ていたのだ。
外見もそっくりで、綾乃がもう少し身長があれば双子だと言われるかもしれないほどに。
現に、湊生が中一の時に女装した姿に、綾乃はそのまんま当てはまるのだ。
加えて、珍しい・・・・・というより新製品のプリクラ機で、性別転換加工という機能を発見して二人で撮ったことがあるが、限りなくお互いに近かった。
シンクロ率、と言われれば、彼のことを思い出す。
しかも幽霊なら、やはり死者だし・・・・・とくれば、彼の可能性は非常に高かった。
「お兄ちゃん・・・・・・?」
ゆっくり、そして深く頷いて、サフィールは肯定の意を示す。
「綾乃の兄は亡くなっていたと、言っていただろう」
「はい。・・・・・・あ!安心しろって・・・・・まさかそういうこと?」
思い当たった事実に、綾乃は思わず納得してしまう。
「可能性は極めて高い。こういうのは、さっきも言ったが本当に身内や恋人など、関係が深い人に有りがちなんだ。悪意も見られないし、多分そうだろうなとは思っていたからな」
「死んだ・・・・・お兄ちゃんに、また・・・・会えるの?」
「それが、綾乃の兄ならば。」
サフィールに言われて喜び、テンションが明らかに高くなった。
そんな少女(今は見た目は少年だが)に、何かを言おうか言うまいかと悩んで、やがて重い口を開いて言った言葉は、予想外のものだった。
「なあ、綾乃」
「はい!何ですか?」
「その・・・・・そのまま、暫くいてもらうことは出来ないだろうか」
「え?」
理解出来ず、聞き返す。
同時に、綾乃の顔から一瞬にして笑顔が消える。
「頼む」
「い、嫌だと・・・・・言ったら・・・・?」
「強制するつもりはない。運よく、明日・・・・・・ソロンが来る予定だしな」
「ソロン・・・・・さん?」
誰だろう。
それからどう運がいいのかもわからない綾乃は、ただただその聞き慣れない名前を反復した。
「ああ。綾乃をこちらに呼び寄せた時の神官だ。」
「ヤツなら分離は容易だろう。どうだ、頼むか?」
「はい。でも、どうしてこのままでいた方がいいんですか?」
悪さがばれた時のようにばつの悪い顔をして、肩を落としたサフィールは、
「男の子であれば、式典が執り行えるかもしれないなどと思ったのだ」と白状した。
「式典?」
「ああ。太陽大命神の守護神継承の儀を執り行う式典だ」
「何で私が?この国の守護神の人、いるんでしょ?城にずっといるのに会ったことないけど・・・・・その人にして貰えば」
そういえば、守護神であるという人には会ったことが無い。
初めは、そんな重要な人が城内をうろうろしている訳ないし、戦争が近いから、きっと誰とも接触しないような場所を選んで大切にされているのだろう。
そう思っていた。
小間使い達やクィルなどと話しても、話題に出ることはなく、聞いてみても知らないという返答だけがいつも帰ってきていた。
他言無用だから教えてくれないのかとも思ったが、そうでもないようで。
更に彼らもあったことが無いというのは、おかしいなと感じてはいたが。
それでも、いないのかと聞けばいるのだと全員口をそろえて言う。
だから、気になってはいた。
「出来ない」
「どうして?」
「彼は・・・・・存在していながら、存在していないのだから」
「存在してて、存在してない・・・・?」
ああ、だから・・・・・。
「綾乃と魂を共有する者だ。そろそろ会っておいてもいいだろう」
「その、太陽大命神になる人に、ですか?」
「そうだ」
「彼の名前はアレン。本名はアストレインだ。彼が太陽大命神だという啓示が来て異世界である表世界から呼び寄せたのだが、眠ったまま目を覚まさないでいる。更に彼は肉体を持たない。魂のみの状態だったのだ」
サフィールの部屋の、一番奥。
鍵が幾重にもかかった扉の向こうに、石造りの螺旋階段が深く続いていた。
いくらか炎が灯っているだけの中は、薄暗く足を踏み外しそうになりそうなほどだった。
そこを通るのを許されたのは、サフィールを除き、綾乃だけ。
下りながら、サフィールはその太陽の守護神について、ほんの少しだけ語った。
階段を下り切ると、そこには広い空間があり、中央には天井にまでつくほど長い、太いチューブ。
炎からの光の反射で、もしくは離れ過ぎのためにチューブの中身は見えなかった。
「近くに行こう」
「はい」
中にはたっぷりと水ではない、青っぽく僅かにとろみのある透き通った液体が入っていて。
真ん中あたりに、何か大きいものが浮かんでいるのが見えた。
「これが、太陽大命神の“魂”だ」
近付くにつれ、それが何なのかはっきりしてくる。
直径40センチくらいの、丸い球だった。
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