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第8話 舞踏会

 衛兵がうやうやしくドアをあける。

 一歩進むと華やかに装飾された見事なホールがあらわれた。

 ところどころに色とりどりのブーケが飾り立てられ、芳しい香りを放っている。

 ホールの中は人々によって埋め尽くされていた。

 皆が集まっているホールは城内で最も広く、最も高い天井を誇っていた。天井は白地に金で装飾が施され、中央には豪華なシャンデリアが輝いている。

 着飾った紳士淑女が笑いさざめいていた。

 貴婦人たちがドレスの裾をひるがえすたびに大輪の花がふわりと開いて咲き誇り、彼女たちのドレスは大きく開かれ、胸元にかけての魅惑的なデコルテラインに紳士達のさりげない視線を集めていた。

 競うように淑女達からは華やかな香水が匂い立ち、彼女たちの軽やかな動きとともに男達の鼻腔をくすぐっていく。

 楽隊の奏でる華やかなプレリュードとともに、王女入室の先触れが侍従官よりあった。

 客達は一斉に中央の絨毯に沿って道を開ける。

 扉の両側に立っていた兵士が恭しく頭を垂れると、扉の軋む音がした。

 全員の視線が、扉の方へと一斉に向けられる。

 扉が開き、真紅の絨毯の上をエリザベスが颯爽と入ってきた。

 彼女は一度立ち止まった。優雅なしぐさで、来場者に礼をする。

 おてんば姫とあだ名されてもさすがは王位第一継承者、華麗なドレスと相まって気高き品格を滲ませていた。そのまま中央を進み一段高い所にある金に縁取られた深紅の椅子の前に立つと皆に一礼した。

「ようこそ、皆様お運びくださいました。今宵は心ゆくまでお楽しみくださいませ」

 盛大な歓声に迎えられた。

 立場の高そうな紳士淑女が列を成し王女の前に並ぶ。

「ヒューゴ様、ようこそ」

「お招き頂きありがとうございます」

「こちらの方は、クリル国大使でございます」

「歓迎いたします」

「高名な王女様にお会いできて光栄に存じます」

「こちらこそ、物理学の大家にお会いできて光栄ですわ。いつかフォトンのお話をお伺いしたいものです」

「恐縮いたします。私のような端くれの研究者に王女様にお話できることは何もございません」

「まあ、ご謙遜を先生の『原子の間をつなぐもの』は読ませていたきましたわ。大変興味深いものです。偉大な科学者にお会いできて今日は幸せですわ」

「ありがたきお言葉、拙著をご覧いただくなど、わが生涯にこれほどの栄誉はございません」 

 何人かの来賓の挨拶が終わるとエリザベスは席に着いた。

 宮廷楽師達が音楽を奏で、談笑の時間がはじまる。

 周りを気にしながら、ルークが近づいてきた。

「よう、よくフォトンなんか知ってたじゃないか。あのおやじ感激していたぜ」

 ルークが小さな声でエリザベスに話しかける。

「あたりまえでしょ。来賓の特技、趣味、趣向は徹底的に調べるわよ。そして毎日頭に叩き込むのよ。内容が解らなければ専門家を呼んで集中講義よ。それが外交なの」

「おー、どうりでお誘いが掛からないはずだ。さすが第一継承者」

「どっかの極楽トンボとは違うわよ。私が自由にさしてもらえるのも、こうゆう事をきちっとしているからよ」




「えー、俺やだよ。めんどくさいもん」

「ねえ、そこをお願いよ」

「踊りとか、かったりいし。貴族のお嬢様や奥方様と『左様でございますね。おほほほほ……』なんて会話についていけないよ。それに城の中だったら、凄腕の近衛騎士が沢山いるだろう。俺が出ていく必要も無いだろうに」

「そうだけど、ちょっと情勢が不安定なのよ。そうね、成功報酬って言うことで、終わったら口でしてあげるというのはどうかしら……」

 妖艶な仕草でエリザベスは、ルージュに彩られた唇をゆっくりと舐め回していった。

 潤んだ瞳で誘うように、まっ赤な舌先で唇をチロリと舐める。 

 濃厚なフェロモンが漂い、なまめかしい雰囲気があたり一面を支配していた。

 つい先ほどの態度とはうって変わった艶美な表情に、ルークは一瞬ドキッとした。

 これほどの美女にねだられるのも悪くはない。そう思わせる何かがあった。例えそれが罠と分かっていてもそこに飛び込んでしまう男の悲しいさがであった。

 ルークが喉を鳴らし、一も二も無く頷いた。

「本当に口でしてくれるんだろうな。よし、やろう」

「OK、これで契約成立ね。うふふ……」




 エリザベスは白いイブニングドレスを身に纏っている。さすがは王族、その姿勢は自然体そのものだった。

 彼女はホルターネックのVゾーンが露わな、背中もざっくり開いたドレスを着ている。あでやかな柔肌を無防備にさらしていた。

 ルークの立っている位置からは、まろやかな胸のふくらみがよく分かり、彼女のスタイルの良さを改めて感じていた。

 差し出されたルークの右手を見て、エリザベスも右手を差し出す。するとそれを見計らったように新たな音楽の演奏が始まり、ルークはエリザベスの腕を引く。

「なかなか上手じゃないの」

「それはどうも。必死に練習した甲斐があるってものだ」

 最初の一曲だからか、ややゆっくりとしたテンポの曲に合わせてルークはステップを踏んでいく。時折立ち位置を変えつつ、優雅にターンを繰り返し踊り続けた。

 彼はなんとか一曲踊りきってエリザベスに軽く一礼した。それに対して、エリザベスも微笑んで応える。

 軽く息をつくと、次の曲が始まるまでに次の相手を見つけるために周囲へと目を向けた。

 ルークは待つ必要が無かったようだ。ご婦人方や多くの令嬢が熱い視線を送ってきていた。その中でも一番身分が高そうな令嬢が寄ってくる。

「一曲お願いできますか」

「喜んで」


 相手を変えながら踊ること三十分少々。さすがに疲れを感じたルークは、軽く休憩を取るべく壁際に置かれたテーブルの元へと移動する。

 さりげなくく壁際まで退いたルークは、舞踏会の様子を所在無げに眺めていた。

「あー疲れた疲れた」

 そう言ってルークは額に浮いた汗を軽く拭い、傍のテーブルに置かれていた手近なグラスを手に取って、よく見ないで一息にグラスを傾け飲み干した。

「うお、これは……」

「ルーク様、それは、火酒と呼ばれているテキーラでございます。竜舌蘭と呼ばれる少しアロエに似た感じの植物の根というか、芯の部分を使い蒸留して出来たお酒でございます」

「なかなか、きつい酒だな」

「はい、お飲みになった後、お塩とこのライムを少しお齧りになるとよろしゅうございます」

 ルネがお皿を差し出してくれた。

 喉が渇いたところで飲んだせいか、やけに味が残っていた。塩を含んでライムを齧ると口の中が爽やかになっていった。

「ありがとう、なかなか面白い飲み方だね」

「お気に召しましたか」

 しばらくルネとたわいも無い話をしていると、不意に大きな音がした。

 最上部にはめ込まれたステンドグラスが、頭の上から降り注いできた。

「きゃー」

「なんだ、どうした」

 貴婦人達が逃げ惑い、紳士たちは突然のことに呆然と立ち竦んでいた。

 棘の付いた鋼鉄の手甲を付けた多数の侵入者が現れた。

「近衛兵急げ、来賓の方々の前へ出よ」

 近衛隊長が叫んでいる。

 そうしている間にも、手甲を捨てて黒装束の男達が襲い掛かってくる。

 どうやら分厚いガラスを割るために、簡易脱着式の手甲を着てきたようだ。




「どうぞ、王女様」

 にこやかにエリザベスに微笑む。

 ルークはスマートに手を差し出してホール中央へエスコートする。

 ルークがオーケストラの指揮者に合図を送った。

 さすがに宮廷奏者たち、動揺していた者たちも席に着き、何事も無かったようにゆったりと美しいメロディを奏で始めた。


 中央に立ち来賓の方々に一礼すると、曲にあわせて優雅に踊り始めた。

 二人のステップは息が合い、流れるような足運びがテンポよく続く。周りは一斉に注目し始めた。

 二人が寄り添うようにワルツにあわせてステップを運んでいく。軽やかに舞い、華やかに進んでいく。

 曲が終わり揃って一礼すると滝のような拍手が続いた。

「さあ、ちょっとした余興がございましたが、みなさまパーティは始まったばかりですわ。今宵は存分にお楽しみください」

 いつの間にかホールは綺麗になっており、花も生け直されてグラスを持ったウェイター達が揃っていた。

 それぞれが我に返ると、お互いにパートナーを見つけ踊り始める。

 パートナーをそれぞれ替えて何曲か踊るとパーティーはお開きとなった。


「ありがとう、助かったわ。あなたのお陰よ」

 舞踏会も終わり、ベランダにもたれ掛かり涼んでいたルークに声をかける人物が一人。

 その声を聞いたルークは、向き直る。

 彼女に微笑んで首を横に振った。

「いいや、君の日ごろの行いさ。良い人材を揃えている。オーケストラや給仕の人たちも肝が据わっているからね。あの場面で何事も無かったかのように振舞え……」

 言葉の途中でいきなり視界いっぱいにエリザベスの美しい顔が広がり、次にルークの唇に柔らかな感触があった。ルークの唇にエリザベスの唇が重なっていた。

 舞踏会の侵入者たちは、近衛とルークたちの活躍により瞬く間に鎮圧されていた。

 無限に感じられたが、ほんの一瞬の出来事であった。静かに彼女の体温が離れていく。

「朝の約束覚えている?」

「あっ、口で……ええっ……これで終わり……」

「いっ、一応わたしのファーストキスなんだけど……」

 今まで見たこともない俯き加減の上目使いで、消え入りそうな声で囁いた。

 少し気恥ずかしいような表情で、頬をほんのりと染めている。

 二人の間に不思議な空気が漂い、お互いに見つめ合っていた。

 ルークは予想もしない彼女の可愛い仕草に意表を突かれて止まっており、エリザベスは気恥ずかしさの余り固まっていた。

「君のファーストキスを頂けて光栄だよ……」

 今度はルークが彼女を抱き寄せて、熱い抱擁を交わした。

 いきなりエリザベスに突き放された。

「ちょっと、ドサクサにまぎれて胸まで揉まないで」

「いいじゃないか。ここは一気に……」

「あら、ルーク、いいけど高くつくわよ。それでも良いかしら」

「……」

「じゃあ、今の胸揉み貸しにしておくから、よろしくね」

 悪魔のような笑みを浮かべてウインクしていた。

「うおー、なんでこんなロマンチックな状況で、借財を増やしているんだ。この世に神は居ないのかぁー」

 ルークは夜空に向かって叫んでいた。

「こんな美人に出会えて幸せ以外の何ものでもないでしょ。神様に感謝しなさい……まあ、いいわ今回だけよ……言っとくけど、あくまでも今回だけよ……」

 エリザベスが目を閉じて静かに顔を差し出す。

「きれいだよエリザベス」

 顔がゆっくりと近づいて、唇と唇が合わさる。

 お互いの想いを確認するように深く唇を合わせ、舌を重ねあう。

「んふう……」

 鼻へ抜けるような彼女の甘い声が微かに洩れた。

 ルークはエリザベスの髪に手を差し入れる。

 無骨な指が絹のような髪の間を滑り落ちていった。

 エリザベスがかすかに身震いをすると、ルークはさらに強く彼女を抱き寄せる。

 エリザベスはほんの少しためらいながらも、彼の腰に手を回していった。

 ぴったりと押し付けたお互いの身体から鼓動の響きが伝わってくる。二人の鼓動が重なり溶け合っていった。

 爽やかな夜風がベランダの二人を包み込み、満天に輝く星達がまるで彼らを祝福しているようまたたいていた。

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