第2話 居候
「ルーク様、お茶いかがですか」
「おう、ルネちゃんか、一杯頂こうか」
いつもルークはエリザベスの執務室の辺りをフラフラとしているので、侍女が気を利かせてお茶を入れてくれる。
「なあ、自分で言うのもなんだが、俺みたいなどこの馬の骨とも知れない者を姫様の近くに置いておいていいのか」
「あら、姫様を賊から守った方とお伺いしておりますが」
「そうだけど、もしかしたら狂言かもしれないし……」
「大丈夫ですよ。姫様は人を見る目は確かですから」
「ほう」
「王族の方々には幼少より有象無象の輩が擦り寄ってまいります。腹に逸物持っている者、口ほどに実力が無い者、反対に不言実行の者、誠実な者など様々な人達と接してまいられました。近年はここの城主でもあり王位第一継承者でもあるため大変お忙しい身であられます。いちいち全ての人たちと同じように接していては……」
「なーるほど、幼少からの経験で一瞬のうちに相手の実力を見分けるすべを持っているという訳か」
「その通りでございます。姫様が信頼なさっているのであれば我々に異存はございません。なにより我々もほとんどが姫様に見いだされて今の職にあるのですから。姫様に仕えている者で幼少よりいらっしゃるのは家令のスチュワート様と侍女頭バーネット様くらいですわ」
「ほー、じゃあ、この間会った隊長なども……」
「たぶん騎士長でしょうか、あの方もこの城で門の守備をしていた方です」
「ほう、それは出世だな」
「皆、実力で選ばれてますから」
「そうすると、他の人達に妬まれないか。特に今まで家柄で地位を得ていた者達からは」
「ええ、その……」
「やっぱりあるのか」
「まあ、はい、特に姫様には……」
「ほう、じゃあ襲ってくるのは外国の刺客ばかりではないのか」
「姫様は第一継承者とはいえ、第二、第三位継承者の方がいらっしゃいます。その方々はあまり王位に関心が無いのですが、保守派の貴族たちが彼らを擁立しようと狙っております」
「じゃ、この間襲ってきたのは保守派の貴族の仕業か。海外の暗殺家にしては少しレベルが落ちるなと思ったから」
「さあ、そこまでは存じあげませぬが。姫様はお分かりかと存じます」
「まあ、難しい事はどうでもいいや。どお、ちょっと街でも散策しない。案内してくれないかな」
「いいですよ。姫様からルーク様のお世話を当面するように仰せつかっておりますから」
「よし、行こう。何時にする」
「今の仕事がもう少しで片付きますので、準備してお待ちください。着替えてまいります」
「いろんなものが並んでいるね」
ルークと侍女のルネは城下町の繁華街を歩いていた。
「ここは国境を守る城ですから、珍しい物や色々な交易品が集まります。この先に飲食街がありますのでそちらにいきましょう」
「いいねえ、そうしよう」
足を進めるうちに、屋台や店が並ぶにぎやかな場所に来た。
雑然とはしていたが、不潔な印象はない。
甘いにおいが鼻をくすぐってくる。歩きながら食べられるものを売っている屋台もちらほら見られた。
「いらっしゃい、うちのは新鮮だよ」
威勢のいい活気のある声が満ちている。
「ここの焼き蒲鉾は有名なんですよ」
「じゃあ、おやじ二つもらおうか」
「はいよ、二つで一Gだ」
「じゃあ、お金」
「まいど、熱いうちに食べてよ」
ルークとルネは焼き蒲鉾を片手に、商店街を歩いていた。
「このたこ焼きおいしそう」
「じゃあ買おう」
買い求めて二人は少し歩いた。
「知ってますか。ここの、生フルーツゼリー絶品なんですよ」
ルネがケーキ屋さんのようなフルーツ店を指差した。傍らに休憩できるテーブルと椅子がいくつか置いてある。
「よし、案内してくれたお礼にここで休憩しよう。何でもたのんでいいよ」
「いいんですか」
「いいよ」
ルネが弾むようにはしゃいでいる。
「ここは旬の完熟のフルーツが、甘さ控え目の柔らかい食感のゼリーに入っているんですよ」
「ほう、それは美味そうだ」
店に入ると、ショーケースにはほとんどの品が無くなっていた。あるは生ジュース用の果物だけであった。
ルークたちが訪れたのは昼をかなり過ぎた時間であったのだ。
「ゼリーはもう無いですよね」
ルネがダメもとで店員に聞いてみた。
「夕方の予約のお客さんの為に作ったものがあるから、今なら分けてあげますよ」
おばあさんが、にこにこしながら奥の冷蔵庫からゼリーを出してきてくれた。
「見てください。ラッキーですよ。今日はメロンとさくらんぼがありますよ。いつも売り切れなんです」
「じゃあ、そのさくらんぼとメロンを頼もう。二つづつくれ」
「はいよ、ついでに生ジュースはどうだい」
「じゃあそれも頼むよ」
お店のおじさんが、夏みかんを絞ったジュースを作ってくれた。
「このグラスに入ったゼリー可愛い。それじゃあ、いただきまーす」
嬉しそうにルネはスプーンを入れていく。
「おいしい」
ルネが幸せそうにゼリーを食べている。
「確かにこのゼリー、生と謳ってるだけあって美味い。ちゃんと食べ応えのある固さで、しかも食べやすいゆるさ。絶品だ」
「このゼリー中に入っているフルーツ次第で、ゼリーの味が微妙に違うんですよ」
ゆっくりとゼリーを堪能すると二人は帰ることにした。
坂を下っていくと、細工品の店でルネの脚が止まった。店にはランプやかんざし、トンボ玉のネックレス等、如何にも女の子が好きそうな物が所狭しと置いてあった。
「何か気になる物のあったの?」
「ええ、これ良いですよね」
ルネは小ぶりの品のあるバレットを指差していた。金の細い線で華が描かれ、小さな桜色の蝶が飛んでいる。
「親父これくれ」
「いいんですか」
ルネが申し訳なさそうに聞く。
「いいよ、お世話になっているし」
「はいよ、彼女にお似合いだよ」
店員が威勢よく包みを渡してくれる。
「えっ、彼女なんて」
少し照れていた。
「ところで、その奥にあるブローチは」
「お客さん、お目が高い。これは東の大陸から来たといわれる一品で、嘘か本当か知らないが皇族が身に着けていたという謂れがあるものでさぁ。ここの緑の石は本物の翡翠ですわ」
「いくらだ」
「六千Gでございます」
「おいおい、それじゃあ馬車が買えちゃうよ」
ルークが買いそうな気配があったので一気に店主も勝負に出た。
「では、特別に四千でいかがですか」
財布の中身と相談した。姫から多額の褒賞を貰っていたのでお金はあったが、なかなか高いものであった。
「もう一声」
ルークがさらに値切る。
「今回だけですよ。三千でいかがですか」
「まあ、いいだろう」
このような高額な希少品や骨董品はなかなか売れないので、通常、利幅を多めに取ってある。置いておけば在庫品のため、原価は三分の一から十分の一くらいのことも多い。このことをルークは知っていたので交渉したのであった。
ルークは財布から金貨を出す。
「毎度ありがとうございます。今後ともご贔屓に」
彼は大切そうに店員から渡された包みをしまっていた。
その様子を不思議そうにルネが見ていた。
気まぐれに次話を投稿してみました。このペースで続くと期待しないでください。