第1話 出会い
「ふー疲れた」
みごとな馬といっしょに旅人風の一人の男が立っていた。
彼は皮の胸当てを付けており、腰には剣を下げていた。いわゆる冒険者という呼ばれる人達が好んでする身なりである。
男の目前には広大な草原がひろがって、草原の中央を薫風が駆け抜けていく。瑞々しい緑の絨毯が風に合わせて凹凸を繰り返していた。
一陣の風が吹き抜け、旅人の前髪が空気をはらんで舞い上がった。
冒険者は精悍な中にも、どこか品のある顔立ちをしている。
「今夜は、あの森で野宿するか」
少し先に、広葉樹の森が見え、湖が広がってた。
「おっ、もう朝か」
焚き火が消え、白い煙がくすぶっている。
森の湖畔は、たちこめる朝靄で白く霞んでいた。
耳をすますと、様々な鳥がさえずり朝のハーモニーを奏でている。遠くの山からは、カッコウの鳴き声も聞こえてくる。
男は目をこすりながら、起き上がった。
「うん……」
突如、森の奥から水の弾ける音が響いてきた。
音のする方に用心しながら気配を消して近づいていく。
男の足音は小さく、幽かなものだった。普通の人間ならば踏み進む度に小枝や落葉のきしむ音がするはずだが、この男はほとんど足音を立てず、まるで落ち葉の上を滑るかのように彼は前に進んでいた。
彼の所作から只者でないことが伺える。
森の中は幻想的な雰囲気を醸し出していた。
朝靄のなか木々の葉の間から陽光が降り注ぎ、滑らかな銀の糸が天に伸びているようであった。
深き森の中、ぽっかりと開いた空間に湖があった。
降り注ぐ陽光と朝靄で、水面は幻想的な輝きをたたえている。
湖の中ほどからはっきりとした音が男の耳に届いた。
一際大きな水の流れる音がした。
「なんだ……」
薄靄がたちこめる中、突如として乳白色の曲線に包まれた輪郭が浮かび上がった。
彼はシルエットが浮かんでいる一点を凝視した。
朝靄が少し晴れてきた。
柔らかな曲線に包まれた造形が目の前に現れてくる。
「あれは……」
白い影は水浴びをする一糸纏わぬ女性の姿だと判るのにはそう時間はかからなかった。
「きもちいい」
女はたおやかな両手で水を掬い、天に差し出すように手のひらをあげた。
水は手の間から滑り落ちて、そのまま全身に降り注いでいく。
水滴が張りのある柔肌に弾け、背中を滑り落ちる。水滴を滴らせた肢体が光に照らされ、キラキラと艶やかに浮かび上がる。
零れ落ちた雫が水面を揺し、彼女を中心に波紋が円状に広がっていく。
静寂な森の中をかすかな水音と小鳥の囀りが響き渡っていた。
「美しい……。しかし、なぜ、こんなところに若い女性が……」
しっとりと水に濡れ輝く白い背に濡れた髪が、柔らかなウェーブを描いて飾っている。
男の位置からでは後ろ姿しか見えないが、透き通るような白い肌、しなやかな腕、肩から腰にかけてのなめらかなラインだけでも彼女の美しさが推測できた。
朝靄に包まれた陽光に照らされて、水滴に包まれた裸身が光そのものであるかのように輝いていた。
男は数瞬の間、息を呑み声もなく目を奪われていた。
唐突に相手が振り向いた。
淡い光の中に、彼女の美しい稜線を描いた連なりが浮かび上がる。
透き通るような白い肌に、美しい鎖骨が目をひく。引き締まったウエストから、柔らかさを保ちながらそれでいて張りのある太腿へと流麗なラインがつづいていた。
鼻筋の通った気品ある顔立ちは、美しい中にも意志の強さが見て取れた。
「あっ……」
お互いに視線がぶつかって、一瞬の間があった。
「きゃあー」
その女性その体を隠すように後ろを向き、水飛沫と共にそこにしゃがみ込む。
悲鳴が朝の静かな森に響き渡り、数羽の鳥が大きな羽音とともに飛び立っていった。
「ご、ごめん」
男は我に返って、慌てて身体を反転させた。
背後で衣擦れの音が止まった。
「こっち向いてもいいわよ」
服を着終わってた女は男と向かい合った。
「あなた見たわね私の裸」
「いえ、そんな」
「私の胸の刺青見たわね」
「いや、そんなもの無かったような、あっ――」
「やっぱり見たわね」
にやりと笑った。彼女の身体には刺青など無かった。
「私のヌードを見るとは、あなた高くつくわよ」
「そんな事言っても、勝手にそっちが湖で水浴びしていたのであって……」
「あら、私のものは見る価値がないと」
「いや、何もそんなことを」
「じゃあ、払ってもらおうかしら。早速で悪いけど、ちょっと手伝ってもらっていいかしら」
彼女らは、いつのまにか黒装束の男たちに囲まれていた。
覆面の男たちは既に剣を構えて、躍り掛かろうとしている。
「しょうがない、まあ、目の保養にはなったから、協力しましょう」
「悪いわね。右の五名お願いしてもいいかしら。左の三名は私が何とかするわ。出来れば殺さないでね」
「ちょっと多くないか、しかも注文難しいし……」
「あら、乙女の柔肌は高くつくのよ」
「まだ触ってもいないのに、しょうがないなあ。まあ、それなりの鑑賞の価値はあったが……」
思わぬ言葉に女は少し頬を赤らめて、剣を構えた。
「さあ、頼んだわよ」
照れ隠しのように叫ぶと、女は駆け出した。
「了解」
二人が話している間に、剣を振り上げた賊はすぐ近くまで迫っていた。
男は相手の突込みを紙一重で交わすと、すれ違いざま黒装束の後頭部に剣の柄を振り落す。
軽い衝撃音とともに黒装束の男は、地に倒れ伏した。
そのままの反動で、鞘ごと剣を前方にいる賊の喉元に突き立てる。
黒装束は押し飛ばされ木の根元で意識を失った。
残り三人も瞬く間に無力化される。
「よし、こっちは終わった」
「私も終わったわ。お疲れさま」
「襲撃者の腕は微妙だな」
「そうね、襲撃者の目星はつく?」
「あんたの敵なんか俺が知るかよ。ただまあ、暗殺のプロじゃない事は確かだ」
「どおして」
「足跡だよ、足跡。プロはこんな乱れた足運びはしない。極力足音を立てないように訓練する。だから一定の加減で走る癖がでる」
「流れの傭兵かしら」
「ああ、そう見て間違いないだろう」
馬の蹄の音が聞こえてきた。
「姫、あれほど一人で出歩かないでと申し上げておりますのに……」
騎士が馬上から女に話しかけてきた。
「はっ」
騎士が男がいる事に気がつき剣を向けた。
「この方は、私を助けてくれた方よ」
「こっ、これは失礼致しました。」
騎士は慌てて馬上より降りて一礼する。
「いいよ、気にしてないから。役目だからね」
「そう言って頂けますと、ありがたく存じます」
騎士がもう一礼した。
「じゃあ、私は帰るから。この人達お願いね」
「はっ」
騎士たちが瞬く間に黒装束を束縛していく。
「さあ、俺も……」
「あら、あなたは私と来るのよ」
「へっ……」
男は用は済んだと思い、去ろうとしていた。
「それに、私の名前を伝えていなかったわね。名はエリザベス、姓はロートブルクよ」
「あちゃー」
男は頭を抱えた。
「俺はルークだ。まさか姫さんだったとはな」
ロートブルグとは今いる国の名前と同一であった。つまり、王女であったのだ。
「か弱い乙女を一人で送り出そうなんて、紳士のすることではないよね。それに、乙女の柔肌は、高くつくと言ったはずよ」
この数奇なめぐり合わせによって、二人の運命は大きく展開していくのであった。
そして、ルークはここに理不尽な負債を抱えることになったのであった。
とりあえず見切り発車します。遅筆ですので月一回更新くらいかなと思いますので、ゆるりとお付き合いいただけたら幸いです。
ちなみに期待するほどのHはありません。あしからず……。