Leben ende bis enden
初めてです
内容自信ないです
序章 叢と成る
水月、みなつき。
みな、つき。
みんな、つき。
僕の苗字は水月。
紀伊、きい。
きい、きぃ。
きぃ、きーちゃん。
僕は誰かにとって紀伊。
僕は誰かにとってきぃくん。
僕は誰かにとってきーちゃん。
じゃあ僕にとっては一体何なのだろう。
僕は一体誰なのだろう。
"紀伊"なのだろうか、それとも"きい"なのだろうか、それとも"きぃ"なのだろうか、それとも、きーちゃんなのだろうか。
ある日、僕のことを紀伊と呼んでくれる近しい人々がいなくなった。
ある日、僕のことをきぃくんと呼んでくれる女性がいなくなった。
ある日、僕のことをきーちゃんと呼んでくれる少女がいなくなった。
じゃあ…、僕は一体誰なのだろう。
僕を認識してくれる人が、僕を呼んでくれる人が、僕を考えてくれる人がいなくなったら、僕は一体誰なのだろう。
僕は、僕は、僕は、僕は、僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕はははは僕は僕。
思い出せばきっとそこにあるんだと思う。
きっと彼らはそこにいるんだと思う。
きっと彼女らはそこにいるんだと思う。
きっとそこに彼女はいるんだと思う。
きっとそこに少女はいるんだと思う。
だから、探す。自分を見つけるために。
だから、殺す。自分に価値を見出すために。
だから、生かす。 彼女を救うために。
僕は探す、僕は殺す、僕は生かす。
僕は、僕は僕は。
あなたのために、生きる───。
汚れた町並み、壊れた街灯、ひび割れたアスファルト。地面を微かに照らす太陽。微かな光を反射する壊れたガードレールの反射材。 そして、そしてそして、この汚れきってしまった町を唯一守ってくれる壁。
かつて、中世の城を守ってくれた城壁。それになぞらえた造りでありながら最新鋭の防衛技術を備え持っている。
この壁は僕達にとって当たり前、いつも通り、平常、日常の風景であるが、まるで某漫画の設定みたいでこの町、埼玉県所沢市に住む僕にとっては多少コンプレックスなようで誇りでもあるのだ。 きっと他の都道府県に在住の方々からすれば非常にありがたい防衛装置なのだろうけれど、僕らからすれば目隠しみたいなものだった。
日本はこんな状況だと言うのに、僕、僕達だけはここで呑気に過ごしていられるという違和感に耐えられないのだ、2年前の東京襲撃。それをきっかけにして日本各地で見られるようになった知性を持った魔物。 武器弾薬を略奪される自衛軍基地。 武器を持って人と同じ動きをしながら人々の集落を襲う。 そんな剣呑な雰囲気を国内全土は醸し出しているというのに、ここだけはまるで時が止まってしまったようで─、いや、きっと時間は実際に止まっているのだろう。
終わらない冬…。僕は白い息を吐き、天を仰ぐ。相変わらず、そこには存在した。其処には存在した、底には存在した。 赤い天を中心として回る白いリング、そのリングの中は暗黒の闇に包まれている。あの赤い光を放つ点がなければきっと果てしなく遠い世界に見えただろうが、あの赤い光が見えることによって、あの世界とこの世界は切っても千切っても切離せない硬い契で、硬い運命で結ばれたなにかがあると確信させる。
あのブラックホールみたいなものが観測されるようになったのは今から3年前だった。日本の山奥から突如放たれた1本の矢。ロケットだった。
それが大気圏を突き破り、宇宙へと進出したそのとき、それは起こった。全てが始まり全てが終わった。
ブラックホールらしき異空間の出現と魔物の出現はほぼ同時だったらしい。
このたった3年という短いスパンで起こった出来事はもはや僕ひとりの言葉では語り尽くせないほどの情報量だったのだ。
だいたい、今では魔物という存在は普遍的な存在だが3年前の世界は大パニックだった。
最初に魔物が出現した場所は日本の◯◯だった─諸事情により呼称は隠す─、そこの山奥から溢れんばかりに出現した魔物、だが出現から約1時間、魔物は突如として姿を消した──、赤い光と共に。
僕が先程言ったような上空のブラックホール内に存在する赤い光とはまた違う、まるで魔法のようだった。幻想的だった。
まるで、まるでまるで、幻かのようだった。
だが僕だけでなく、僕以外の、日本中の人も見たというのだからそれは確かにそこに存在するのだろう。幻なんかではないのだろう。
同時にそれは今のこのまるで回路が焼ききれてしまったような、不具合が飽和してしまったかのような、まるでなにもかも、森羅万象履き違えているようなそんな違和感。
それでも尚進み続ける世界。
時が止まっているのにも関わらず置いてかれてしまっているようで、不安や焦燥感が僕達の世界を飽和する。
それにしてもかなり悴むな、二重構造の手袋をしているというのにかなり悴む。冷たい空気が手袋の繊維糸を通り抜けて肌に当たっているのだろうか。
雪は相変わらず降らない、太陽もほぼ見えない。微かな太陽光が鏡をわずかに反射する程度で、太陽は消えてしまったたのではないかと錯覚してしまう日も多々ある。
ふと隣を見ると真横に維、"穹月維がいた。歩調も全く同じで隣にいることに気づかなかった。しかし、やはりなにも喋らなかった、見向きもしない。ただただ僕の隣を歩いている。まるでロボットみたいだ。
僕からも一切話かけることはない、声をかけたところで一体何と切り出せばいいかもわからないのだ。
僕があえて歩調を落とすと、同じように維も歩調を落とす。止まってみたら一緒にピタリと止まるのだろうかという小学生のような思考に一瞬陥ったが、中学生にもなってそんなことをするのはさすがに大人気ないので辞めておく。
それにしても、やはり真横も真横だ。肩ががっつり触れている。彼女は気づいているのだろうか、ずっと顔を伏せているようだが。
しかし、この状況ははたから見れば一緒に登校してるラブラブカップルなのではないだろうか、もしだれかにそんな噂を流されれば全力で否定したいところだが、その心配はないだろう。この学校に僕に見向きしてくれる人間はたった一人しかいない。それはもちろん、子の隣にいる穹月維ではない、穹月維の妹、穹月結梨だ、維より一つ年下なので、僕にとっては後輩ということになる。正直、友達の少ない僕にとって彼女は数少ない友人であるわけだからかなり救いになった。この退屈な学校生活が僕にとって良いものとなっているのは間違いなく彼女のおかげだった。
というわけで学校に到着、校門前は当たり前といえば当たり前だが登校中の生徒で溢れかえっていた。屋上に常設されている時計は8時2分を示している。
うむ、ぴったりだ、これなら教室について暇を持て余すこともないし、かといって遅刻の心配もない。僕にとっては間違いな最高のタイミングだ。隣の彼女にとっては間違いなく…っていない。代わりにそこにいたのは結梨だった、これも日常の一つ。維は結梨を避けているため結梨が僕に近づいてくれば自然と維は離れていく。
なんとなく磁石みたいだなと考えたがよくよく考えてみれば磁石という比喩は客観的に見ても主観的に見ても明らかに適していないので心の中で却下しておいた。
「おはよう"きーちゃん"元気?」
結梨が言う"きーちゃん"というワードは所謂あだ名というやつで僕をそのように呼び、慣れ親しんでいるようだ。
「目茶苦茶元気、君が来たくれただけで超はっぴーだよ、ほら朝のちゅーしよ。」
文面だけ見ればめんどくさいおっさんのメールみたいになってしまったが─文面だけ見なくてもキモいのはわかるけど─、これが僕の結梨に対する接し方なのだった。
「わかった、きーちゃんがいうなら私なんでもしてあげるからね。」
そう言うって結梨はなんとなしにと言った風に僕に近づき、僕の頰にキスした。これだけの人混みの中でやるのだから羞恥心の一つくらいあってもいいものだが、残念ながら僕と結梨は羞恥心というものが生まれながらにして欠落しているのでそのようなことは一切発生しなかった。
気持ちを切り替えたところで結梨に向き直り。
「遅れたらまずいし、早く教室行こう。」
僕はこう見えて慎重派なのだ。結梨はうんとひと言だけ相槌を打つ。
記憶番号01 水月桜
私達を待ち構えているものがとりとめのない日常であると思えたらどれほど良かっただろうか。目の前の一面に横たわる"死の情景"が自分の下手な妄想に過ぎないと思えたらどれほど良かっただろうか。この呪いは私達人類の原罪に対する罰なのだろうか。もしそうならば私は先人達、とりわけアダムとイヴを恨みたい、いや、もうとっくに恨んでいる。
2010年、12月。東京は陥落した。
1週間もかからなかった。それをテレビを通して知った私はその時こそ楽観視していたが、気づけばテレビの前にのみ広がっていたはずの死の横たわった世界は、私の視界全体を飲み込んでしまった。
炎の燃え盛る街、倒壊したビル。腐った肉の匂いの籠ったスーパーの店内。それが食品の腐った匂いだったらどれほど良かったことか。私の理想に反して現実は大きく離反していた。
腐った肉の匂い、その正体は紛れもなく人間の死体の匂いで。その臭気は徹頭徹尾このスーパーをつつみ込んでいた。
両親がここに帰ってこなくなった日から、約二日。今は弟の水月紀伊とともに生活している。こんなものが生活の言ってもいいのか疑問だが、一応衣食住は確保できていたのでこの世界に対し文句を言うつもりなどさらさらなかった。どうせ耳を貸さないのだから。
最初の1ヶ月間こそ、食品コーナーの生肉やらを食べて生きながら得ていたが、やがて食物の傷みは顕著になっていきまともに食べることは不可能となってしまった。肉類、とりわけ牛肉は全て食べ尽くしてしまった。既に加熱調理が施されている食品も同様だった。
今まともに食べれるものと言えば、お菓子コーナーや倉庫にあるお菓子全般、たったそれだけだった。肉とは違って腹に溜まるものはほとんどない。
空腹感と不安は募るばかり、弟の紀伊は既に限界に近かった。
「ほら、紀伊……、煎餅だよ…。食べなさい…。食べなきゃ…生きれないから………。お願い…お願いだから泣き止んで……。」
私の声は紀伊の泣き喚く声にかき消され、本人に聞こえているかどうかも怪しい。
紀伊もそうだが私も限界だった、昼夜問わず泣き続ける紀伊、その世話を四六時中しなくてはならない私。自分のことでも精一杯なのに、彼のことまで負担しなくてはならない。はっきり言わなくとも地獄は地獄だった。言い換えも暗喩も直喩もなく、ただただそこにあるは地獄だった。
紀伊の髪を撫でながら心の底から湧き上がる力で子守唄を唄う。声は掠れ、やがて店内は静寂に包まれる。ようやく泣きやんでくれた。その喜びに私は安堵の涙を流し、紀伊を抱きしめたまま動けなくなる。
体が震えているのが自分でも分かる。喜びだろうか、絶望だろうか、恍惚だろうか……。自分でも分からなかった。
だが、自然と掠れた笑い声が漏れる。涙がボロボロと紀伊の顔に落ちる。
この虚しさはいったい何なのだろう、まるでこの広い世界には私1人しかいなくて。それが永遠に続くみたいで…。
掠れた笑いは止まることを知らなかった。
あふれ出る涙同様その笑いはブレーキが壊れてしまった車の如く溢れる。
心落ち着かせようと頭の片隅に放置していた思考を掘り起こし、思考を再開する。皮肉なことに頭はいつも以上に冴えていた。体は重いが、それでも尚、私はなんでもできるのではないかと希望にも似た自尊心が湧く。それこそ空をも飛べるのではないかと、この狂った世界を書き換えられるのではないかと……かの猫型ロボットのように。
体の奥底から湧き上がる不思議な力を頼りに私はそっと立ち上がり辺りを見回す。死体が至る所に転がった店内。もしかしたらこの中に両親の遺体が混ざっているのではないかと考えビクビクした夜もあったが、そんなネガティブ思考は今の私には無効だった。 メンタルだけで言えば今の私は無敵に等しかった。
紀伊を背中に背負い、店内から外へと一歩を踏み出す。外は相変わらず廃墟に取り囲まれた都市だった。
いつもは一歩一歩慎重に歩かなければ転んでしまうほどに身も心も脆かったが、今はまるで神が私に味方してくれたようで、その足取りは驚くほど軽かった。空腹や傷の痛みも驚くほど感じない。噎せかえるような景色を背に、軽やかな足取りで廃墟都市を歩いていく。
両親が何処に行ったかは分からない、でもまるで身体は知っているかのように自然に動く。
暫く歩くと、雑巾で窓を拭くような、獣の唸り声のような奇怪な音が聞こえてきた。場所は突き当たりの裏路地からだった。私はなんとなしにそこを覗き込んでみる。
瓦礫に横たわる骨が剥き出しの遺体、男性のものだろうか、周りには蝿がたかっていて悪臭を放っているのがここからでもわかる。そして、そしてそして、そのそばにいたのは私の母を欲望のままに貪る魔物だった。私達に気づいていないのか否か、彼女は声を抑えようとはしていなかった。まるで抑え込んでいた理性を解き放つ獣の如く、この裏路地に響くほどの声量で喘いでいた。それを見た私は脳内が真っ白となり、先ほどまでの溢れ出す感情は再び無に帰った。
魔物の厚い肉が母の厚い肉とぶつかり合い、気色の悪い音が鳴る。もうこれ以上見たくも聞きたくもなかった。私はそばにいた紀伊の目をそっと手で隠し。その場で私はぎゅっと目を瞑った。その間、母の喘ぎ声と、魔物の荒い息づかいは私の脳内に絶え間なく流れ込んできた。
授業開始から約30分ほど経った、外が暗いのはいつもだが、今日はいつもに増して暗かった。それこそ、夜なのではないかと錯覚してしまうほどに。あれはいったい何だろう、上空の空高くに人型の何かが見える。だがあれは人ではないと一目見れば分かる。かなり高い位置を飛翔しているのに見えるくらいだ、かなりの大きさだと伺える。
ん、なんだろう今の感覚は。背筋が凍るような、まるでパンドラの箱の如く魑魅魍魎に溢れているがしかし何も見えない暗黒の世界である深海に沈められたような気分だった。
ふと、かすかに地面が揺れていることに気づく。その揺れはまるで巨人でも近づいてくるのではと思うほどに震度を増していき、やがてかつての震災レベルにまで飛躍した。揺れは教室どころか学校全体をつつみ込み。遠くの方から爆音が聞こえた。
窓から顔を出して外を見やると、そこには跡形もなく破壊された防壁があった。遠くであってもそれが目茶苦茶にされていることが分かった。しかも黒いなにかが大量に蠢いている。
皆まで言わなくともわかる、黒毛の山羊頭に手足だけが異様に長いい人間の体をした悪魔、いや、魔物だ。三年前からこの島国、日本を脅かしている未確認生物だ。奴らは化け物の癖に人間に匹敵するくらいの高度な知能を持っており仲間同士でコミュニケーションや連携をとることができる。それだけで終わりだったらよかったのだが奴らは武器まで使える。さすがに銃のような高度な武器は扱えないようだが剣や槍、槌、盾、などの古来から扱われてきたような原始的な武器なら扱えるらしい。
その黒く蠢くなにかはだんだんとこちらに近づいてくる。振動も先ほどより増しているような気がした。考えるよりも早く足が動いていたのか気づけば僕は廊下に出ていた。廊下の蛍光灯は点滅し、振動に負けたのかいくつかの蛍光灯は既に割れていた。蛍光灯の破片が散らばる中を必死に駆ける。何度か転んだのか手のひらや膝に血が滲んでいる。それでも止まれなかった、大事な人を救っていいのは僕だけなのだ。大事な人の命を守るのは僕だけの特権なのだ。
ようやく見えてきた2年A組の教室に頃が様に飛び込み、混乱に包まれた教室の中からたった一人の手を引き、走り出す。ここまでは想定の範囲内、順調だ。このまま結梨の手を引いて真っ先に避難所として指定されている体育館に避難。これで結梨と僕の命はほとんど保証されると言ってもいい。以前の事件以来指定避難所には防犯カメラや警報装置、機銃などの軍備が備わっているから今までになくまともに昨日している避難所なのだ。あくまで僕個人の主観だが。
「ねぇ、きーちゃん!。きーちゃん!」
「なんだよ!?、そんな大声出さなくてもわかるよ。なに?」
こを荒げる僕に僅かに怯むが、目を伏せたまま答える。
「なにが起きてるの?、お姉ちゃんは大丈夫なの?、みんな死んじゃうの?。ねぇきーちゃん…。助けて、死にたくないよぉ…。」
とうとう今の状況に耐えきれなくなったのか感情のブレーキが決壊したようにべそをかき始める。そんな結梨の手を強く引き、ようやっと体育館に到着する。これは取り返し用のない失点だな、予想以上に手間取ってしまった。
体育館に入るなり最奥のステージに結梨を座らせ、僕は武器を探しにステージ裏へと足を運ぶ。もし僕が目を離してる隙に結梨が襲われてしまったどうしよう。一抹の不安が頭をよぎるがだからといって素手で魔物から結梨を守れるはずなどない。僕はどこぞの戦闘民族とはワケどころか生態系も違うのだ。
手近にあった小さめのバレーのポールを腕に抱える。これなら多少魔物にダメージを与えることができるはずだ。なんなら脳天をかち割ってやるのも悪くないかもしれない。そんな中二病のような妄想を脳内で繰り広げつつ僕はステージ裏から体育館の広間へ戻る。ふと目の前に例の黒毛の山羊頭に手足が異様に長い"魔物"がいることに気づく。その魔物はテレビで見る個体と比べればそこまで図体もでかくない、2メートル弱ってところから、これなら僕でも一人で相手取れそうだ。ポールを両手で抱えながら駆け出し、魔物との距離を一気に詰める。そして思い切り振り下ろすが、あっさりと空振りし。ようやく僕の存在に気づいたであろう魔物は僕の背中を足の蹄で一っ掻きし、結梨の方へ駆けていく。焦った僕は足を縺れさせながらも腕にポールをしっかりと抱え──。
「いやぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッ!!」
割れんばかりの結梨の絶叫が体育館内に鳴り響く。次の瞬間肉が引き裂かれるような嫌な音。僕は結梨の方を向くこともできず、俯いたままその場に膝をつくことしかできなかった。見たくないのだ、今結梨がどんな姿になっているのか、どれほど体を目茶苦茶にされてしまったのか。
「助けてぇっ、きーちゃんっ!」
その言葉にハッとした時には既に駆け出していた。僕は背を向ける魔物の脳天に向かってポールを振り下ろす。グシャリという異音と共に目の前の魔物の頭から血肉、特に脳だったものが辺り一面に飛び散った。
気を取り直した僕は結梨に駆け寄り安否を確認する。目をやられたのか目元には見るに堪えない残酷な傷跡が残されていた。出血も酷い。
多分結梨の目を治す手段はないのだろう。
僕がもっと早く動いていればきっと結梨の目が潰されることなどなかったのだろう。でもあのときは恐ろしくて仕方なかったのだ。あんな音を聞かされれば誰だって嫌になる。
でもそんな自分が一番嫌いだ、好きな人が目の前で傷つけられているのに、目を逸らし、戦う意思を放棄する。そんなの、人間じゃない。そんなの僕じゃない。強くあれ、愛する人を守るために立て。
「結梨、ごめん。助けられなくて…。本当にごめん。」
声が震えているのが自分でも分かる。多分後悔してる。でも後悔したままじゃ進めない。わかってる、心ではわかってるのに体がわかってくれないのだ。
「きーちゃん……、いいんだよ。誰だって迷うことはあるよ。好きな人だもんね。だいじな人だもんね。その人の目茶苦茶になった姿なんて見たくないよね。わかってるよ、だって私はきーちゃんの悲しそうな顔より、笑顔が好きだもん。」
両目を閉じながらも無邪気に微笑んでくれる結梨。
僕は決めた、この子のために生きる。なんとしてもこの子を生かす。なんとしても、守ってみせる。
微かな振動を感じる。どうやら先ほどまで遠くで蠢いていた魔物の群れがここまで来てしまったらしい。窓の外には暗雲が横たわっている。しかし僕の目に映るに空は僅かに光が差していた。
「うぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」
これで70体目だ。校門前の機銃で魔物の群れをせき止め中に侵入してくる魔物の数を限りなく減らす戦法によって既に半日常耐えていた。
アドレナリンが過剰分泌しているのか常に体中から力が湧いてくる。魔物に蹴りを食らわせてやれるくらいには余裕が出てきた。だが一方不穏な空気も感じた。こんなに順調に進んでしまってもよいのか、一体あとどれくらいいるのだろうか。不安感が体内に蓄積されていくのが分かる。その蓄積された不安が顕現したかのように体育館の壁を突き破って現れたのは今までに見たことないほどの巨大な魔物だった。
もはや顔と呼べるパーツなどない。それはもはや手足の集合体に等しかった。
さすがにこれは無理だ、そろそろ籠城戦にも限界を感じていた。結梨を背負って早々に退散するべきだろう。そうとなれば早速退路を確認したいところが確認するまでもなく退路は大量の魔物によって塞がれていた。
多勢に無勢、さすがに負けを確信せざるおえなかった。
結梨は僕の背中でぐっすりと眠っている、これでは戦おうにも戦うこともできない。だからといってその辺に下ろせば間違いなく恰好の的となる。八方塞がりだった。
そんなとき、遥か上空から舞い降りてくる天使の気配…。というのはいささか気持ち悪い比喩表現だが、そう思ってもいいほど今の僕にとって彼女は救いだった。
上空から巨大な魔物に斬りかかり、その魔物の巨体を一瞬にしてズタズタにしたことからあの小さな体躯に対して途方もない腕力を持ち合わせていることは一目見れば分かる。
僕は感嘆せざるおえなかった。
安堵した僕は彼女の背中に近づき礼を言おうと。
「よくここまで持ち堪えたな少年、後は私に全部任せろ──」
次も出します




