カード
きみの影
雨ににじんで
ほどけてく
そばにいるだけ
痛みを抱いて
「……あゆみ……お前……」
目を見開いた。
膝から力が抜ける。身体のバランスを失った。――刺された。腹に、刃物が突き刺さっている。
床に倒れ込む。血……腹に触れる。血……血……。嫌だ……嫌だ……!こんなところで死ねるか……!なんでだよ……なんで……!?これが、俺の人生の終わりなのか?どんな主人公だよ、俺は……。
「……ゆうき……」
あゆみは言葉を詰まらせるように、喉を鳴らした。まともに話すことすらできていない。
そして――吐いた。
「――げほっ……!」
地面に吐き出されたのは、血だった。血を吐く中で……
“何か硬いもの”が床に落ちる。視線がそこに向く。理解できない光景に、思考が凍りついた。
――骨。
小さな骨が、彼女の口から吐き出された。さらに、もう一つの異変に気づく。さっきまで“切り傷”だと思っていた彼女の傷は――違った。まるで、誰かに噛み取られたように、皮膚が削ぎ取られている。
……嘘だろ。そんなはずがない……。あゆみは、涙を浮かべた死んだような目で、俺を見下ろした。何かを伝えようとしている。
だが、声が出ない。苦しそうに、手をこちらに差し出す。床に倒れ、出血で身体が重くなっている俺には、最初、その異変に気づけなかった。
……違う。――指だ。指が……三本、無い。その手が、自分の口元へと向かう。
「……やめ……ろ……」
かすれた声で、止めようとする。
彼女は口を開き、全身を震わせた。まるで、自分と戦っているかのように。だが次の瞬間――口が閉じた。――ぐちゃり。――ぼきり。噛み砕く音。骨の折れる音。指は人参じゃない。歯が耐えきれず、一本の歯が床に落ちた。彼女は、また俺を見る。涙と痛みで歪んだ顔。
苦しんでいる。だが、叫ぶこともできない。
「……どうして……?」
問いかける。返事はない。彼女は、噛みちぎられてぶら下がっていた指を掴み、それを口へと運んだ。
――どうしてこうなった。家族の面倒を見て、母の代わりのように、皆を支えてくれた姉。俺を理解してくれた、唯一の存在。
「……ゆ、ゆうき……!!」
彼女の血が、俺の顔に落ちる。泣いているのに、泣き声が出ない。苦しんでいるのに、悲鳴が出ない。その手が、俺に伸びてくる。……ここで終わりなのか。嫌だ。
後悔だけを残して死ぬなんて……。
母が亡くなってから、俺を守り、育ててくれた二人の姉を――守れなかったなんて……。
その手が、俺に触れる前に――“その手”は、消えた。一瞬前まであった場所から、切断された腕が消え、血が噴き出す。すべてが、一瞬の出来事だった。
「遅くなってごめんね。大丈夫?」
甘く、冷たい声が耳に届く。
……彼女だ。この状況で、彼女の存在を完全に忘れていた。
「安心して。彼女はもう、あなたの知っているあゆみじゃない。死神に操られている。下がって」
……ふざけるな。
そんな言い方で、納得できるわけがないだろ……!
俺は、立ち上がろうとする。彼女が、こちらを向いた。
「馬鹿の上に馬鹿ね。だから“足兵”は消耗品なのよ。……あなたも、足兵になりたい?」
彼女は身をかがめ、俺の目を覗き込んだ。身体から力が抜けていく。……何だ、これは。目が離せない。心臓の鼓動が早くなる。――違うだろ。今は、あゆみを助けなきゃいけない。心の中で叫ぶ。“目を覚ませ、俺……!”
彼女は、俺の腹に刺さっていたナイフを引き抜いた。
口から血が溢れる。――初めての血の味。馬鹿か……!刃物は抜いちゃいけないんだ……!傷口から血が噴き出し、床を染める。
彼女は俺の腹に手を当てた。視界が暗くなる。……ああ、また終わりか。これは仏の罰か?死なせずに、苦しませるつもりなのか……。意識が遠のく。闇が視界を覆う。口の中に広がる血の味。……痛い。……痛……?――痛くない。闇が、ゆっくりと晴れていく。……身体が、軽い。
気持ちいい……。
「死なせないわよ、坂本ゆうき。あなたは私の“切り札”なんだから。そんな特別なカード、失うわけにはいかない」
……カード?俺が? 特別?親父に聞いてみろよ。どれだけ“特別扱い”されてるか分かるぞ。
「起きなさい。もう治ってる。姉を助けたいなら、立って」
その言葉で、現実に引き戻された。俺は勢いよく立ち上がる。――立てた。さっきまで死にかけていたのに、今はどこも痛くない。
腹に触れる。血はない。シャツは破れているが、肌に傷はない。刺された痕跡すら、消えている。
「……どうやっ――」
「治したから?それもチベットの僧から習った技よ」
私の作品を読んでくださっている皆様、ありがとうございます。皆様に楽しんでいただければ幸いです。初めてですが!SodaKun Out!◇




