偽りの楽園
あの日から
世界の色が
変わったよ
泣いた分だけ
前に進めた
「私は――死神狩りや。」
「死神……狩り?」
彼女の言葉に、俺は完全に言葉を失った。その単語は、ただの言葉じゃない。もっと別の――異質な何かを感じさせる響きだった。
「そうや。わしは死神狩りや」
彼女自身も分かっている。この言葉が、俺の理解を完全に超えていることを。死神狩り?何を言っているんだ?彼女は、俺と同じような存在なのに……それでいて、決定的に違う。話し方、言葉の選び方、イントネーション。東京の人間じゃないと、直感的に分かった。
「混乱しているのは分かる。私も昔、あなたと同じ立場にいた。でも、いずれ分かるわ。あなたが“何者”なのか」
「……俺は、何者なんだ?」
彼女の視点では意味の通る言葉なのだろう。だが、俺の視点では混乱が深まるだけだ。俺は人間だ。彼女も人間に見える。ただ、霊が見えるという共通点があるだけだ。
「今、あなたは考えている。“自分は普通の人間なんだ”って。霊が見える能力も、ただの珍しい偶然だって、自分に言い聞かせている。違う?」
――まるで心を読まれたかのようだった。
「安心して。心は読めないわ。チベットの僧から教わった観察術みたいなものよ」
彼女を見る。
「……他にも聞きたいことがある?」
「待て……おかしい。俺、あんたの周りの“線”が見えない……!」
「……ああ、“場”のことね」
俺は幼い頃、生者と霊の区別がつかなかった。だから、自分なりに見分ける方法を考えた。一つは、霊を縛る“鎖”。もう一つは、人の周囲に見える“線”。
だが――彼女の周りには、どちらも見えない。
彼女は、どこか意味深な笑みを浮かべた。
「それも……いずれ分かるわ」
「“いずれ”って……どういう意味だよ。まさか……俺を迎えに来たとか?」
「三鷹市に来た目的は二つあるわ。一つは、あなたを迎えに来たから。あなたは“こちら側”の人間だもの。
そして、もう一つは――」
その瞬間。
ガラスの割れる音と、誰かの悲鳴が会話を遮った。
「きゃああああっ!!」
かすみ……!?
「今の声、かすみだ!!」
俺は勢いよく立ち上がり、ドアを開けた。悲鳴と破壊音は、階下から聞こえてくる。
「……ついに、ここまで来たか」
彼女の言葉を無視して、俺は階段を駆け下りた。
何が起きているんだ!?今日はおかしい……いや、異常すぎる。音の出所はキッチンだ。扉は壊れ、開け放たれている。
中に入る。――暗い。――静寂。割れたコップや食器が床に散乱している。足元で何かを踏んだ。その瞬間、パチッ……と音を立てて、電球が点いた。俺はスイッチに触れていない。俺が踏んだ“それ”は――かすみだった。
「姉ちゃん!!」
慌てて駆け寄る。額から血が流れている。
「起きろ! 起きてくれ!!何があったんだ!? 誰にやられた!?」
血が止まらない。俺は必死に手で押さえ、止血する。このままじゃ……死ぬ。
「……何とかしないと……!!」
「ゆ……ゆう……き……」
彼女が、かすかに目を開いた。
「大丈夫だ! 俺がいる! 何も起こらない!」
「……あゆみ……逃げて……」
それだけ言い残して、彼女の目は閉じた。
「……嘘だろ……」
あゆみはどこだ!?
俺は必死に辺りを見回す。誰かが侵入したのか? 強盗か? 狂った通り魔か?
――くちゃ……くちゃ……何かを噛み砕く音。まるで、誰かが“食べている”ような音。
「……ゆうき……」
背筋が凍る。この声――毎日聞いている声だ。
ゆっくり、振り返る。
そこに立っていたのは、あゆみだった。――だが、様子が違う。傷だらけの身体。かすみよりも、ずっと酷い状態。
俺は、かすみの頭をそっと床に戻し、立ち上がる。あゆみのもとへ駆け寄る。
「姉ちゃん!!怪我してるじゃないか!何があったんだ!?父さんはどこだ!?誰にやられたんだよ、かすみも……!!」
あゆみは、俺を見つめた。
――死んだ目。嫌な予感がした。彼女の周囲の“場”が、明らかに違う。人の放つ“気配”は、それぞれ異なる影響を周囲に与える。
あゆみの気配は、いつも温かく、家族的で、優しかった。なのに今は――違う。
“これは、姉ちゃんじゃない”
頭の中で警鐘が鳴り響く。
「……祐希。見えるの」
「……何が?」
「……楽園が」
「ら……楽園……?」
怖い。心臓が跳ね上がる。俺は彼女の肩を掴み、揺さぶった。
「目を覚ませよ!!かすみは死にかけてるんだぞ!あんたもボロボロじゃないか!誰にやられたんだよ!!」
彼女の目は変わらない。生気のない視線が、俺を射抜く。脚が震える。背中に冷たい汗が流れる。この“気配”――朝、あの怪物と対峙した時と同じだ。
「……あの人たちが言ってたの。“楽園へ導いてあげる”って。……すぐにママに会えるって」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが弾けた。違う――全部、あいつの仕業だ。
「……ゆ、ゆうき……」
死んだような瞳に、涙が浮かぶ。
呼吸ができない。肺の中の空気が、一瞬で消えた。
俺は、ゆっくりと視線を落とす。
――見えてしまった。
「……あゆみ……お前……」
私の作品を読んでくださっている皆様、ありがとうございます。皆様に楽しんでいただければ幸いです。初めてですが!SodaKun Out!◇




