第九話 魔王の城、闇のダンジョン計画
闇の王と女王によるインフラ革命は、帝都の隅々まで秩序と安定をもたらした。しかし、その秩序は、かつての偽りの光の担い手を、深い闇へと突き落としていた。
旧王宮、貴族用の牢獄の一室。そこは強力な結界があり、そのおかげで監視や錠は不要な部屋だった。
軟禁されていた白百合は、窓の外の光景を眺め、その様子を見ていても立ってもいられなかった。穢れたはずの貧困街に湧く清らかな水、病から解放され笑う市民。
ーー私が助けてやっていた時よりも楽しそう……。私はここから出られないのに。
それらはすべて、あの十六夜が、悪魔の力がもたらしたものだ。
「嘘よ……私の光こそが、清浄の源。この安定は、人々の魂を縛る呪いに違いないわ!」
彼女に残されたのは、自分こそが正義であるという、歪んだ狂信的な確信だけだった。
彼女はベッドの下に隠してあった、紫色のポーションを一気飲みした。
白百合は高まった力を振り絞り、結界を一点突破、無理やり破った。
結界の外に出た白百合は、魔力感知ができるようになったことを確認した。
「よし、これならいける」
白百合は帝都で1番魔力の集中している箇所を探した。見つかると同時に走り出し、魔導システムが集中する帝都の地下へと向かった。彼女の全身から溢れる浄化魔力は、もはや制御を失い、無秩序な破壊衝動と化していた。
「この呪いを、私が祓う! この魔導システムを壊せば、私の光が真実だと証明される!」
彼女は王族のみが知る脱出用の秘密通路を通り、誰にも会うことなく地下水道を抜けていき、魔力の集まる箇所へ走った。
王宮地下から市街地の地下水道に入ると、最も重要な動力炉だと思われる1番大きな装置に浄化魔力を叩きつけようとしたーー
「これで世界は元に戻る!」
ーーその瞬間、漆黒の影が彼女の腕を掴んだ。
「間に合いましたね。その無秩序な破壊衝動は、我々の闇の王が許しません」
声の主は、治安維持の執行者ホヅミ。
彼は、漆黒の装束を纏い、その紫色の瞳は冷徹な光を放っていた。
「どうして! ちょっと、どきなさい! これは浄化よ!」
「いいえ、ただの破壊です」
ホヅミは冷酷に言い放った。
「せっかく女王陛下の作り上げた秩序に、この町の要になんて事を……。刃向かう者は、敵と見なします。大人しく捕まっていれば命だけはあったものを……。光は、もはやこの帝都において無価値どころか、無用な害悪です」
ホヅミは、白百合に重傷を負わせることなく、その全身の魔力の流れを強制的に凍結させた。
白百合は、その場に崩れ落ち、無力感と憎悪で叫び声を上げた。
「くっ……十六夜! あの悪魔の女王め! 私を、こんな屈辱に!」
「ええ、女王様に終わりを告げてもらいましょう。あなたはもう罪人なのですよ。この光景も全て皆さんに見られているのですから」
地上では、白百合が王宮を飛び出し、ホヅミが後ろを追いかけているところから、全ての映像が上映されていた。
「そんな、私の力こそこの悪魔の力を祓えるのに!」
白百合は、ホヅミによって捕らえられ、今度は地下深くの牢獄へと連行された。
「いやあ!」
地下の一番奥深く、光の一筋さえ入らない最も厳重な牢獄へと、白百合は収監された。
そう、そこは闇の支配下。全ては十六夜の目となり全てが監視された部屋だった。
「おい見たか! 聖女が新しい装置を壊そうとしたって!」
「見たぞ! アレがないと水も食料も、何もかも無くなっちまうんだろ! ほんとに何やってんだ!」
「なんで自分勝手な人なんだ。今まで信じていたのがバカらしい!」
世間の噂は白百合の罵倒で溢れていた。
闇の力によるリアルタイムな白百合の脱出劇が放送され、見た人々への衝撃と、さらなる光への絶望の波が広かった。
その騒ぎに乗じて動く二つの影があった。
地下牢の暗闇の中、ひとりで泣いている白百合の前に、元皇帝と皇后が現れた。
彼らは王族のみが知る牢獄の通路から密かにきていた。
街の外の秘密通路から続く道を、供もつけずに半日もかけて歩いてきたのだ。
ここは口伝のみの伝承、十六夜でさえ知ることはないと、二人で様子を見にきたのだった。二人は王族の威厳こそ失っていないが、その顔には深い焦燥が刻まれている。
「よくぞ、無様にも捕まってくれたな、聖女よ」
皇帝は冷淡に言った。
「陛下……お願いです! あの薬をくれたように、また私を助けてください! 今度こそうまくやります! だから私を解放してください! 私の光で、あの悪魔の呪いを……」
元皇后は、その狂乱を冷ややかに見つめた。
「鍵はないのでね。出すことはできないのだ。まあお前の光などもう民衆には無意味だろうが……だが、お前には最後の役割がある。十六夜との最後の戦いの相手に相応しいのは、世界で一人お前だけだよ。あの内政は、武力で奪われた王宮の尊厳を、政治と民意で完全に掌握したことを意味する。しかしーー」
元皇帝は、白百合に身体を寄せ、囁いた。
「黒曜を鎖に繋いだのは、他ならぬ光の始祖だ。そして、その始祖が、闇の王を再び拘束するために残した、対闇の兵器、あるいは『古の契約を活性化させる秘宝』が存在する。それが、私たちに残された、最後の切り札だ」
白百合の目には、憎悪と希望の光が混ざり合った。
「始祖の遺産……?」
「そうだ。十六夜の知恵は素晴らしい。だが、彼女が知らない『歴史の重み』が、必ずある。お前は、この帝都の真の歴史の守護者だったはずだ。その遺産の在処を探せ。それこそが、お前が正義を証明し、あの悪魔の女王に復讐する、唯一の手段だ」
皇帝は、白百合の憎悪と狂気を、最後の燃料として灯した。
「この地下のどこかにあるらしいそれを、お前が力を使うことで、力の共鳴を起こし、探し出すことができるかもしれない。いいか、我々がいなくなってから、時を待て。できれば明日、必ず光の力を使うんだ」
「わかりました、必ず! 私の力を見せつけてやります!」
彼らは、赤紫色のポーションを渡して、白百合に遺産の探索を命じ、そのまま地下牢を後にした。
暗い地下通路の中、二人は計画を話していた。二人にはもう、側近も騎士も、信用することができなくなっていた。
全ての計画は二人だけのもの、指示を出し付いてくるものがいたら全て捨て駒だった。
「これであの白百合も始末できる。アレに余計なことまで話されては困る」
「あの十六夜の、全てを民衆へと可視化させる能力も厄介だ。アレがあると話している内容が全ての国民に見られてしまう」
「そうだな。またアレに騒ぎを起こさせ、その間に十六夜たちに攻め込まんと。あの黒い城、なかなかに防御がかたい……後はバカ息子にも動いてもらう」
彼らの目的は、遺産そのものではない。遺産を探す白百合を餌に、闇の王と女王の真の弱点、つまり黒曜の契約の過去を探ることだった。
全ての闇が十六夜と繋がっていることを知らない元皇帝、皇后はその全てを話していた。
ホヅミの報告を受けた十六夜は、闇の王宮の女王の執務室で静かに笑みを浮かべた。その隣で、黒曜は、白百合錯乱した様子を愚かな子どもの癇癪のように見下ろしている。
二人は仲睦まじく玉座に座し、白百合の元に起きた出来事の全てを見ていた。
「まったく、あの聖女は、どこまでも『無秩序な光』に囚われておりますわね。そして、あの皇帝と皇后もまた、どこまでも伝統という名の泥沼から這い上がれない」
十六夜は、玉座の前の闇の中から、静かに現れた宰相補佐のカサネに目をやった。
「カサネ。彼らが言う『始祖の遺産』について、情報は?」
カサネは、感情のない深い紺色の瞳で、静かに答えた。
「はい。遺産自体は、帝国の秘匿文書にその存在が記されています。しかし、それは『対闇の王兵器』というよりも、『古の契約を活性化させるための鍵』に近いようです。そう、黒曜様の力が強すぎた場合に使う予定だった、もう一つの封印という記載があります。ですが、女王陛下の知性では、既にその本質を見抜いておられるでしょう」
「ええ」
十六夜は頷いた。
「彼らの狙いは、遺産そのものではありませんわ。彼らは、あなたを鎖に繋いだ『古の契約』の過去が、私たちにとって『弱点』となりうるか、その境界線を探っている」
黒曜は、静かに十六夜の腰を抱き寄せた。
「私の過去は、お前の弱点にはなり得ない。お前がそれを弱点だと望まない限り」
「もちろんよ、旦那様」
十六夜は微笑んだ。
「私たちが向かうべきは、白百合の脆弱な光の残滓などではありませんわ。私たちが壊すべきは、あなたを鎖に繋いだ『古の契約の根幹』。つまり、闇を排除し、光のみで統治する』という、帝国の『伝統』そのものです」
十六夜は、決意を固めた。
「皇帝たちは、自分たちの『血統』と『伝統』こそが最強の盾だと信じております。ならば、その『伝統』が彼ら自身の首を絞める場所を用意して差し上げましょう」
十六夜は、すっと立ち上がり、手を掲げる。
ーークロガネ
瞬時に闇からクロガネの姿が現れた。
「お呼びでしょうか?」
「クロガネ。旧王宮の全てを、私たちが『内政と秩序』を示す場所に変えなさい。そう、誰もが幼き頃に聞かされた、闇のダンジョン。魔王の居城として。そして、皇帝・皇后を誘い込むための、完璧な罠を仕掛けなさい。彼らが、彼ら自身の『伝統の重み』で崩壊する舞台を」
「御意! 女王陛下の御心に沿う『技術の秩序』、即座に実現いたします!」
そして隣にいるカサネを一瞥する。
「御意、おまかせください。私も一緒に計画を練ります。最高のトラップを作りましょう」
こうして、闇の女王は、愚かな旧王制たちの策略を逆手に取り、最終決戦の舞台を彼らが最も大切にする場所で整えはじめた。
十六夜がクロガネに最終指令を下した後、玉座の間には静寂が訪れた。
カサネとホヅミは既に次の任務のために闇に消え、残されたのは闇の王と女王だけだった。
黒曜は、十六夜の背後に回り、彼女の肩を優しく抱きしめた。
「お前の知性は、私の過去を恐れぬどころか、それを『新たな秩序』の礎にすると決めた。その決意に、私は深く感謝しよう、女王」
黒曜は、彼女の首筋に顔を埋めた。
「私の過去は、お前の弱点にはならない。お前こそが、私の唯一の光であり、絶対の秩序だ」
十六夜は、王の腕の中で身体を預け、冷徹な王の顔から、愛する夫に甘える女性の表情へと変わった。
「もちろんですわ、旦那様。私は知っています。あなたを鎖に繋いだ契約は、偽りの光が、真の力を恐れて作り出した無秩序であると。私たちがそれを打ち破るのは、当然の帰結です」
彼女は玉座から立ち上がり、黒曜と向き合った。
「もう帝都の内側での戦いは終わりです。次は、国と国、歴史と歴史の重みをかけた、最終決戦です」
黒曜は、その決意を瞳に焼き付けるように受け入れた。
「よかろう。お前の望むがままに、舞台は整った。次の瞬間、奴らの伝統が、お前によって粉々に砕け散るのを見せてやろう」
十六夜は、王に最後の指令を下した。
「さあ、旦那様。今夜は最後の休息を取りましょう。そして明朝、私たちは旧王宮へ向かう。闇のダンジョン、魔王の城へ。これが、帝国の歴史と、私たちの永遠の共存を決める、最後の行進です」
闇の王は、その愛する女王を力強く抱きしめた。最終決戦の幕が、静かに、しかし確かな重みを持って上がろうとしていた。




