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第八話 見下される聖女


闇の王宮、第一執務室。

十六夜の指示で、技術管理者クロガネが、自信に満ちた表情で設計図を広げていた。彼のがっしりした体格と作業着は、玉座の間では異質だが、その額にうっすらと浮かぶ黒曜石のラインは、王宮の真の技術力こそ彼にあることを示していた。


「女王陛下。昨夜接収した貴族の資材は、無駄なく全て選別完了しました。これより、闇の王の『秩序の力』を応用した恒久的なインフラを、帝都全域に施します」


クロガネは、設計図を指し示した。


「特に、長年疫病と飢餓に苦しんできた貧困街ダーテンドラ。旧体制では、聖女の力頼みで一時的な処置しかされませんでしたが、闇の王の力では違います」


十六夜は、彼の報告を満足げに聞いた。


「具体的には、どうなるのです?」


「御意。貧困街の地下に張り巡らされた配管、そこに闇の王の魔力を帯びた黒曜石の結晶を組み込みます。これにより、病原菌や汚染物質といった『無秩序な存在』を、物理的に凝固・隔離させます」


それは、穢れたものを燃やす「浄化」ではなく、「強制的な衛生管理」だった。


「浄水システム、廃棄物処理、暖房。全てが黒曜様の魔力によって完全な秩序の下で効率的に機能します。コストはゼロ。光に頼る必要もありません。これこそが、闇の王からの無償の恵みです」


「完璧ですわ、クロガネ」


十六夜は、心底満足したように微笑んだ。

「しかも、貴族たちから徴収した財源を使用すれば、魔石や魔道回路を運用することも可能。そうなれば黒曜様の負担も次第になくなるでしょう」


「素晴らしいわ。ただちに実行なさい。この改革を、まずは貧困街から順次進め、『闇の王からの無償の恵み』として、帝都全土にその恩恵を広げなさい。旧体制の無能さを、最も劇的な形で市民に証明するのです」


「御意!」


クロガネは熱意に満ちた声で応じ、技術者を伴って部屋を後にした。


闇の王宮は、黒曜の力とクロガネの技術によって、史上最速のインフラ革命を開始した。


貧困街の住民たちは、知らぬ間に、長年の苦しみから解放されようとしていた。


黒曜は、膝の上の十六夜に優しく囁いた。


「新しい時代の技術は素晴らしいな。私の力なくともいい世界がそのうち来てしまうのかもしれない……お前はいつも見ていて飽きないな。その知性が求める秩序は、私が必ず実現させよう」


「あら、旦那様。そしたら二人でゆっくりお休みをいただきましょう。今の私たちは、もう誰にも止められませんわ」







インフラ革命が始まって一週間後。貧困街ダーテンドラは、劇的な変貌を遂げていた。


長年立ち込めていた汚水の異臭は消え失せ、病に伏せていた子どもたちは咳一つせず立ち上がる。

新設された共同の給水所からは、以前とは比べ物にならないほど清澄な水が湧き出ていた。


住民たちは混乱する代わりに、その完璧な衛生状態に静かな驚きと畏敬を抱いた。彼らは知っている。これは、多額の寄付と、聖女の「気分次第の浄化」で一時的に得られる安寧とは違う、恒久的な秩序だ。


その劇的な変化の噂を聞いた白百合は、狂乱に近い状態で貧困街へ駆けつけた。


「嘘よ! 私の力が届かなかった穢れた街が、なぜ……なぜ、悪魔の力で清められているの!」


彼女は、自身の権威の根幹が崩壊したことに耐えられなかった。王宮奪還よりも、ここで自分の「光の力」の正統性を証明するしかない。


白百合は広場に立ち、涙ながらに両手を天に掲げた。


「皆さま! これは闇の王による欺瞞です! 悪魔の力は魂を穢します! 私の清らかな光で、この呪いを祓いましょう!」



まばらにいる町民が、疑いの目で白百合を見ていた。

今まで白百合の姿を見て「聖女様!」とすがって助けを乞うていた姿はそこにはない。

白百合は誰にも求められることがないまま、ただただ必死に、自身の保身と名誉の回復のために天に祈った。



彼女が全身の力を解放し、浄化の光を放つ。それは、以前ならばこの街の淀みを一時的に和らげたはずの、聖女の清浄な力。


しかし、その光は、クロガネが町内の至る所に組み込んだ黒曜石の魔導システムが作り上げた「闇の秩序」の層に触れた瞬間、まるで水面に油を垂らしたかのように弾け飛んだ。


「な……!?」


白百合は絶句した。

以前のように単に無効化されるのではなく、今回は、光が闇の秩序を乱す『無秩序なノイズ』と見なされたのだ。


彼女の魔力は、先の事件と同じように黒曜の秩序に弾き返され、鋭い痛みを伴って白百合自身の身体に逆流した。


「くっ、ああっ!」


膝から崩れ落ちた白百合の姿は、以前の儀式の時よりもさらに惨めだった。彼女の清浄な魔力が、この街を救う力どころか、秩序を乱す害悪として処理されたのだ。


騒ぎを聞きつけて集まった住民たちは、膝をついた白百合を、もはや「崇める聖女」として見ていなかった。


「聖女様の光は、この街を救えなかった」


「闇の王の恵みは、私たちを病から救った。聖女様が邪魔をすれば、また病が戻る」


住民たちは、白百合から静かに、しかし恐ろしいほどの冷徹さをもって離れていった。彼らは歓声を上げない。


「何しにきたんだ」

「私たちを救えなかったくせに」


「もう来るな」

「出て行け」



代わりに、帝都を見下ろす漆黒の王宮へ、「感謝」ではなく「畏敬」の念を込めて頭を垂れた。

闇の王がもたらしたのは、救済と安寧だった。そして、闇の秩序を乱そうとする偽りの光は、無力化されただけでなく、次第に悪と見なされた。


白百合は、絶望と憎悪に顔を歪ませた。彼女の聖女としての存在意義は、この街で完全に息の根を止められた。



「私を悪者にするなんて、天が許さないわ!」


小物らしく小言を残して、白百合は泣きながら立ち去っていく。

彼女を引き止めるものは誰もおらず、睨みつける目が彼女がもう二度とこの街に戻らないように監視していた。





闇の王宮、第一執務室。十六夜は、白百合の無力化と、貧困街の住民が闇の救済を受け入れた報告に、満足げに頷いた。


「これでもう、白百合の力には何の価値もありませんわ。彼女が動けば動くほど、私たちの秩序が強固になる。完璧な無力化です」


そのとき、宰相補佐のカサネが、音もなく玉座の前の影から現れた。


彼の細身で色白な容姿は、情報戦という無形の領域を扱うのに相応しい冷たさを持っている。


「女王陛下。旧王族が動き始めました。武力ではなく、情報という『無秩序な嘘』を拡散し、市民の不安を煽る策です」


「ほう?」


カサネは、帝都の闇のネットワークから抽出した情報を提示した。


「隠れ家にいる皇帝と皇后が、残った貴族のネットワークを通じ、隣国と結託。帝都に『闇の王は人々の魂を支配する呪いを使用している』という話や『インフラ革命は、人類を魔族の奴隷にするための、一時的なパフォーマンスのものだ』という偽情報を、密かに流布し始めています」


十六夜は鼻で笑った。


「彼らは、政治のプロ。武力では勝てないと知れば、すぐに『疑念と扇動』という最も卑劣な手段に訴えますわね。ですが、その情報は私たちにとって、彼らの次の手を知るための最高のヒントです」


黒曜は、カサネの正確な情報収集に満足げだった。


「どうする、女王。この『嘘』という名の無秩序を、どう扱う?」


十六夜は、冷徹な笑みを浮かべた。


「簡単ですわ。武力で制圧しても、彼らの『嘘』は消えません。カサネ。彼らが流布した全ての偽情報の発信源と、それに関与した貴族の秘密の文通を特定し、全ての市民の目に晒しなさい。全ての闇に私は繋がったままです。その内容を見ていたものに、その計画を練っている場面を姿を写してもらいましょう」


「すぐに効果的な策を練りましょう。こちらのことをすぐに察知することは不可能ですので。先手を打ったつもりでしょうが逆に利用しておきましょう」


「ええ、私も一緒に考えるわ。あなたの策略で、彼らの嘘を暴き、王として復帰できないほど社会的に抹殺するのです。彼らが最も恐れるのは、『隠し事』がなくなることですわ」


「御意。ついでに手助けした隣国の『隠し事』も見つけてきます」


カサネは、女王の命を受け、すぐに闇の中へと姿を消した。


彼の『闇の知性』は、偽情報の発信源である貴族たちの秘密の文通、隠し口座、国外との密約の記録を、瞬時に解析し、抜き出した。



翌朝、帝都中に「闇の王を陥れるための偽情報発信者リスト」と題された新たな映像が流された。


そこには、皇帝・皇后が関与した、扇動のための嘘の計画が、詳細な証拠付きで公開されていた。


市民たちは、闇の王の恵みと、この陰謀を比較した。結果は明白だった。

王たちの話していた悪魔は救済をもたらしたが、その王たちは市民を欺き、戦争を企んでいた。


これにより、旧王族の最後の牙城であった貴族の伝統による「国民の信頼」回復計画は完全に崩壊した。




隠れ家にいる皇帝と皇后が、側近たちが慌ただしい動きを見せはじめ、不穏な気配を察知していた。


二人で紅茶を楽しんでいた空気に緊張が走り、耳を澄ませて様子を伺う。


「どうしよう。町中にまた陛下たちの会談が投影されているそうだ」


「まずいんだよ、隣国の内通者の顔も出ているらしくて誰か関係者に見られたら終わりだって」


「それがどうにも書面やお金の流れまで全部わかっているようで、このままじゃ隣国と戦争じゃないかって話になっているそうだぞ」



皇帝と皇后が持つティーカップが小刻みに震え、そして堪えれきれずに溢れていく。

皇后がため息まじりにカップを置いたが、皇帝は壁に向かって投げ捨てた。


「どうなっている! この計画をはじめてまだ1日しか経っていないんだぞ! どこかに裏切り者がいるのに決まっている!」


「使者が帰ったのは昨日、私たちは騙されたのかしら……」


二人はいい争い、その声は部屋の外まで響いた。小言を聞かれてしまった側近や騎士たちは、その建物からも逃げ出していった。










カサネによる情報戦の反撃が成功し、皇帝・皇后の最後の抵抗は国民の目の前で醜く暴かれた。



闇の王宮の最上階。夜闇と月光だけが差し込む、女王専用の寝室。


十六夜は、玉座の間から運ばれた黒曜の腕の中で、ベッドサイドに横たわっていた。彼女の顔には、安堵と共に、肉体的な疲労ではなく、心神を深く消耗した跡が浮かんでいた。


「ふぅ……。武力での戦いより、情報という無形のものを扱う方が、遥かに心をすり減らしますわね。嘘、欺瞞、妬み、そして… 愚かさ。この戦いが始まってから、闇の重さが増しています……」


十六夜は自嘲気味に笑った。彼女は、人間社会の最も汚い部分を、自らの知性で裁き続けたのだ。


黒曜は、そんな彼女の髪をそっと撫でた。彼の肌は冷たいが、その手つきには深い愛情と、彼女への絶対的な信頼が込められている。


「よくやった、十六夜。お前の知略は完璧だった。だが、お前が背負う必要のない『無秩序な感情の淀み』を、お前は吸い込みすぎた」


十六夜は、黒曜の冷たい胸元に顔を埋めた。


「ええ、とても疲れたわ。光の時代を終わらせたはずなのに、まだこんなにも人間の闇が残っている」


黒曜は、ゆっくりと自身の闇の秩序の魔力を解放した。それは、彼女の身体に無理やり流れ込むのではなく、十六夜の周囲に漂い、彼女が吸い込んだ人間たちの負の感情の残滓を、優しく、しかし強制的に『静寂』へと変換していく。


十六夜の表情から、わずかに緊張が消え、深い安堵が広がった。


「旦那様の力は、やはり私の唯一の安息ですわ。あなたがいるからこそ、私は冷徹な女王でいられる」


黒曜は、十六夜の女王の烙印が輝く額に、再び口付けた。


「お前は、私にとってこの世界で唯一の『秩序』だ。お前が望む安定のためなら、この世界を何度でも作り変える。知略と戦いのすべてを私に預けろ。お前はただ、私の傍らで女王として輝いていれば、それでもいいのだぞ」


十六夜は、王の腕の中で、満足と深い愛を込めた笑みを浮かべた。


「いえ、私はあなたと共に戦うものでありたいのです……。次は、私たちが仕掛けた内政と情報戦に、真の黒幕が必ず出てきます。残るは、旧王族とそれを裏で操る勢力との、最終決戦ですわ」


彼女は、静かに、しかし決意に満ちた声で誓いを立てた。


「旦那様。私たちは、帝都から、世界へと舞台を広げなければなりません。この地で築いた真の共存を、世界に示し、永遠の誓いを立てましょう」


闇の王は、その力強い決意を受け止め、ただ静かに、その愛する女王を夜の闇の中に抱きしめた。


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