第七話 闇の眷属登場
旧王宮の玉座の間は、一夜にして様変わりしていた。
黒曜の魔力で調和(支配)された空間は、以前の白百合の残滓が残る華美な装飾を一掃し、黒曜石と月石が織りなす重厚で冷徹な「闇の執務室」となっていた。
十六夜は、この空間を「闇の王宮・第一執務室」と名付けた。
中央の玉座には、黒曜が静かな威圧感を放って座し、その膝の上には、漆黒のドレスを纏った闇の女王・十六夜が座っていた。
彼らの背後には、高台の根城への異次元のゲートが造られ、ダンジョンの深層部かのような空気の重さがあった。
「さあ、始めましょう、旦那様。彼らが『伝統』と呼ぶ、腐敗した内側を切り開く作業です」
十六夜は、玉座から優雅に指を鳴らした。その瞬間、部屋の隅の闇の中から、三つの人影が音もなく現れた。
彼らは、外見は人間とほとんど変わらないが、その瞳の奥には、長年の迫害と隠蔽によって培われた非凡な力が宿っている。彼らこそ、十六夜が覚醒した情報収集能力により探しだした優秀な人材。それにいち早く応えた闇の王宮の最初の柱、三人の眷属だった。
十六夜は、彼らの苦悩を知り尽くした冷徹で穏やか目で、一人ずつ見つめた。
「カサネ。クロガネ。ホヅミ」
宰相補佐として呼ばれたカサネは、以前は帝都の裏社会を這いずり回り、情報を集めることで生計を立てていた。その瞳は常に警戒心に満ちていたが、今は玉座の女王に深く頭を垂れている。
細身で色白。衣服は常に黒や濃紺の執事服に近い。動作は常に静かで、感情を表に出さないため、表情が読み取りにくい。
「あなたの能力は、帝都のすべての『嘘と欺瞞』を可視化すること。その真の力で、私たちの統治を始めなさい」
技術管理者となったクロガネは、粗末な作業服のままだが、その手には黒曜石の魔力が宿っている。彼はかつて異形ゆえに技術を奪われ、迫害された天才技師だった。
がっしりした体格で、王宮でも常に機能的な作業着を着用。髪は短く、無骨な印象だが、手先は驚くほど繊細。額の辺りに、魔族としての紋のような、黒曜石のラインがうっすらと浮かび上がっている。
「クロガネ。あなたの魔導の才は、これより帝都のインフラと、人々の『恵み』のために使われる。誰もあなたを異形として見下したりはしない。その実力や功績は誰にも奪われないわ」
そして、治安維持の執行者であるホヅミ。暗殺者として生きてきた彼は、十六夜への狂信的なまでの忠誠心を隠そうとしない。
中性的で端正な顔立ち。元暗殺者ゆえに、常に体にフィットした漆黒の装束を纏う。彼は瞳が鋭い紫色の光を放ち、獲物を狩る夜魔の冷酷さを滲ませる。
「ホヅミ。あなたの力は、無秩序な暴力を排除するために振るわれる。私たちへの抵抗は、あなたが全て嗅ぎつけって潰してしまっていいわ」
十六夜は、三人の眷属に目をやり、最後に黒曜へ微笑みかけた。
「旦那様。彼らは、偽りの光の時代に迫害され、能力を隠してきた真の優秀な人材です。彼らの力を解放し、闇の王の秩序を植え付けて差し上げて」
黒曜は、静かに頷き、三人の眷属に向けて魔力を解放した。
「ふむ」
三人の身体を、漆黒の魔力が優しく包み込む。それは、「枷」ではなく「解放」の力。彼らが何十年も隠してきた魔族としての力が解き放たれ、その瞳は自信と使命感に満ちた輝きを放ち始めた。
「これより、お前たちは闇の王宮の柱となる。女王の命は、私の命と思え」
十六夜は、冷徹な指令を下した。
「カサネ。手始めに、帝都の全貴族の『腐敗度』を、私に報告しなさい。統治するに値しない者は、すべて切り捨てます」
「承知しました」
カサネは深く礼を取ると、その場に起立した。
「このままこちらで報告させていただきますが、よろしいでしょうか?」
「構わん、なあ女王よ」
「ええ。では二人も動きはじめてもらいましょう」
十六夜が、クロガネとホヅミを一瞥した。
「承知しました」
「仰せのままに」
二人は一瞬で影の中に姿が消えていく。
十六夜の指令を受けたカサネは、すぐに玉座の前に進み出た。魔族の力が解放された彼の瞳は、強く輝き。深淵の闇を覗き込むような鋭さを帯びている。
「女王陛下。闇の王の御力により、情報網は完全に開かれました。この帝都に、最早隠し事はございません。もとよりメディア対応か専門でございます。いち早くあなた方の情報を新聞に掲載したのは私でございます」
カサネは、闇のネットワークを通じて、帝都の全貴族の裏社会の活動を瞬時に統合・解析した。彼は十六夜と同じく、影から全ての情報を集める力を得た。
その情報は、貴族達に注目し、十六夜の指示通り腐敗に注目して分析されていく。
ただの帳簿ではない。長年にわたる賄賂の授受、不正な蓄財、搾取の証拠、そして権力闘争による密告の記録、すべてが一つの巨大なデータストリームとなって、彼の脳内で可視化される。
「腐敗の度合いは、想像を絶しますね。全貴族の約七割が、何らかの形で貧困層から搾取し、不当に資産を築いています。特に、皇子殿下に与していた五大貴族は、国庫を私物化し、その額は国家予算の五年分に匹敵します」
カサネの報告は冷徹で無駄がない。
「ふむ。五年分か。彼らが『光の時代』と呼んだ時代の真実が、これですわ」
十六夜は、黒曜の膝の上で優雅に身を捩った。
「カサネ。その真実を、『光の裏帳簿』と名付けなさい。そして、今すぐ、貴族街以外の帝都全域の街頭に、映像と音声で公開しなさい。光に満ちた彼らが、どれだけ闇を隠していたのか、市民に見せて差し上げましょう」
「御意」
カサネが魔力を集中させると、帝都の至る所にある魔導照明や公共の結界に、漆黒の文字が浮かび上がった。それは、腐敗貴族の実名と、彼らが不正に蓄財した額が、画像で視覚化された恐るべきデータだった。
【貴族名:○○公爵 / 不正蓄財額:国庫の〇% / 主な罪状:貧困街への食料の横領及び横流し】
帝都の広場、市場、貧困街。映像を見た市民たちは、最初は信じられないといった様子だったが、やがてその怒りを爆発させた。
「嘘だろ! 公爵様が、俺たちの税金で、あんな贅沢を!」
「聖女様は、こんな悪魔たちを浄化できなかったのか!?」
市民の怒りの矛先は、もはや闇の王と女王ではなく、裏切った旧支配者たちへと向かった。
(旧王族の反応)
その頃、王宮を静かに退去した皇帝と皇后は、貴族街にある厳重な秘密の館に身を潜めていた。彼らは、貴族の「伝統」と「血脈」を盾に、十六夜の内政が失敗するのを待つつもりだった。
だが、館の窓から聞こえてきた市民の喧騒に、皇后の顔が歪んだ。
「騒がしいわね……なんでこんなところまであんな下品な声が聞こえるのよ」
皇帝も耳障りな声に苛立ち、控えていた側近を怒鳴りつける。
「何事だ!? 警備隊長はどうした!」
駆けつけた隊長が震える声で報告する。
「皇后陛下……街中の魔導具に、恐るべき『帳簿』が映し出されています! 貴族の不正が、すべて……公衆の面前に……」
皇帝は、その報告を聞き、玉座を譲った時よりも深い怒りで拳を握りしめた。
「あの女……! 武力だけではなく、情報という武器で、私の支配の基盤そのものを破壊しに来たか!」
「それにしても動きが早すぎます! 我々がここにきてまだ間もない、書類は全部処分されたはず……」
彼は、十六夜の知略が、黒曜の武力よりも遥かに危険なものであることを、この瞬間、初めて理解した。
「あの小娘、こんなに用意周到に備えていたのか……?」
腐敗貴族の粛清と資産接収が次々と完了し、帝都の裏側が大きく動いた。
その喧騒をよそに、闇の王宮は、深く、静かな安寧に包まれていた。
執務室から闇の王宮の最上階へ。そこは、黒曜が十六夜のためだけに作り上げた、月光を浴びる闇の寝室だった。
漆黒の絹のシーツが広がるベッドサイドに、黒曜は十六夜を抱き上げ、優しく座らせた。
「お前の『秩序』は、私の予想を遥かに超える速度で帝都を塗り替えている。流石だ、十六夜」
黒曜は、十六夜の額に口付けた。それは黒曜の印、女王の烙印が輝く場所だった。
「ありがとう存じます、旦那様」
十六夜は、疲労を隠さなかった。知略による内政は、武力行使とはまた違う種類の消耗を伴う。
十六夜は力を覚醒させてからというもの、程度の全ての闇との繋がりを保ち続けている。この全てを終わらせるために、少しの油断も許されない。
その消耗は凄まじいものだった。
「この力をそんなに長く保ち続けると、狂ってしまうぞ。闇は深く、全てを蝕むぞ」
「ですが、これもすべて、あなたの圧倒的な武力と、眷属たちの献身的な働きのおかげですわ。人間社会での知略と、あなたの力が合わされば、これほど迅速に秩序が築ける。あなたの『秩序の力』は、やはり私の理想通りです。全ての膿を出し切るまでは頑張らないと」
十六夜は、黒曜の冷たい手を握りしめた。
「彼らは、私が動けないことを知ると、すぐに別の『伝統』や『知略』で抵抗してきます。武力で勝てぬと知った彼らは、政治という泥沼に私たちを引きずり込もうとしている」
黒曜は、十六夜の疲れ切った横顔を、静かな愛情を持って見つめた。
「上等だ。お前の知性に、この帝都はひれ伏す。私がいる限り、お前の身に降りかかる無秩序な攻撃は、すべて私が『静寂』に変えてやる」
黒曜は、十六夜をそっと抱き上げ、漆黒のシーツの上に横たわらせた。
「さて、女王。貴族の査定は完了した。少し休めと言いたいのだが、休む気はないな……。そうだな、次の指令を出してほしい」
十六夜は、王の腕の中で安堵の息を吐いた。彼女の瞳には、すでに次の戦場が映っていた。
「次は、インフラの根本的な改革ですわ。クロガネの力で、貴族から奪った資源を使い、貧困街から都市全体へ、闇の王の『恒久的な恵み』を証明する」
「そして、その改革が成功した時、偽りの聖女と愚かな皇子を、帝都の法の下で正式に断罪します。彼らの処遇は、旧王族への最終警告となるでしょう」
黒曜は、その冷酷な指令に、満足げに笑った。冷たい黒曜の指先が。そっと十六夜の瞼の上に覆い被さった。
「よかろう。お前の知略と、私の力で、この世界を真の共存へ導こう。さあ、女王。束の間だが、安息を得るがいい」
闇の王と女王の密談は、静かな愛の囁きと共に夜の闇に溶け、帝都の夜は、新たな秩序の下、深々と更けていった。




