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第二十三話 世界の支配者の幻影




十六夜は黒曜の腕の中で目を覚ました。


「目覚めたか?」


黒曜は憔悴した様子で、漆黒の彼の魔力を十六夜に注ぎ続けていた。



「戻ったのですね、黒曜……」


「ああ。無茶をしすぎたな。お前の体はもとは人間なのだ、私の力をどれだけ馴染ませたとしても、無理はくるだろうに……」



二人は研究室の片隅ある小部屋、仮眠のとれる休憩スペースにいた。


技術者たちが慌てて走り回る音や機械の音、たくさんの音が鳴り響いていた。



「ミゼラ一人に全てを背負わせるわけにはいかない。これは私が始めた戦いです」


「いや、私とお前で始めた戦いだ。全てをひとりでやろうとするな」


黒曜は十六夜を抱き上げ、部屋を出る。


「私が飛び回っている間も、十六夜の意識を垣間見ていた。世界に垂れ流されていた虚偽の映像も、私とミゼラの対策でほぼ沈静化している」


「それは良かった」


二人が研究室の中央、先ほどまでミゼラと一緒に魔術回路を繋いでいた場所に向かう。


カサネが指揮を取り、残りの作業、各国のデモや映像による暴動の沈静化処理をしていた。

ジャンヌとホヅミがタルシスから戻って来ていた。二人が近づいてくることにいち早く気がついた。


「十六夜様! もう目覚めたのですか?」


ジャンヌのその声で、その場にいた全員が黒曜と十六夜へ視線を向けた。



「大丈夫よ、状況はどうなの?」


カサネが近づいてきて、十六夜の前に小さな魔道具を渡す。そこに映像が映し出され、誰もいない廃墟のようなタルシスが映し出される。



「タルシスは幻影が解けたようですが、街は廃墟です。これが真実の姿なのかもしれません」



ーー自由都市タルシス。光の支配も届かないと言われる遠い地、十六夜も訪れたことがなく、ここには闇の力も弱くゲートが繋がっていただけだった。

街には人が溢れ、公益が盛んな街だった記憶がある。


「私たちの記憶も、全て幻なのかしら……」


珍しく弱音を吐いた十六夜を抱いていた黒曜が、彼女を支える手に力を込めた。


「少なくとも、ここにいる私は、ここのものたちは実在する。いつもの強気なお前に早く戻れ」



「はい」


十六夜は黒曜の胸に顔を埋めた。







ーー聖峰グラツィア、最深部。「始祖の封印の間」と呼ばれるその場所は、異様なほどの静寂に包まれていた。



内部を探索中のハドソンが各所で封印術式の解析をし続けていた。最後の痕跡を回収し終え、その解析結果に青ざめた顔になった。



「この結界の術式……これは内側を封じるものではない。内側の存在を、外側の干渉から完全に遮断して守るための、最高レベルのシェルターだ。彼女は囚われていたんじゃない。引きこもって世界を管理、いや監視していたんだ」








その時、聖峰の外、そして世界中の空が、異常な魔力光に包まれた。





ノクティス・ベイルの技術開発施設、研究室にいるにも面々にも、その光景は大きなスクリーンに映像となって現れた。






各地では空そのものが巨大なスクリーンとなり、一人の女性の姿を映し出したのだ。



それは先ほどの戦いから消えたはずの聖女、いやその皮を被ったルーナリアだった。彼女は、ボロボロの聖衣を纏い、涙を流しながら世界に訴えかけていた。



『……愛する神の子らよ。聞いてください。今日、聖なる光は…私たち光の使徒は闇に飲まれました』



彼女の背後に、映像が流れる。それは、黒曜の軍団が神官たちを虐殺し、聖峰を火の海にする光景だった。




実際には、十六夜の知略により無血開城が行われ、誰も殺されていない。また同じを手を使って偽りの情報を流しはじめた。


だが、その映像はあまりにもリアルで、あまりにも残酷だった。






『闇の王は、平和を愛する者たちを皆殺しにしました。光の評議会は腐敗していましたが、信仰を持つ民に罪はありません……!』




ルーナリアの演技は完璧だった。可憐で、慈悲深く、そして傷ついた被害者。

彼女は、涙を拭い、毅然とした顔で世界を見据えた。




『……ですが、光は滅びません。私がここにいます。これより私は、全ての闇を払うための真の聖女軍を立ち上げます。さあ、私のもとへ集いなさい。悪しき闇の王を討つのです!』




それは、世界規模の演説、偽情報だった。




先ほどまでのこともあり、信じる人と疑う人に二分され、世界は大混乱となっていく。


人々は真実を知らない。各地の都市で、「やはり闇は悪だ!」「聖女様を守れ!」という叫びが上がり、またあるところでは「これもまた嘘なんじゃないか?」「一体誰が何をしているんだ?」と大騒ぎである。






「……ふざけた真似を」



黒曜はモニターに映る聖女の演説を見て、魔力が爆発的に膨れ上がった。



「私がいつ虐殺をした? 私の妻が築いた無血の秩序を、あのような三文芝居で汚すとは……万死に値する!」



その時、ハドソンから緊急通信が入った。




『へ、陛下! 怒る前にお聞きください! とんでもないことが分かりました!』





ハドソンが、評議会が隠し、保存されていた超古代のデータと、現在のルーナリアの魔力波形を照合した結果を投影する。




『映像の女……幻影の魔女ルーナリアの魔力パターンは、数千年前に光の教義を最初に提唱した、始まりのの聖女と完全に一致します』





研究室には沈黙が訪れた。皆が驚愕し、さまざまな思考を巡らせる。



十六夜が、静かに口を開く。




「……つまり、彼女は不老不死の肉体を持ち、数千年の間、ある時は聖女、ある時は魔女として姿を変え、光と闇の争いを管理してきた。評議会も、古の契約も、私たち魔族の封印さえも……すべて彼女の手のひらの上かもしれない」




カサネが震える声で補足する。



「今回の『聖女軍』の結成も、黒曜陛下という計算外のイレギュラーを排除し、世界を再び自分の管理下に戻すためのシナリオ修正に過ぎない……彼女にとって、私たちはゲームの駒なのでしょうか」




「お遊戯だと……?」


黒曜の瞳が、深淵のような怒りに染まった。彼にとって、十六夜と共に歩むこの覇道は、魂を懸けた真剣な営みだ。その営みを愚弄された屈辱は、計り知れない。




「それが推測だろと、あの聖女が数千年生き、我らを弄んできたことは事実だろう……許さん。創造主気取りの女に、真の破壊を教えてやる」



黒曜が十六夜を離し、すぐにでも闇に消えようとした瞬間、十六夜がその腕を掴んだ。




「お待ちください」




十六夜の声は、氷のように冷たく、しかし燃えるような理知的な光を宿していた。


「今、力で彼女をねじ伏せようとするのはあの女の思う壺。貴方は聖女を殺した悪の魔王となり、彼女のシナリオ通りの悪役にされてしまう。それでは、彼女を喜ばせるだけ、また別の聖女が生まれ、闇は今度こそ淘汰されるかもしれない」






「では、どうする。このまま黙って見ているのか?」


「いいえ」





十六夜は、嗜虐的とも言える美しい笑みを浮かべた。




「神の座に居座り、安全圏から嘘を垂れ流す引きこもりの管理者には、現実という名のしっぺ返しが必要ですわ」




十六夜は、カサネとハドソンに指令を下した。




「彼女は人々の認識、信仰をエネルギー源にしているはす。まずは、彼女の嘘を暴き、その供給源を断つ。全世界に彼女の欺瞞を暴露するわ」



そして、地図上の一点を指差した。そこでは、ノクティス・ベイルの魔力の網が、空間ごと切り裂かれて寸断されていた。


「闇の王の力がここだけなくなっている」


カサネが技術者たちに確認するように指示を出した。


「先ほどまではこんなことにはなってなかったのですが……」


クロガネも慌ててモニターを調べ始めた。


「おそらく彼女が物理的な干渉のために放った手駒……いまだに出会えていない魔王ヴォルグ。彼の仕業かもしれません。まずは彼をへし折り、確保します。彼が敵なのか味方なのか……どちらにせよルーナリアの本体の居場所を知っているかもしれない」



十六夜は、黒曜を見上げ、愛おしげに頬を撫でた。


「旦那様。神殺しは、その後です。まずは、彼女の手足をもぎ取り、丸裸にしてから……たっぷりと、貴方の力で絶望を教えて差し上げましょう」



闇の王と王妃の、世界の創造主に対する秩序の反逆が始まった。次なる標的は、殺戮の魔王ヴォルグ。



世界には光輝く聖女の姿が映ったままだった。



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