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第十九話 世界一の頭脳と技術の邂逅


場所は、聖典評議会の総本山深部にある「神聖会議室。最高指導者である大司教レムスの他に、主要な評議会メンバーが集まっていた。



大司教レムスは、光の教義の権威の体現者であり、厳格な老年男性その名は世界の権力者のみが知り、正体を知るものはごく僅かだった。


アストリアで表向きの代表として動いていた枢機卿アルクは、評議会の軍事・防衛の総責任者であり、光の騎士団を実質的に統率する立場だった。



会議室の中央には、ノクティス・ベイルの軍団の移動を追跡する魔導地図が浮かんでいた。


「見てください、レムス様! ミゼラの封印をといた闇の王の軍団が、ついに総本山の捜索を開始しました! 未だ詳細な場所は把握できていないようですが、これは武力による侵攻です!」


枢機卿アルクは、冷や汗を拭いながらも、どこか安堵した表情を見せた。



「ふん。やはり蛮行に出たか、闇の王め。十六夜などという小娘の知恵も、ここにたどり着くことができるか……」


レムスは、傲慢に笑った。


「アルク。封印の防御結界の状況はどうか?」


「万全です、レムス様! ノクティス・ベイルの動きを予測し、総本山の周囲には追加で三重の防御結界を敷きました。特に最外層は、光の教義を信じる何百万もの人々の信仰心を魔力源としています。闇の魔力では、この信仰の壁を破ることはできません!」


評議会のメンバーからは、安堵のため息が漏れた。彼らは、闇の力は理不尽で無秩序な破壊力を持つだけであり、自分たちの崇高な光には敵わないと信じ込んでいた。



「ノクティス・ベイルの巧妙な情報工作にはかなりの人間が惑わされましたが、武力で攻めてくるなら話は別です。我々の計画通り、聖なる力をもって迎え撃ちましょう」


アルクはそう言い、自信を取り戻した。

しかし、レムスはどこか不安げだった。



「待て。あの闇の王妃・十六夜は、アストリアを武力ではなく、情報と知恵だけで崩壊させた。彼女が、何の勝算もなく、純粋な武力衝突を仕掛けてくるものか?」



「レムス様、ご心配なく」


アルクは鼻で笑った。


「彼女が頼れるのは、あの先祖返りの魔族の小娘と、亡命した技術者だけ。技術者の知恵など、長きにわたり世界を支配してきた神の教義の前には、ただの赤子に過ぎません。総本山の結界は、光の理によって生み出された技術者に守られています。彼らが、我々の想定外の行動に出る余地は、どこにもありません」


アルクの言葉は、評議会のメンバーの慢心を確固たるものにした。彼らは、ノクティス・ベイルの最大の武器が、武力ではなく、ハドソンとクロガネが開発した秩序崩壊の共鳴装置ということに、最後まで気づくことはなかった。



「よろしい。アルク。各所の封印の地へのへの警戒態勢を敷け。この戦いは、世界の支配権をかけた最後の聖戦となる。我々こそが、光を世界に導くのだ!」



レムスの号令により、評議会は、ノクティス・ベイルの闇の蛮行」を迎撃するための、光の力による正面防衛の準備を固めた。






闇の王妃・十六夜の決定は迅速だった。


リミタージュの技術は、秩序崩壊の共鳴装置の完成、ひいては世界の統一という究極の合理性のためには、不可欠であった。


十六夜は武力による制圧ではなく、最も効率的で、最も感情的な説得力を持つ使者をリミタージュへ送ることを決めた。



使者は、亡命賢者ハドソン、そしてその護衛として、ジャンヌとミゼラが選ばれた。



「準備が整い次第すぐに向かって。ミゼラがいれば、警備のものたちの無力化も簡単でしょう。ホヅミが潜入しているので交流しなさい。彼には連絡しておきます」


ミゼラは、ジャンヌの隣で退屈そうに身体を浮かせていた。


「人の心の嘘を見抜くのが、私の最初の役割か。楽しみだわ」


ハドソンは、かつて自分が光の教義の下で兵器開発に携わっていた国へ戻ることに、複雑な感情を抱えていた。


「ハドソン。貴方の知人は、光の教義という名の枷に苦しんでいた。貴方の使命は、彼らに真の技術の自由と合理的生存を提示することです」



「十六夜様、私はもう救われましたが、あの場所へ行くのはやはり心が冷えます」



ジャンヌは、その瞳でハドソンの動揺を静かに見抜いていた。


「大丈夫です。私たちはもうあの頃より何歩も進みました。勇気を持って向かいましょう」



ハドソンはなんとも言えない顔つきのまま、その場を退席した。










闇の王妃への謁見を終えたジャンヌは、新たな同盟者であるミゼラを伴い、再生した自国テルネブラへと戻った。ミゼラは、少女の姿を保ちながらも、その琥珀色の瞳は、街を行き交う魔族や人間の感情の揺らぎを、静かに、そして鋭く捉えていた。




「この国……確かに秩序がある」


ミゼラは、冷たい風が吹く地上で呟いた。


「飢えと絶望が、合理的な労働と公正な分配に置き換えられている。あなたの言う絶滅の恐怖は、もうここにはない」


「それは、十六夜陛下の知恵と、テルネブラの民の努力の結果です」


ジャンヌは答えた。


「そして、今、あなたの力がその秩序を内側から守る。これが、あなたの新しい役割です」



ジャンヌはミゼラを連れて、テルネブラの行政区へと向かった。そこには、光の教義の崩壊後、テルネブラに流入した元アストリアの官僚たちが、ジャンヌの管理下で行政の一部を担当していた。彼らの多くは、ノクティス・ベイルの効率性に感銘を受けつつも、内心では旧体制への忠誠心や私腹を肥やす機会を虎視眈々と狙っていた。



ジャンヌは、官僚たちを指導する席にミゼラを座らせた。


「ミゼラ。彼らの働きを監視しなさい。彼らの心の中に、私たちの秩序に反する不合理な欲望があるか否か、私に報告してほしい」



ミゼラは静かに頷き、その目を閉じた。そして、彼女の周囲に深紅の魔力が微かに広がり、部屋の官僚たちの精神に、目に見えない波を送り始めた。


「悲嘆の魔王」の力は、彼らの最も深い罪悪感と自己嫌悪を可視化する。



――『この新しい秩序は一時的だ。どうせ闇の王は暴君になる。その隙に物資を横流しし、私腹を肥やそう』――



――『どうせ闇の王は弱い、また光の封印されるはずだ。その時までにいい情報を集めておいて高く売ろう』――



――『魔族の指導者など、所詮は愚か者。この帳簿の改ざんには気づくまい』――



これらの精神に隠されていた見えない裏切りの念が、ミゼラの精神を通じて、明確な論理的な欠陥としてジャンヌに伝達された。



ミゼラは、目を開けた。


「ジャンヌ。この部屋の人間、特に右から三人目、五人目、七人目。彼らの心は、秩序の継続を望んでいない。彼らの存在理由は、不合理な欲望と裏切りに基づいている。清算が必要だね」




ミゼラに指名された三人の元官僚は、一瞬にして青ざめた。彼らの顔には、罪悪感と露見した恐怖が入り混じり、周囲の目には彼らの心の中で自分の過去の不正がすべて晒される幻影を見ているかのように映った。



「ま、待て! 何を言う!? 根拠はどこにある!?」


右から三番目の男が叫んだ。

ジャンヌは、感情を一切込めず、冷徹に命じた。



「ミゼラの報告は、論理的な真実です。彼らの存在理由は、ノクティス・ベイルの秩序と矛盾する」



ジャンヌの背後に控えていたテルネブラの精鋭魔族が、音もなく三人の官僚を取り押さえた。


「ざまあみろ、偽善者どもが!」


ジャンヌの護衛隊の一人が吐き捨てた。


「光の教義の汚職で我々を苦しめた貴様らが、闇の秩序で同じ手を打てるとでも思ったか!」



三人の官僚は、ミゼラの精神支配によって、自らが犯した全ての不正を大声で喚き始めた。隠蔽していた物資の横流し、帳簿の改ざん、魔族への不当な差別的な配給。彼らは、偽りの秩序の下で培った傲慢と不合理な欲望が、真の秩序の力によって白日の下に晒されるという、屈辱的な清算を味わった。




清算を終えた後、ジャンヌはミゼラを連れ、テルネブラの広場へと向かった。そこでは、亡命してきたばかりのアストリア難民が、新しい生活への不安を抱え、小さな精神的な歪みを生み出していた。



ミゼラは、広場の中央で、再び静かに魔力を放出した。しかし、今回は絶望の増幅ではない。彼女の力は、偽りの希望ではなく合理的な安心感を、人々の精神に静かに伝達した。



「ミゼラ……これは?」


ジャンヌが尋ねた。



「これは、秩序に則った私の役割。絶望を増幅させる代わりに、彼らの精神的な不純物、不安や猜疑心を吸い取り、合理的な安定へと導いている」


ミゼラは答えた。



「彼らは、秩序の下で働けば、確実に生存が保証されるという論理を、魂で理解し始めた」



ミゼラの働きにより、広場の不安は急速に沈静化し、難民たちは労働という合理的な役割を求め、それぞれの持ち場へと向かい始めた。





「人々の絶望を増幅するだけでなく、制限してコントロールすることも可能なのか……」


「全ての絶望は私の支配下にある」



ジャンヌは、ミゼラの力、そして十六夜の秩序の真の有効性を改めて実感した。闇の秩序は、武力や教義よりも、個人の精神の奥底にまで届く、最も強力で合理的な支配システムだったのである。







ーー次の晩、リミタージュの工業都市。




ハドソン、ジャンヌはミゼラの真紅の魔力に空を運ばれ、要塞のような工場の最上階に降りた。


「これはこれは。人生でこれほど長く空を飛ぶとは思わなかった」


「うまく闇に紛れた。ここからはどう進むか」


ミゼラが一人だけ浮いたまでハドソンに問いかけた。


「ここは研究棟で、より技術の高いものしかいません。まさかここまで飛んでこられるとは……すぐに向かいましょう」



不安そうな面持ちのハドソンへ、ジャンヌが声をかけた。


「ハドソン、空は怖かったか? 少し落ち着くといい。その協力者はどう説得する?」


ハドソンは何度か深呼吸をした。

流石に街一つ分の距離を飛ぶのはこたえたようだった。


「彼女も技術者、知識欲を刺激します」



ここを支配するのは、兵器製造を担う最高技術者たちの統括者、アルマだった。彼女は、かつてハドソンと共に研究に励んだ同僚であり、その技術力は世界最高峰にあった。


だが、彼らの仕事は、常にアストリアとの契約による不合理な制限に縛られていた。結界炉の出力は神への冒涜を理由に抑えられ、革新的な魔導システムは禁じられた力の流れとされて開発が停止されていた。


実験室の奥から、ガシャン! と重いスパナを置く音が響いた。 


「ったく、アストリアの注文はいつも矛盾だらけだね!」


姿を現したのは、少女ほどの体格、背丈しかない、小柄な女性だった。


しかし、その存在感は巨人のようだった。ドワーフ族特有の赤銅色の髪を太い三つ編みにし、オイルで黒く汚れた革のつなぎを纏っている。


彼女は、その愛らしい見た目とは裏腹に、自分の体重ほどもありそうな巨大な魔導工具を軽々と肩に担いでいた。

首から下げた分厚いゴーグルの奥にある、宝石のような翡翠色の瞳が鋭く射抜く。 



三人は実験室の開けっぱなしの扉の前に立った。


「アルマ、君か?」


「久しぶりだね、ハドソン。背ばっかり伸びて、少しはマシな知恵もついたのかい?」




彼女こそ、リミタージュの魔導工廠を統べる最高技術者、アルマだった。




アルマは、彼を最奥の実験室に招き入れた。


「ハドソン! 本当にノクティス・ベイルに行ったのか。お前を裏切り者だと罵る連中がいる中で、なぜまた戻ってきた!」


「アルマ。私は、君たちを偽りの光の制限から解放しに来たんだ」


ハドソンは、迷いなく言った。








ハドソンは、十六夜から与えられた秩序崩壊の共鳴装置の原理と、テルネブラの驚異的な発展を示すデータを提示した。



「この装置は、君たちが数十年かけて築いた仕事の、アリストリアの結界の構造を、論理的な不合理性に基づいて解体する。そして、このデータを見てくれ。ノクティス・ベイルは、君たちが神への冒涜として禁じられてきた永久機関に近いエネルギーシステムを構築し、全ての魔族と人間に公正な資源の分配を行っている」



アルマは、ハドソンの提示した絶対的な合理性を前に、打ちのめされた。


「私たちは、最高の知性を持つといいながら、不合理な教義によって、最も効率の悪い兵器を作り続けてきた。私たちの技術は、偽りの鎖に繋がれていた……」



その時、室外で待っていたジャンヌとミゼラが静かに実験室に入ってきた。


「ハドソン。このアルマという女の心には、嘘はない。彼女の魂は、真の技術の自由を求めている」



ミゼラは、アルマの魂に不合理な裏切りの兆候がないことを確認した。

ミゼラの言葉に、アルマは驚愕した。


「この女は……なぜ私の心の中がわかるというんだ? なんの道具を持っている?」


ジャンヌが前に出た。


「ミゼラは、闇の力の、絶望の魔王と呼ばれる力がある。私の魂の契約によって、精神的な無秩序の管理という役割を担っている。彼女は真実の探知機です。心中の闇に関与し、判別し、コントロールすらできる。アルマ。貴方の技術力は、ノクティス・ベイルの秩序にとって、不可欠だ」




ジャンヌは、アルマに十六夜の秩序契約の原理、そしてリミタージュの技術者たちに与えられる真の自由を提示した。




アルマは、ハドソンが求めてきた知性の解放と、十六夜の絶対的な合理性、そしてミゼラという真実の監視者という完璧なシステムに驚愕していた。




「ハドソン……私は、もう制限リミットの中で生きるのは嫌だ。私たちの全ての技術を、闇の王妃の秩序に捧げる! この街を解放してくれ!」


「よかった。君の話を聞けば、ここのものたちは皆我々と同じ王のもと、また仕事ができるな」



「では私とミゼラが、この街にいる光の使徒を排除してこよう」


その時、二人の背後からホヅミが現れた。闇の中から出てきたようだった。


「お待たせしました。現状のこの街の警備状況、その配置とスケジュールを取ってきました。すぐに動けます」



「そう。じゃああとは私のお楽しみの時間ね」


ミゼラは楽しそうにホヅミと一緒に闇に消えた。

ジャンヌが慌てて外へ出たが、そこにはもう二人の姿はなかった。


「しまった! 二人だけでいかれてしまった!」


「ホヅミ殿がいればミゼラ様も大暴れはしないでしょう。それに……」


ハドソンがジャンヌを励ました。そしてアルマと共に動き出す。


「さて、我々はここの技術者の方なんとかしましょう」




三人はまず研究棟にあるものたちを集め、闇の力と光の偽りの支配についてを布教していく。


そして少しずつ理解者を増やし、全ての技術者たちが話を聞くまで、三日はかからなかった。


その頃には光の使者たちは闇に呑まれ、姿を見ることもなくなった。



リミタージュの技術者たちは、ハドソンとアルマの統率の下、即座に秩序崩壊の共鳴装置の改良に取り掛かった。


数日後。テルネブラの技術室で、共鳴装置は計画を遥かに超える、絶対的な出力に達していた。





「完成です、陛下」


ハドソンは、誇りをもって報告した。


「リミタージュの技術は、我々の装置を、封印を破壊する、究極の兵器へと昇華させました」



十六夜は、魔導盤に映し出された封印の共鳴による結界を見据えた。結界は、もう武力で破る必要はない。知恵と合理性が、それを内部から崩壊させる。


「これで、結界内部への行進に確実性が加わった。残る二柱、ヴォルグとルーナリアの封印も、共鳴と共に連鎖的に解放されるでしょう」



十六夜は、闇の王・黒曜に視線を送った。


「黒曜。リミタージュの知性は、私たちの秩序に組み込まれました。次なる標的は、偽りの光の総本山です」



闇の王は、静かに頷いた。いよいよ、世界のことわりを書き換えるための、最終決戦が始まろうとしていた。




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