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第十八話 支配の魔王ノクティスと絶望の魔王ミゼラ



闇の王・黒曜の玉座の間、静かな緊張感が漂っていた。



扉が開き、ジャンヌが、その隣に立つミゼラを伴って入室した。


ミゼラは、封印されていた時とは比べ物にならないほど穏やかな表情をしているが、その全身から発せられる悲嘆の魔力は、玉座の間を満たす闇の魔力と静かに共鳴していた。



「闇の王、王妃陛下。ご命令の通り、悲嘆の魔王ミゼラを、私との魂の契約の下、同盟者として連れて参りました」


ジャンヌは、冷静かつ誇りをもって報告した。


「よくやったわ、ジャンヌ」


十六夜は静かに微笑んだ。


「貴方の意志が、私の論理の有効性を証明しました」


黒曜は、ミゼラとその魔力に一瞥をくれた後、十六夜に全てを委ねた。


「その契約の効力は、女王が保証する。その力を、世界秩序のために使いこなせ、ミゼラ」


「巻物が消えたとしても、魂に刻まれた術にはなんの問題ありません。あとは二人の契約の内容次第。それは私たちも同じ、誰にも干渉されない、壊せない。二人だけのもの」




十六夜は、ミゼラに視線を移した。

ミゼラは気にも止めず、その視線を受け流す。




ジャンヌがミゼラの前に一歩出た。


「私たちは友として、互いに対等な契約を結びました。今までよりもっと、お二人の力になれるでしょう」


ミゼラは興味なさそうに顔を背けると、体を浮かせ真紅の魔力で作った空中のカウチに横たわった。

そして変わらず会話にも何にも頓着せず、自由にひていた。



「ミゼラ。ジャンヌとの魂の契約により、貴方は今、私の秩序の強力な一部となった。精神支配の能力は、武力以上の価値を持つ」



ミゼラは、皮肉めいた笑みを浮かべた。



「ノクティス様ですね。お噂は昔のものしか存じ上げませんわ。とっても偉くなったんですね。私は、人間が嫌いですが、嘘がもっと嫌いです。気をつけることですね。一応あなたの部下として、世界を見物させてもらいましょう。私は人間の絶望、欺瞞、そして罪悪感を増幅させ、精神を崩壊させる。この力が、闇の秩序とやらにどう役立つというのか?」




「貴方の力は、精神的な無秩序を、最も効率的に排除する抑止力となるでしょう」


十六夜は淀みなく答えた。



「世界は今、私たちの宣戦布告により闇に統一されようとしている。しかし、闇の統一は、新たな絶望と不満を生む。貴方の役割は、その絶望が行動的な何かに発展する前に、それを管理することです」



控えていたカサネが補足する。


「具体的には、情報戦において、幻影や偽情報に対する真実の探知器となる。そして、支配地域での治安維持。貴方の能力は、論理的な裏切りや隠された不合理な感情を可視化させ、未然に排除するための、究極の監視システムとなるのです」




ミゼラは、自らの能力が感情的な破壊ではなく論理的な管理に組み込まれるという、その究極の合理性に、深い満足を覚えた。



「良いでしょう。私の力に、最も合理的な役割を与えてくれたことに感謝する、闇の王妃十六夜よ」




十六夜は、玉座の間の魔導盤に、巨大な世界地図を投影した。



「ハドソン、クロガネ。封印崩壊の共鳴装置の最終調整は?」



疲労困憊のハドソンが前に出た。


「陛下、共鳴装置の出力は計画に届きません。未だ不確かです。この装置は、信仰によって支えられた結界の探知を完璧に解析し、闇を共鳴させ崩壊させますがその出力が上がりきらず。全く足りません」



クロガネが続いた。


「完成すれば、闇の王陛下の行進と共に、装置を起動させます。結界が崩壊すれば、評議会は戦意を喪失します。武力衝突は最小限に抑えられるでしょう」


十六夜は、黒曜にあつい視線を送った。


「黒曜。ミゼラとジャンヌが、精神の秩序を確保しました。ハドソンとクロガネが、物理的な秩序を確保します」


「これが完成さえすれば、残りの二つの封印を共鳴させ崩壊させることができる。そうなればあとは総本山に攻め込むだけだ」


クロガネが頭を下げる。ハドソンと二人がかりでも、この装置の完成には時間がかかることは分かりきっていた。





「評議会のものたちが策を講じる前になんとかしたいものね」


クロガネが苦虫を噛み潰したような表情をする中、ハドソンが形容しがたい不細工な表情を作り、くちごもっていた。しばらく黙り込んでいたが、咳払いをひとつしたハドソンが、ようやく口を開いた。


「私のよく知るものに、良い技術を持ったものがあります。かつて光の奴隷だった頃の知り合いですが……」




「誰でしょうか! ぜひ呼びましょう!」


クロガネが飛びつくが、ハドソンはまた不細工な顔になった。


「それが……彼女は囚われていると言いますか……」


カサネが何かを察知して、十六夜の方を振り向いた。十六夜はふっと微笑むだけで、口は閉ざしたままだった。


「まさか、リミタージュですか?」


ハドソンは沈黙を返した。

十六夜は予想通りだという視線でカサネを見た。


「リミタージュ。大規模な兵器工場、そして光の兵器の最高技術者がいる場所。次はそこを叩きましょう」


十六夜が不敵に笑った。


「美しいな」


黒曜は十六夜の腰に腕を回し、そっと抱き寄せる。

「お前のその顔が一番綺麗だ」


「まあ、旦那様。ありがとうございます、また一歩、私たちの闇の支配が進むでしょう」


彼らの前進は、単なる軍事行動ではない。それは、絶対的な秩序と究極の合理性が、世界に新しいことわりを打ち立てるための、闇の国家としての大きな一撃となるだろう。







これは、ミゼラ古城でミゼラとジャンヌが出会うとほぼ同時刻の出来事……




聖典評議会直属の騎士団は、全身を光の魔力で強化された甲冑に包み、苛立ちを隠せずにいた。

古の封印の崩壊により、世界を闇から守る結界が不安定化。それにより、評議会はミゼラの封印が施された嘆きの古城の管理と、封印の増強のため増援を命じた。



「馬鹿げている! 魔族の王ごときに、これほど神経質になる必要はない!」


バルドゥス卿は吐き捨てた。


「我々、光の教義を信じる騎士団の力が、この程度の穢れた森に阻まれるはずがない!」



彼は、古城を囲む深淵の静寂の不吉な噂を完全に無視した。


騎士団は、光の教義の力を信奉し、魔力を一掃できると傲慢に宣言し、太古の森へと侵入を開始した。彼らの手には、ミゼラを再度鎖に繋ぐための、評議会が作った持てる限りの聖なる魔導具が握られていた。




しかし、森の奥深くに進むにつれ、騎士団は異変に気づき始めた。


「団長! おかしいです。コンパスが狂っています! 魔導地図も、我々の位置を正確に示しません!」


「落ち着け! 魔族の仕掛けた低級な幻術に過ぎん! 教義の光で魔力を一掃しろ!」

バルドゥス卿は怒鳴った。



騎士たちは、周囲の霧と樹木に、光の魔力を放出した。だが、それは濃密な森の魔力に吸収されるだけで、霧が一瞬薄れたかと思うと、さらに濃くなって戻ってくる。



そして彼らの前には、巨大な木の根に絡め取られた嘆きの古城の尖塔が、微かながら常に見える位置にあった。



「見ろ! 目の前なんだ! もう突撃せい!」


バルドゥス卿は興奮して叫んだ。


騎士たちは全力で古城へと駆けた。しかし、どれだけ進んでも、彼らと古城の間の距離は一向に縮まらない。一時間走り続けた末、彼らは自分たちが元の場所を周回していたことに気づいた。



シーダーのエルダー・ドリアードの能力による空間の歪みという名の、静かな嘲笑だった。




疲労と混乱が騎士団を襲う中、さらに陰湿な攻撃が始まった。



「ひぃっ……!」


一人の騎士が叫び、剣を振り回した。


「苔が! 苔が私を笑っている!」

騎士たちの目に映るのは、森の苔、木の葉、そして地面に生えたキノコが、まるで小さな顔のように歪み、彼らの信仰の弱さや隠された恐怖をささやいている幻影だった。それは、ミゼラの領域と共鳴した森の魔力が、騎士たちの精神的な不純物を増幅させている証拠だった。



バルドゥス卿もまた、幻影に苦しんだ。彼の耳には、自分の過去の小さな嘘や、手柄を横取りした時の罪悪感が、森全体からの裁きの囁きとして響いていた。


「黙れ! これは偽りだ! 聖騎士は、神の光に守られている!」


バルドゥス卿は聖印を掲げたが、その光は森の濃密な魔力の前では、懐中電灯ほどの力も発揮しなかった。

彼らは、武力で敵を破壊することしか知らない。


しかし、この森は、武力では攻撃できない自然の理と精神の揺らぎという、ノクティス・ベイルの戦術に似た知恵で彼らを翻弄していた。




結局、騎士団は古城に到達できないまま、食料と魔力を浪費し尽くし、精神的に追い詰められた。一滴の血も流さずに、彼らは撤退を余儀なくされた。



「撤退だ! 撤退する! この森は……呪われている!」


バルドゥス卿は、誇りを完全に打ち砕かれ、這うようにして深淵の静寂を後にした。


先にはいつまで経っても進めなかった森を出るのは一瞬だった。彼は最初から、森の中の古城へほとんど進めていなかったのだ。



彼らが森から這い出た数時間後、評議会からの報せが届いた。ミゼラの封印は解かれ、悲嘆の魔王は闇の王妃の勢力に加わった、と。



バルドゥス卿は、最後まで何に敗北したのか理解できなかった。




聖典評議会は、ミゼラの力という重要な資源を、無能な傲慢さと森の魔力、自然の秩序の前にあっさりと失ったのだった。



「くそっ! こうなったらもう一つの指示……最初の確保を急がねば……」


光の騎士団は素早く方向転化し、その姿はあっという間に消えた






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