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第十七話 絶望の魔女ミゼラの封印



一行はシーダーの案内で森を抜けると、だんだんと霧の深くなる道を進んでいった。


「ここです」


シーダーが示したミゼラの古城は屋根が落ち、壁が崩れ、城としての形をギリギリ保っている廃墟だった。門とは言えない崩れたなにか、その奥に大きな家のようなものが見える。そして各所には木の枝や蔦のようなものが絡みつき、それが城としての形状をなんとかもたせている様子が見てとれた。



「我々の力でなんとか入れるようには保っているのですが、お気をつけてください」


シーダーは注意を促しつつ先に進んだ。


外れて開きっぱなしの門扉を通ると、その敷地内には崩れた壁のかけらがあり、草が生い茂った不気味な場所だった。

進むにつれ霧が濃くなり、その先にあるだろう何かの概形が目視できるが、その全てを確認することはできなくなっていった。



ミゼラの古城は、一歩踏み入れた瞬間から、空気が重く、気分の悪い魔力が絡みつく異様な空間だった。


霧に覆われた城で、ジャンヌたちの精神は、ミゼラの領域の魔力に圧迫され、軋みを上げていた。



その霧の中から、巨大な影が姿を現した。

それは、樹皮と苔に覆われた、筋骨隆々とした人型。腕や脚は、捩じれた木の根で構成され、琥珀色の魔晶石の瞳がジャンヌたちを静かに見つめていた。


「これは……我らの仲間の姿か」


シーダーが苦しそうな声をあげた。

ミゼラの幻影は森の記憶と混ざりはじめていた。


「森の力と混ざり、その姿を模しているのでしょうか。この森の全ての力を取られてしまったら、私たちには勝ち目はないでしょう」


ハドソンが冷静に言った。

その手には魔力感知のレーダーが握られていたが、警告は鳴らず、ずっと異常と表示されている。



ジャンヌは皆にこれ以上進まないように指示を出した。


「封印の間に入らずとも、もう彼女の術中というわけか。シーダー殿、森の魔力はあなたにも扱えるのですか?」


「ええ。もとより我らの力です。なんとかしてみましょう」


シーダーは外套の裾をまくり、足の部分を土に突き刺し根を張った。


「私はここに残ります。あとは頼みます」


「助かります」



大きな木の魔物は動きをとめ、霧の中に霧散していった。それは霧による幻の姿。


ジャンヌはシーダーの護衛に部下を残し、ハドソンと二人で先に進んだ。








シーダーに聞いていた通り、城だった建物を真っ直ぐ進むと、地下に降りるための木の洞窟のような入り口が見えた。


「ここだな」

「ゆっくり行きましょう」


ハドソンは慣れない探索に満身創痍の状態だった。

ジャンヌの気遣いに感謝しながらも、知識欲に負け急ぎ足になる。


木の灯籠が自然と灯り、二人の行く先を示した。


「シーダー殿の力か……ありがたい」


二人が洞窟を下ろうとすると、途端に霧が深くなり、灯さえも僅かにしか見えなくなった。




「「静粛しじまを乱す者たちよ。我らは、悲嘆の魔王ミゼラと、この森のいにしえの理を見守る者。貴様らの目的は、秩序か、それとも支配か」」




霧の奥から聞こえた問いは、大地を振動させるほど重厚だった。


「あなたがミゼラか! 私たちは、支配を目的としていない!」


ジャンヌは、恐怖を押し殺し、明確に答えた。


「私たちは、闇との共存を目的としている。ミゼラ、あなたの力を、世界の秩序に組み込むために来た」


幻影の声が聞こえなくなり、そして幼い少女姿の幻が現れた。



ミゼラは、その言葉に興味を示したようだった。


「共存……。かつて私を封印した聖騎士イグニスは、秩序のためと偽り、信仰と支配を目的とした。彼は報復として私の呪いを受け、自己の絶望から目を背け最後に敗れた。貴様は、その人間と同じ過ちを繰り返すのか?」



ジャンヌは、彼女の魔力の支配、幻惑の試練を受け入れる覚悟を決めた。



「私の秩序は、欺瞞ではない。私たちの力は、真実の合理性に基づいている」




「進むといい。その心が私のものとなるのか、私が取り込まれるのか…楽しみだよ」



急に視界が開け、下り坂がはっきりと確認できた。


古城の最深部。ミゼラの精神領域は、鎖の軋む音が響き、絶望のささやきに満ちていた。




ジャンヌがその領域に足を踏み入れた瞬間、過去の恐怖が幻影となって彼女を襲った。




『テルネブラの民が皆餓死し、自分一人だけが生き残る未来』、



『指導者としての失敗』、


そして『絶滅の恐怖』。





ミゼラの声が、直接ジャンヌの頭の中に響く。


「無駄よ、ジャンヌ。あなたの心の闇が見えた。素敵な絶望ね。お前の民は、必ず飢え、死に絶える。絶望こそが、世界の唯一の真実だ」





一方ハドソンは、自らの「偽りの光の教義に人生を捧げた虚無」という絶望的な幻影に苦しみ、魔力の防御補助装置を起動させるのが精一杯だった。


「ハドソン! 気を確かに!」


ジャンヌは、幻影に怯える自分をも叱咤した。





ミゼラの魔力の支配が一瞬だけ緩んだ。


ジャンヌは、絶望に飲み込まれかけるが、その時、十六夜から学んだ冷徹な論理と、再生したテルネブラの民の笑顔を思い出した。



「違う! 絶望は、真実ではない! 絶望とは、行動を放棄することだ!」


ジャンヌは、十六夜の冷徹な知恵と、再生したテルネブラの民の笑顔を思い出し、恐怖をねじ伏せた。自らの絶望を冷静に分析し、それを力に変えたのだ。


「私は、もう絶滅を恐れない! 私たちには、絶望を超越する闇の秩序がある!」



ジャンヌの確固たる精神の秩序は、ミゼラの精神支配を打ち破った。



「あなたは、意志の力で私の絶望の精神支配を超えた。とても強い心を持つているのね」


ジャンヌとハドソンはいつの間にか洞窟から開けた空洞のような場所にいた。



「ここは? 一体いつの間に…」


ハドソンはまだ悪夢を見ているのか、頭を抱えていた。ジャンヌが辺りを見回すと、どこからか声がした。


「ここは封印の間だよ」


ミゼラは、静かにジャンヌを見つめた。


古城の最深部。ミゼラは、巨大な鎖に繋がれたまま、悲嘆に満ちた姿で封印されていた。彼女の周囲には、触れる者の最も深い絶望を増幅させるような深紅の魔力、それに生み出された禍々しい領域が展開されている。



「私はまた封じられるのかい?」



少し寂しそうな表情のミゼラは、ジャンヌのそばでうずくまっているハドソンを一瞥した。すると彼の体から真紅の魔力がふわっと浮き出ていった。


「ついでだ、解放してやろう。なんだか興醒めだね、まるで嘘がつけないような精神だね、お前は。そういう性分なのか。そして絶望を知りながらも、その先にずっと希望がある」



「希望、それはきっと黒曜様と十六夜様。私はあなたの封印を解きにきたのです。黒曜様と十六夜様の命令であなたを助けるために」


「黒曜……ノクティスか」



「黒曜様を十六夜様が解放し、そして夫婦となられた。私はその二人に仕えています。今回はあなたを助けるために私が来た。そしてシーダー殿、森の民があなたを守ってくれていた」


ジャンヌはミゼラの方へ歩み寄る。そして警戒しながらも、強い目で見つめた。



「あなたを苦しめるものは今もういません。そしてその鎖の封印を断ち切る術をここに持ってきました。これも全て十六夜様の技術。あなたも一緒に行きましょう、あの二人の行く先へ」


ミゼラは大きな息を吐き、そしてジャンヌを見据えた。


「私は、合理性を愛する。そして嘘を許さない」


「承知した。私は嘘をつかない。そしてその合理性を守ろう。この秩序を示す、絶対的な契約を結ぶ。魂の奥底で交わす契約を」





ジャンヌは、契約の言葉を宣言した。

すると十六夜に渡された術式の巻物が光輝いた。


「この契約は、あなたと私の魂の共鳴を基礎とします。あなたのその能力を私という手足に提供する。その代わり、私が全ての嘘をあなたと共に排除して、その合理性を守ると誓おう」


ミゼラは、その相互依存と絶対的な合理性に、深い満足を覚えた。



「よかろう、ジャンヌ。私は、あなたの合理性に賭ける。その魂に、私の絶望を預けよう。良き友となろうではないか」



そこには穏やかに微笑むミゼラの姿があった。




「この契約を裏切るその瞬間、この契約はあなた、あるいは私の魂を崩壊させる。合理性のみが支配する」




ミゼラが同意すると、ジャンヌの印章から放たれた魔力が、ミゼラとジャンヌの魂に契約の印を刻み込んだ。二人の魂は、十六夜の絶対的な秩序を前提とした、強固な共鳴で結ばれた。



ジャンヌは、最初の強大な魔王との魂の契約を締結。ミゼラは、闇の秩序の下で精神の秩序維持という新たな役割を得て、テルネブラへそしてノクティスベイルに迎え入れらることになる。



ミゼラを縛っていた鎖が崩壊していく。


ようやく動き出したハドソンが安堵のため息をついていた。



ジャンヌはじっとミゼラを見つめていた。

彼女の周りに漂っていた真紅の魔力が彼女の中に収束していく。


ミゼラはゆっくりとジャンヌに近づいていき、その片手を差し出した。


「よろしく、ジャンヌ」

「ミゼラ、あなたの絶望を共に歩もう」


二人は優しく手を取り合った。






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