第十話 断罪の時
闇の王宮へ向かう前。
二人は寝室で横になりながら、穏やかに会話を楽しんでいた。
十六夜は隣にいる黒曜の手に自らの手を重ねた。
「旦那様。今、帝都に残されている伝承は
ー世界が闇に包まれ、闇の鬼神が暴れたため、王のはじまりである光の始祖が血の契約で封印したー
という、表面的なものです」
十六夜は、黒曜の瞳を覗き込んだ。
その瞳には、彼が長年背負ってきた時間の重みが映っている。
「しかし、私が見つけ出した真実と、あなたと共有した記憶、カサネが解析した情報は違います。闇の王は、あなたは暴れたわけではない。あなたは、古の帝都の闇の部分、負の感情や怪異を、外の世界へ逃がすという、『世界の排泄器官』の役割を担っておられた」
黒曜は、その通りだと静かに頷いた。
「そうだ。人間は『光』と呼ぶ表側の平和だけを望むが、その平和の裏側で生まれる『無秩序な怨嗟や殺意』を捨てる場所が必要だった。それが、この帝都の『闇』だ。そして魔族はそれの闇を力として使い、それでも使いきれない闇がモンスターとなって出現してしまう。そんな世だった。私はその闇から生まれ、全ての流れを背負う、管理者だった」
「ええ。ですが、光の始祖は、あなたの力が強大になりすぎたことを恐れた。始祖は、あなたという闇を排除すれば、永遠の光の平和が訪れるという、あまりにも傲慢な結論に至った」
十六夜の言葉には、過去の愚かさに対する冷徹な怒りが滲む。
「だから、あなたを鬼神と偽り、闇を一切認めないという、歪んだ古の契約で鎖に繋いだ。結果、この帝都の負の感情は、闇の力は捌ける場所を失い、地下で澱み、怪異となって爆発寸前になっていた。これが、聖女の浄化では解決できなかった、真の無秩序ですわ」
黒曜は、十六夜の手を強く握った。
「お前は、そのすべてを理解し、私を闇の秩序として解放した。そして今、お前は、私の力を利用するのではなく、私の過去を乗り越え、共に未来を築こうとしている」
「もちろんです、旦那様。私たちは、闇は排除されるべきではない、闇と光は常にあり、どちらかでは破滅をもたらすという、真の共存の原則を、あなたを鎖に繋いだ古の契約に、上書きしなければなりません」
「そうだな。光の力はもとは闇より出たもの。世界のはじまりは闇だった。そのことも知らせないとならないだろうな。共にある状態が自然であることを、歪めることを是としてはならぬ」
「ええ。その古の契約を壊すのではなく、私たちの愛と知性で、永遠の『共存の誓約』へと変える。それが、この帝都を真の平和へと導く、唯一の道ですわ」
二人の視線は、お互いを優しく見つめ、最後の戦いに向けて眠りについた。
朝を迎えると黒曜と十六夜は、玉座の間へ向かった。
闇のゲートを潜ると、旧王宮は、すでにクロガネの魔導技術と黒曜に与えられた魔力によって、黒曜石の鋭い紋様が壁一面を覆う魔王の城、闇のダンジョンへと変貌していた。
玉座の間の中央、かつて皇帝が座した場所に、十六夜と黒曜は並び立つ。
その足元には、カサネ、クロガネ、ホヅミが整列した。
「さて、仕上げだな」
「ええ、待ちましょう。クライマックスを」
場所は、闇の王宮の地下深く、光の一筋も入らない厳重な牢獄。白百合は、屈辱と憎悪に身を震わせながら、皇帝と皇后から渡された赤紫色のポーションを強く握りしめていた。
「これさえ飲めば……私の光が、真実を証明できる……」
彼女は、皇帝に言われた通り、この薬を飲んで魔力を高め、始祖の遺産を探し出すつもりでいた。
その時、牢獄の扉が軋む音を立てて開いた。現れたのは、元皇子エドワード。
元皇帝たちの通った道を彼は見つけて独自に動いていたのだ。
かつての威勢を失い、顔は青ざめているが、まだ自分を王族だと信じている愚かな姿だった。
「白百合! ようやく会えた!」
「エドワード様! どうしてここに!? 助けに来てくださったのですね!」
白百合は希望の光を見た。
しかし、エドワードは一歩も近づかず、嘲笑を浮かべた。
「助け? まさか。この期に及んで、誰がお前という疫病神を助けるか。それに、ここに来るために、私に協力した最後の側近たちも、もうすぐホヅミの餌になるだろう」
白百合の顔から血の気が引いた。
「何を……?」
エドワードは、彼女が手に握るポーションを指差した。
「それ、飲もうとしていただろう? 父上と母上から渡されたという、力を高める秘薬を」
白百合握りしめていたポーションを見る。
エドワードは楽しそうに笑った。
「残念だったな、白百合。それは秘薬なんかじゃない。あれは、元々王族を裏切った貴族を始末するために用意されていた劇薬だ」
「な……劇薬?」
「そうだ。飲んだ瞬間、体内に残る魔力を全て、強制的に、瞬間的に、外部へ放出させる。そして、魔力が尽きると同時に、心臓が止まる。帝都中に、お前の光を最後の爆発として見せつけ、十六夜への復讐を試みているように見せかけるための、最高の薬だよ」
白百合はポーションを握りしめた手が震えるのを感じた。
「嘘……嘘よ! 皇帝陛下が、私に復讐の機会をくださったのに!」
「復讐だと? フン。あの二人は、お前が十六夜に全てを白状して、古の契約の真実を漏らすことを恐れたのさ。だから、お前を英雄的な最期に見せかけて始末する。お前が最後に大騒ぎを起こしてくれれば、その隙に自分たちは遺産を確保できる。お前は、父上たちの最後の雑用であり、捨て駒なのさ」
白百合は絶望の叫びを上げた。その声は、分厚い地下牢の壁に吸い込まれて消える。
「あ……あああああ! 私は……利用された……! 私は、正義の光の聖女なのに!?」
エドワードは、最後の侮辱を吐き捨てた。
「安心しろ。お前だけでなく、私も、もうすぐ父上たちに邪魔な駒として処分されるだろう。まあせいぜい、お前も後わずかな命を味わうんだな!」
彼は、来た方とは逆へ踵を返して去っていった。
「外にいてもどうせ父上たちに利用されるだけだ。俺は十六夜と話をするんだ! あいつは俺と結婚したくてしょうがなかったんだ。今からその願いを叶えてやる!」
白百合は、絶望と憎悪と、自らの愚かさで全身が麻痺した状態で、牢獄に一人残された。彼女が信じた光の王族は、最後まで彼女を道具として使い捨てた。
「このままここで死ぬのを待つの?」
彼女に残された選択肢は死か、それともこの絶望的な状況で、次に助けが来るのを待つか。
「私は……私は、悪の女王を倒すための、道具でさえなかったというの……?」
ポーションを飲めば私は彼らの望み通り、十六夜への復讐を試みた偽りの聖女として死ぬ。そして、私の死は、彼らの逃亡の隙を作るための、最後の道具になる。
白百合はポーションを投げ捨てる。
地面に叩きつけられ、それは飛び散った。
近くにいたネズミが舐めにきて、口に含んだ瞬間硬直し泡を吹いた。
「何よこれ!」
ネズミは痙攣し始めたかと思うと、わずかな魔力があったのか発光し爆発した。
べちゃりと、白百合の服にはネズミだったものが飛び散った。
「いやあああ!!」
白百合はそのまま錯乱し、泣き叫んだ。
その時、白百合の牢獄の中、闇の中から何かが出てきた。
ホヅミでも、王族でもない。そこに立っていたのは、漆黒のドレスを纏った、闇の王妃・十六夜その人だった。
「お久しぶりですわね、白百合。ずいぶんと見窄らしい姿ですこと」
白百合は、憎悪と恐怖で立ち上がれなかった。彼女が最も嫌悪し、最も恐れる存在。
「十六夜……! なぜ、あなたが……!?」
「なぜ、ですって? あなたが信じた者たちは、あなたを口封じの爆弾として利用したいそうですから。その真実を、あなたに可視化して見せるのも、私からのプレゼントですもの」
十六夜は、白百合の足元に転がったポーションの破片を一瞥した。
「もう見たのですね。あなたの未来を。ですがあなたには、まだ選択の権利が残されています。私の秩序の元で、死ぬか。それとも、生きるか、です」
白百合は、激しい憎悪を込めて叫んだ。
「死なないわ! 私は、あなたの道具にも、彼らの爆弾にもならない! 殺されるなら、あいつらのためにはならない! ここであなたに殺されればいい! でも…私は、もう何にもかにも嫌よ。誰にも会いたくない!」
彼女は、握りしめていた残りの魔力と、わずかな希望を、全て投げ捨てた。
「お願い……! 誰にも会わない、誰の道具にもならない、殺されない場所に、私を連れていって! 誰も私を蔑まない、罵倒しない、騙さない、私の知らない場所へ!」
それは、偽りの光を捨て、無価値な生を望む、聖女の最後の願いだった。
十六夜は、その願いを冷徹に受け止めた。
「いいでしょう。誰にも会わず、誰にも知られず、永遠に誰の道具にもならない場所。それは、私が管理する場所でなくては、実現しませんわね」
十六夜は、闇の王妃としての冷徹な慈悲を込めた判決を下した。
「あなたは、この帝都の地下、最も闇に閉ざされた、現実には存在しない空間で生を全うしなさい。あなたは今後、そこで闇と光の結界の一部となります」
「もうなんでもいいわ、誰にも利用されずに、苦しまずに楽に過ごせるところに行きたい……」
十六夜は、そのまま闇に溶け込み牢獄を後にした。同じ闇から出てきたホヅミが、白百合を闇の奥深くへと連れ去っていく。
白百合は、誰にも会わず、誰にも知られず、自身が最も嫌悪した闇の力によって、永遠に無価値な生を与えられた。
彼女の耳に届くのは、外の世界で誰かが話す、遠い残響だけだった。
玉座に十六夜が戻ると、黒曜が抱きしめて自分の膝の上に座らせた。
間もなく、元皇帝と皇后が、興奮と焦燥に満ちた表情で部屋へ飛び込んできた。
彼らは、クロガネの仕掛けたギミックで光の糸を追いかけてきた。
ーーそう、白百合の光の痕跡と見間違えた軌跡、「始祖の遺産」が共鳴していると、それはこの場にあると信じ込んでいる。
「十六夜! 鬼神! ここで終わりだ!」
元皇帝は、光の道の先、部屋の中央に不自然にある金色の宝箱を見つける。急いでこじ開け、そこに入った秘宝の鍵を見つけた。
それは儀式的なアイテムに見えるように細工してある、ただの鍵だが、それを高々と掲げた。
「貴様たちの武力や内政など、『古の契約』の力の前では無意味! 我々こそが正統な血脈! この鍵で、闇の王を再び鎖に繋ぎ、お前たちを永遠の闇に封じる!」
元皇帝が偽物の秘宝に魔力を注ぎ込むと、玉座の間全体に、細工された装置が動き出す。
始祖が定めた闇を排除するための、王族のみが使える魔法、古の契約の魔力が満ちた。それは、黒曜の存在そのものを否定する、強力な新しい秩序となる。と思っているのだ。
そのはるか先、立ちはだかる三人のさらに奥にいる十六夜と黒曜に向けて鍵を向けた。
「ハハハ! 見ろ! 闇の王の力が弱まっていくだろう! これが、この帝国の伝統だ!」
黒曜の漆黒の洋装が、契約の光にわずかに揺らぐ。しかし、彼は十六夜の背を庇うように立ち、微動だにしなかった。
「ふむ。この程度、私と女王には及ばぬな」
十六夜は、冷徹に微笑んだ。
「残念でしたわ、皇帝陛下。あなたが今立っているこの玉座の間は、もはやただの空間ではありません。クロガネが仕込んだこの部屋の全ての魔導機構は、古の契約の魔力を吸い上げ、増幅し、発信者であるあなた自身にフィードバックさせるように設計変更されています」
皇帝の顔が、恐怖に引きつった。
「な、なんだと……?」
「あなたが掲げた秘宝の鍵は、偽物です。あなたの権威と血脈の魔力を増幅する装置ではありますが。それが今、あなた自身が守ってきた古の契約の暴力を倍にして、あなた自身に叩きつけているのです」
古の契約を結び直そうとした元皇帝の足元に魔法陣が現れるが、それは黒曜に弾かれそのまま元皇帝まで飛び戻る。
「や、やめろ! 我が魔力が……制御できん!」
玉座の間を満たした古の契約の魔力は、皇帝の体内で暴走を始めた。皇帝は絶叫し、その高貴なはずの肉体が、自らが縋った伝統という名の傲慢な力に耐えきれず、見る間に崩壊していく。
「馬鹿な……私の力が……」
皇后は、夫の崩壊に顔面蒼白になりながらも、最後の抵抗を試みた。
「十六夜! 貴様は卑怯者だ! だが、覚えておけ! 私たちの貴族の血脈は途絶えない! 必ずや、闇の秩序を乱す者が現れる!」
十六夜は、その哀れな叫びを一蹴した。
「あなたの血脈は、既に内政でその価値を失いました。カサネの暴いた汚職リストによって、彼らは社会的に抹殺されています。そして、ホヅミ」
治安維持の執行者ホヅミが前に出た。
「御意、女王陛下。秩序を乱す残滓は、私が確保いたします」
ホヅミは、崩壊した皇帝の傍らで、狂乱する皇后を無傷で拘束した。
そして元皇帝の使った魔法陣の方へ、投げる。
「最後までご一緒にどうぞ」
「ぐああ」
「なぜだ!」
二人の断末魔が響いた。
こうして、この帝国の伝統と、それを支えた傲慢な血脈は、完全に終焉を迎えた。
元皇帝、皇后の肉体は、自らが発動させた契約の力によって塵と化した。玉座の間には、皇帝の発動させた古の契約の魔力だけが、嵐のように渦巻いている。
それは、闇を永久に排除し、光のみで統治するという、帝国の歴史そのものが持つ、強烈な呪縛だった。
黒曜は、その契約の奔流を一身に受け止めていた。鎖は消えても、その契約の根幹はまだ彼を捉えようとしている。
「この契約の根幹は、光と闇の分離だ、女王。私の力が強ければ、契約の魔力も強まる。お前はそれをどう終わらせる?」
黒曜の声は、契約の圧力でわずかに低く響いた。
十六夜は、一歩も引かず、黒曜の傍らに進み出た。彼女の瞳は、恐れではなく、揺るぎない愛と知性で燃えている。
「終わらせる、わけではありませんわ、旦那様。私たちは、契約を上書きするのです」
彼女は自身の心臓に手を置き、その魂に宿る人間社会の知性、統率力、そして黒曜への愛のすべてを思い浮かべる。
「闇は排除されるべきではない。闇は光の秩序をもたらす。光の平和は、闇の安定なしにありえない」
十六夜は、解放された自分の魂の魔力を、渦巻く古の契約の魔力と、黒曜の存在へと融合させる儀式を、その場で行った。
「あなたを『鬼神』と偽った、この愚かな『古の契約』を、闇の王と闇の王妃による、永遠の共存の誓約へと、私のもつ全ての知識と魂をもって上書きします!」
十六夜は黒曜の手をとり、その力を借り、城全体を使って構築した魔法陣を起動させた。
そこには先ほどまで吸い込んだ、王族の力、闇に消えた白百合の力、全てが混ざり込んでいく。
二人の魔力と魔法陣の力が融合した瞬間、嵐のように荒れ狂っていた古の契約の魔力は、静寂の波へと変わった。その波は、玉座の間全体を包み込み、黒曜の存在を否定していた呪縛を、肯定の絆へと変えた。
黒曜の周囲を覆っていた過去の鎖の幻影は、完全に霧散した。彼は、真に解放されたのだ。
「ああ……」
黒曜は、十六夜を抱き寄せた。
それは、支配でも依存でもない、対等な共存の抱擁。二人の魂の深くに、闇と光の共存を核とした、新しい「永遠の誓約」が刻み込まれた。
「成功しましたわ、旦那様。あなたはもう、鎖に囚われてなどいません。私たちは、二人で一つです。二人で世界の礎となりましょう」
古の契約の魔力は、十六夜の知性と愛によって共存の誓約へと昇華し、玉座の間は、深遠な静寂と、新たな秩序の魔力に満たされていた。
黒曜は、抱きしめていた十六夜をゆっくりと解放し立ち上がると、自身がいた玉座へと座らせた。
その瞳には、彼女への深い敬愛が満ちている。彼は、自らの魔力で創り出した、月光を閉じ込めたかのような漆黒の冠を、十六夜の頭上に捧げた。
「私の女王、十六夜よ。お前は、この世界に蔓延る最も古く、最も根深い呪いを、知性によって断ち切った。お前こそが、真にこの帝都と私を統べる秩序の源である」
黒曜は、その冠を、十六夜の頭に静かに戴せた。
「闇の王の妃として、永遠に私と共に、この世界を統べようではないか」
闇の王妃の冠を戴いた十六夜は、黒曜の隣へ、堂々と並び立った。その瞬間、玉座の間の照明が一斉に灯り、部屋の壁に施された黒曜石の紋様が輝きを放った。
十六夜は、闇の王妃として、帝都全土へ向けて、その声を響かせた。この声は、カサネの情報網とクロガネの技術によって、全市民、そして国外の指導者の元へと瞬時に届く。
「聞きなさい。闇の王と私、闇の王妃は、ここに宣言する」
彼女の声は、冷徹でありながら、揺るぎない確信に満ちていた。
「ここに、闇と光が真に共存する、新たな帝都が建国された。旧王政は結末をむかえた。もはや、光の権威を騙る者による愚かな支配は存在しない。闇は排除されるべきものではなく、正しい秩序をもたらす、不可欠な柱である」
「旧王族の伝統は、その傲慢と愚かさによって終焉を迎えた。これより、帝都は真の闇の下で統治される。人、そして魔族。すべてが、この新しい秩序の元で、公平に、そして等しく生きる権利を持つ」
玉座に並び立つ闇の王と王妃の姿は、帝都全土の映像に映し出された。市民たちは、彼らがもたらした安寧と恵みを思い出し、歓喜ではなく、深い畏敬と忠誠の念をもって、ひれ伏した。
闇の王の支配は、ついに絶対的な秩序と平和として確立されたのだ。
闇の王妃・十六夜が新時代の宣言を終え、玉座の間に完全な静寂が戻った。
闇の王・黒曜は隣で、満足げにその光景を見守っている。
十六夜は、カサネに命じて、一人の男を玉座の間に引き立てさせた。
それは、怯えきった表情の元皇子エドワードだった。彼は逃亡を試みたが、カサネの情報網とホヅミの拘束によって、すでに魂を砕かれていた。
「エドワード。もう声が出せるようにしました。どうでした? 貴方はの両親の最後は。かつてこの場所で、私の権威を侮辱し、国を欺き、多くの血を流そうと画策した、素敵な思い出となりましたか?」
十六夜の声は冷たく、玉座の間に響き渡る。
「貴方の罪は愚かさと傲慢な虚栄心です。命を奪うことは、私の秩序には不釣り合い。貴方に相応しい罰は、貴方が最も愛した嘘で、貴方が最も嫌った秩序を永遠に証明し続けることです」
エドワードは顔面蒼白になった。
「ふざけるな! 私は王族だ! 殺すなら殺せ!」
「残念ですわ。貴方はもう、王族ではありません。貴方は、私の道具として、新たな役割を担っていただきます」
十六夜は、クロガネに合図を送った。
クロガネが前に出ると、エドワードの頭上に、白百合の浄化魔力の残滓と、クロガネの魔導技術を融合させた光の装置が設置された。
それはガラスの大きなランタンのようで、エドワードの頭ほどの大きな球体がついていた。
「これは、偽りの聖女の力を、我が闇の秩序に組み込む装置。貴方の愚かさと虚栄心が、どうなるか、楽しみです」
球体が発行していき、大きくなり、その光がエドワードを包み込む。彼の体格や声はほとんど変わらないが、その容姿は恐ろしいほどに変わっていく。そうそれは「聖女・白百合」の姿と酷似した容姿へと変貌した。
「あ…ああああああああ!」
エドワードは絶叫した。
容姿の変貌は莫大な苦痛を伴った。
「さあ、その姿よくご覧なさい」
十六夜が手を振ると、闇から大きな姿見が出現した。
痛みでまだうまく瞼があいていないが、すぐ近くにある鏡ではしっかりとその姿が見えたようだ。
「……なんだ、これは?」
エドワードは己の姿が、すでに別人になったのだと理解できずにいた。憎悪した女の姿にされる、それは彼の誇りに対する究極の侮辱だった。
十六夜は、玉座から判決を下した。
「これより、貴方は愚かな光の聖女として、帝都全土を回りなさい。そして、私たちが闇の力で整備したインフラや衛生活動に参加し、市民の目の前で懺悔と共に奉仕するのです」
十六夜がカサネを一瞥すると、カサネは一礼をして闇に溶け込む。その姿をエドワードの近くに出現させた。
「貴方の仕事は、『闇こそが真の恵み』であったことを、貴方が最も愛した白百合の姿を用いて、永遠に説き続けることです」
カサネは丸い拳代の漆黒の魔石を取り出し、そこに組み込まれた魔法を起動させた。
魔法陣が浮かびエドワードに向かっていくと、全身を漆黒の闇で包んだ。
闇から出てきたエドワードは、偽りの聖女の姿で、屈辱に打ち震えながら地にひれ伏した。
「私の命は、貴方に捧げます! だから…この姿だけは…!」
その声はもうエドワードのものではなく、白百合の声そのものだった。
ハッとして、喉元を触るが、どんなに声を出してもその声は白百合のものだ。
「拒否権はございませんわ。貴方が最も嫌う奉仕と、最も愛する嘘が組み合わさった、完璧な永遠の贖罪です」
十六夜は、満足げに玉座に寄りかかった。彼女の判決は、命を奪うよりも遥かに重い、精神を永久に支配する究極の『ざまぁ』だった。
「今の魔法で、あなたは嘘がつけなくなりました。この世界でただひとりの、私の捨て駒として各地を歩き、真実のみを話して旅をするのです」
「そんな……」
まるで少女のように泣く白百合は、もう十六夜に縋ることはなかった。
「さあ、城の外へ出して差し上げて」
「御意」
カサネは白百合の手を掴むと、そのまま闇に溶け込み、次の瞬間には街中にいた。
「さあご覧あれ! 聖女様が贖罪の旅に出かけます! どんな人々のお願いも叶えてくれるそうですよ! あ、魔法は使えませんので優しくしてあげてくださいね」
カサネはそう言ってすぐに闇に消えた。
聖女が来たと聞こえた人々が集まってくる。
その視線は侮蔑、嫌悪、そしてそんな声だけだった。
闇の秩序のもとで、白百合に暴行を加えるものこそいないがそれでもそこには闇の力がうまれてしまうほどの強い憎しみがあった。
「違う! 私は白百合なんかじゃない!」
走って逃げ出す聖女はついに狂ってしまったようだ。
人々はもう彼女を助けようとはしない。かつては聖女だったはずの女にはもう威厳も尊敬もなかった。
闇の王の玉座の間で、黒曜と十六夜は、二人で一つの玉座に寄り添い、新しく生まれた帝都の景色を眺めた。
「終わりましたわね、旦那様。私たちの、最初の戦いは」
「ああ、お前が見事に勝利した。お前の望み通り、この帝都は絶対の安定を得た」
黒曜は、十六夜の頬に優しく触れた。
「だが、女王。お前の知性は、ここで止まらない。この帝都の外には、まだ闇を恐れ、光を偽る愚かな国々が多数残っている」
十六夜は、王妃の冠を輝かせながら微笑んだ。
「ええ。私たちの世界はどのように迎え入れるのか。それは、また次の物語ですわ」




