第6話 封印の聖獣と、“間違いの継承者”
夜明け前。
王都の北方にある古代遺跡で、異様な魔力が観測された。
「……これが“封印の柱”か」
俺は岩壁の前に立ち、掌を当てた。
黒い鎖が何重にも絡みつき、その中心に眠る巨大な影。
アビスが低く唸る。
「古の聖獣。かつて神に逆らった存在です」
「なぜ封印が、今になって解けかけてる?」
セリアが答えた。
「先の戦で、あなたの“統合支配”がこの地にも影響したのでしょう。
魔物たちの共鳴が、封印の術式を“上書き”してしまったのです」
「……また“間違えた”ってことか」
俺は苦笑した。
突如、遺跡全体が震えた。
亀裂から、淡い青光があふれ出す。
「主殿、封印が――!」
アビスの警告と同時に、轟音が響いた。
崩れ落ちる石柱の中から、黒い翼を持つ獣が姿を現す。
空気が焼ける。
それは神々の時代から封じられた“聖と魔の境界”そのものだった。
〈誰が……我を起こした〉
意識に直接響く声。
膝をつく兵士たち。
セリアの魔法防壁が一瞬で砕ける。
俺は前へ出た。
「……悪い。起こすつもりはなかった」
〈愚かなる人よ。かつての神々も、同じことを言った〉
バルバロスの眼が、俺の背の紋章に宿る黒光を見つめる。
〈その印……“共鳴者”か。では問おう、なぜ魔と心を交わす〉
「それが、間違いだからさ」
空気が止まった。
巨大な翼が一瞬だけ揺れ、周囲の魔力が鎮まる。
「俺は命令を“間違えて”ここまで来た。
でも、その間違いが――誰かを救った」
〈救い?〉
「魔物も人も関係ねえ。苦しんでるなら助ける。
“間違いの理由”なんて、それで十分だ」
沈黙。
やがて聖獣はゆっくりと首を垂れた。
〈……面白い。ならば我も、その“間違い”に賭けよう〉
眩い光が広がり、紋章が変化する。
――【進化スキル:継承共鳴】
“他者の心を媒介に、力と記憶を継承する”
アビスが息を呑む。
「主殿……バルバロスの力を……!」
光が収まると、聖獣の姿は消えていた。
代わりに、空に白い羽根が一枚、舞っていた。
セリアがそれを受け止める。
「……封印獣はあなたに力を託したのですね」
「ああ。間違いを、引き継がれた」
彼女が微笑んだ。
「なら、それはもう“間違い”ではありません。
誰かが信じた時点で、それは選択になります」
俺は笑って答えた。
「選択か……俺にはまだ、難しい言葉だ」
「いつか、わたしが教えます」
その瞬間、光が差した。
夜明けの太陽が、王都と遺跡を一度に照らす。
帰り道、風に揺れる白い羽根が俺の手に落ちた。
バルバロスの声が遠くで囁く。
〈“間違い”を恐れるな。その愚かさが、世界を動かす〉
俺は空を見上げ、笑った。
「それなら、もう一度くらい間違えてもいいか」




