第5話 国王の逆鱗と、真の“使い方”
「婚約、だと……?」
玉座の間に響く国王の怒声。
重厚な扉の前で、俺は静かに立っていた。
隣には、セリア王女。
彼女の白金の髪が、光を反射して凛と揺れる。
「はい、父上。すでに王国全土へ布告済みです」
「何を勝手なことを!」
国王の拳が玉座の肘掛を叩いた。
「よりにもよって、“追放された下級職”などと……!」
ざわめく宰相たち。
俺を睨む視線には、恐怖と軽蔑と――ほんの少しの羨望。
俺は一歩、前に出た。
「……王女殿下の婚約者としてお許しを頂くつもりはありません」
「ほう?」
「俺はただ、王都を守っただけだ。称号も地位も要りません」
その瞬間、国王の表情が変わった。
怒りから――警戒へ。
「……ほう、謙虚なふりか。だが貴様の存在は危険だ。
魔物を従える力など、誰が制御できる?」
背後でアビスが低く唸る。
「制御、ではありません。主殿と我々は“共鳴”しています」
「黙れ、魔物が人の前で口を開くな!」
雷鳴のような怒声。
その瞬間――
俺の中で、何かが弾けた。
〈スキル:魔物使い〉が再び光を放つ。
新たな文字列が脳裏に刻まれる。
――【進化スキル:統合支配】
“感情を共有した存在を、単一意思体として制御可能”
「……なるほど。使い方を、間違えろってことか」
アビスが苦笑する。
「主殿、まさか……」
「ああ。制御じゃない。融合だ」
黒い光が俺の腕に走り、アビスの影と重なった。
王の間の空気が揺れる。
次の瞬間、俺の背に黒狼の紋様が浮かび上がった。
「やめろ! 何をする気だ!」
国王の声を無視し、俺は一言だけ告げた。
「“王都を守れ”――ただ、それだけだ」
床から、壁から、天井から、魔物たちの影が溢れ出す。
巨大な蛇が柱を巻き、炎の鳥が天井を貫いた。
だが誰も襲わない。
すべての魔物が――外へ向かう。
「な、なんだこれは……!」
宰相が悲鳴を上げる。
窓の外、黒煙のような軍勢が、北門に押し寄せる魔族の残党を一掃していく。
アビスの声が頭の中に響く。
〈これが“統合支配”。あなたが感じる願いを、全員が共有しています〉
俺は微笑んだ。
「つまり、“間違い”が正しいときもあるってことだな」
静寂。
王都の外から吹く風だけが、玉座の間を撫でた。
国王は呆然と立ち尽くしている。
セリアが小さく息を吐き、俺の手を取った。
「……父上。彼の“間違い”こそ、この国を救いました」
国王はしばらく沈黙し、やがて笑った。
「……なるほど。愚か者の血は、王家にも流れていたか」
その笑いには、もう怒気はなかった。
「よかろう。神獣使いレオ・クロード。
貴様を――“魔獣統括官”に任ずる」
王女の瞳が潤む。
俺は小さく頷いた。
「了解しました。……でも、やっぱり使い方は間違えるかもしれません」
「構わん」
国王の笑みが深くなる。
「間違いで国を救える者など、そう多くはない」
夜。
城壁の上で、アビスと星を眺める。
「主殿、これで本当に“正しい使い方”を見つけたのですね」
「さあな。正しいかどうかなんて、誰が決めるんだ」
風が吹く。
月の光が、王都の塔を白く照らす。
「ただ――間違い続けて、たどり着いた答えなら、
それはきっと、正解なんだろう」
アビスが静かに笑い、
その声が風に溶けた。




