第4話 勇者が“許しを乞う”日
戦いの翌朝、王都の中央広場には、
信じられないほどの人が集まっていた。
民も、兵士も、魔物までもが膝をつく。
その中央に立つのは、俺――追放された元魔物使い、レオ・クロード。
……いや、今は“神獣使い様”と呼ばれているらしい。
勘弁してくれ。
「レオ様! 王女殿下がお呼びです!」
振り返ると、白金の髪をなびかせたセリア王女がいた。
昨日と違い、軍装をまとい、胸には王国の紋章。
彼女は真っすぐ俺を見つめ、広場に響く声で言った。
「――この戦の英雄、レオ・クロードに感謝を!」
歓声があがる。
人間も、魔物も、一緒に。
俺は軽く手を挙げて応えた。
……いや、本当にただ“命令を間違えただけ”なのに。
そのときだった。
人混みの向こうから、ボロボロの勇者一行が現れた。
先頭に立つのは、あの男――レオンハルト。
「レオ……」
かすれた声。
昨日の俺を見て、顔が青ざめている。
「ま、まさか……お前が、あの魔物の群れを……?」
俺は淡々と答えた。
「間違って“守れ”って言ったら、勝手に動いた」
周囲がどっと笑う。
セリア王女でさえ口元を押さえて笑っていた。
勇者の顔がさらに引きつる。
「す、すまなかった! 俺が、お前を追放したせいで……!」
レオンハルトが膝をつく。
民衆がどよめく。
王国の勇者が、元・下級職に頭を下げたのだ。
俺はゆっくり首を横に振った。
「謝る必要はない。お前たちが“間違えた”おかげで、
俺は本当の使い方を見つけた」
沈黙。
その一言で、空気が変わった。
民衆の視線が、勇者ではなく、俺に向く。
まるで“王”を見るように。
セリア王女が一歩前に出た。
「レオ・クロード。――あなたを、王国の守護者に任じます」
「……守護者?」
「はい。そしてもう一つ」
王女が小さく息を吸い、言い放った。
「わたくし、セリア・アストレアは――
この方との婚約をここに宣言いたします!」
広場が爆ぜた。
歓声と悲鳴と、祝福の嵐。
勇者の顔が真っ白に凍る。
「お、おい待て、セリア殿下!? そいつは……!」
「静粛に」
王女の声が響いた。
「彼は“魔物を従えた”のではなく、“心を通わせた”。
この国が失っていたものを取り戻したのです」
レオンハルトは何も言えず、拳を握る。
俺は小さく肩をすくめた。
「悪いな、勇者。今度は俺が“守る側”なんだ」
その言葉に、アビスが笑う。
「主殿。あなたの“間違い”、本当に恐ろしいですね」
「お互い様だ」
夕暮れ。
王都の鐘が鳴る中、セリアがそっと俺の隣に立った。
「本当に、婚約してもよろしかったのですか?」
「え?」
「あなたが断る前に、先に公表してしまいましたから」
「……策略家だな」
彼女は微笑んで答えた。
「あなたの“間違い”が、わたしの“選択”になっただけです」
その瞬間、俺は思った。
――この国はもう、過去のルールでは測れない。
「……なら、次の間違いも、派手にいこう」
アビスが遠くで吠え、空に月が昇った。




