第1話 追放された俺、命令を“間違えた”だけなのに――
「――お前の魔物は、何の役にも立たない」
勇者レオンハルトが吐き捨てるように言った。
仲間たちは誰も反論しない。
俺――レオ・クロードは、パーティ唯一の〈魔物使い〉だが、召喚した黒狼〈アビス〉は命令を無視し、暴れまわるだけの厄介者。
「もう二度と、俺たちの足を引っ張るな」
そう言われた瞬間、背中にあった勇者の紋章が光り、パーティ契約が解除された。
追放――それだけで、俺の五年間が終わった。
……はずだった。
辺境の森。
鎖につながれた黒狼アビスが、俺を睨んで唸っていた。
――いや、違う。
こいつの瞳は、恐怖で震えている。
命令に従わないのは、反抗じゃなく“怯え”だ。
「もういい、戦わなくていい。……休め」
そう口にした瞬間、森が静まり返った。
アビスの黒い毛並みが淡く光り、荒れていた魔力が沈む。
金色の瞳が穏やかに細められ、巨大な頭が俺の手にすり寄った。
「……おい、嘘だろ」
ずっと暴走していた魔物が、俺の言葉で落ち着いた?
いや、“命令”じゃない。これは――“願い”だ。
〈スキル:魔物使い〉が反応した。
新たな文字が浮かび上がる。
――【特性発現:共鳴】
“魔物と感情を共有する”
「……使い方を、間違えてたのか」
三日後。
俺とアビスは、森の奥にある村を襲う暴走魔獣を倒していた。
村人たちは目を見開いて叫ぶ。
「な、なんだあの黒狼!?」
「暴走個体を、言葉ひとつで止めた……?」
俺は首を振った。
「止めたんじゃない。落ち着かせただけだ」
暴走した魔獣の額に手を当て、「もう怒るな」と囁くと――
まるで人のように涙を流してうずくまった。
――“間違った命令”が、唯一の正解だった。
その夜、村の広場。
火を囲んでいた老人が呟く。
「伝承にある、“心の声を聞く者”か……」
俺は笑った。
「心なんて聞いてない。ただ、言葉を変えただけです」
アビスが隣で眠る。
その毛並みを撫でながら、俺はつぶやいた。
「この力、もう“間違い”じゃないな」
その瞬間、遠く離れた王都では――。
勇者たちが討伐に失敗し、“あの魔物使いを呼び戻せ”という命令が出されていた。
だが俺はもう戻らない。
俺の居場所は、ここだ。
“間違い”が、俺の武器になったのだから。