悪の令嬢と婚約破棄したい(ガチ)
薄闇がかった大広間、シャンデリアの煌めきが、卒業を祝う着飾った男女を照らし出す。王立学園の卒業セレモニー、華やかな舞踏会の真っ只中。その中心で、唐突にそれは始まった。
「貴女の、彼女への度重なる仕打ち、許せそうにない! 婚約を解消したい!」
卒業生の一人、アレクサンドル第二王子が、平民の少女エマの肩を抱き寄せながら、婚約者である伯爵令嬢エリザベート・フォン・ローゼンクランツへと告げた。
アレクサンドルといえば、その美貌とは裏腹に、少々……いや、かなり頭の出来がよろしくないと評判である。周囲は、また始まった、とばかりに冷ややかな視線を向けた。平民の女にうつつを抜かすなど、王族にあるまじき愚行。誰もがそう思った。
だが、アレクサンドルは続ける。
「彼女の故郷である村を焼くように命じたな!」
ざわめきが広がる。村焼き? まさか、と誰もがエリザベートを見た。彼女は、陶器のように白い肌に、涼しげな目元が印象的な、息を呑むほどの美貌の持ち主である。そんな彼女が、村を焼くように命じた? まるで戦記に登場する悪役のようだ、と周囲はどよめいた。
「更には、彼女を陰でいたぶり続けた! 気まぐれに鞭打ち、複数の浮浪者を雇い……」
アレクサンドルは、そこで言葉を詰まらせた。さすがに、公衆の面前で口にするには憚られる内容だったのだろう。しかし、誰もがその続きを理解した。会場は、静寂に包まれた。
「妹君だけは生かしているそうだな! 人質に取られたエマは、逆らうこともできなかった!」
エリザベートの所業は、それだけに留まらなかった。エマには秘密の友人がいた。男爵令嬢クララ・フォン・ヴァイセンブルク。その友人は、辛いときに涙を拭ってくれる、唯一の心の支えだった。
「だが、ある日……その友人は裏切った! エマの贈り物である刺繍入りのハンカチを引き裂き、友情ごっこは全て嘘だと告げたのだ!」
絶望するエマ。しかし、悲劇は続く。クララの死。遺された遺書。そこには、エリザベートの恐るべき策略が記されていた。クララの恋人ハインリヒを人質に取り、裏切りを強要したのだと。そして、ハインリヒはクララの目の前で、エリザベートの配下に殺された。
遺書には、エマへの謝罪と、自ら命を絶つ旨が記されていた。ハインリヒは、表向きには事故死。クララの死は、それを苦にしたものだと片付けられた。
エマは、妹も助からないだろうと確信した。そして、くだらない嘘をいうなと殺されることも覚悟して、アレクサンドルに告発したのだ。
「そんな平民の小娘の言うことを信じるのですか?」
氷のような声で言い放ったエリザベート。
少し前、突然の出来事だった。
ろくに言葉も交わしたことのない平民の少女が、自分の前に立ち塞がり、突然外套を投げ捨て跪いたのだ。外套の下は全裸であり、その体には、おびただしい数の傷や痣が見受けられた。
『非礼は承知なれど、お伝えしたいことがあります。貴方様の婚約者についてです』
絞り出すような、しかし決意に満ちた声だった。
「当然、裏は取った。皆、貴女を恐れて口をつぐんでいたから、今日までかかってしまった」
アレクサンドルは、エリザベートに秘密の恋人がいたことに言及する。
「口封じは済ませたから問題無いとでも思っているのか?」
エリザベートは、しらばくれようとするが、アレクサンドルは更に衝撃の事実を暴露する。その恋人、地位の低い貴族の次男坊が、つい先日に死体で発見されたこと。過去に、エリザベートとその男の野外プレイが、何度か目撃されていたこと。
「そのようなデタラメを……」
「私も、その目撃者の一人だ」
アレクサンドルは、お忍びでお付きと飲み歩いていた際に、その現場を目撃したと告げた。
もし、このことをキッカケに、エリザベートへ対してわだかまりを抱えていなければ。エマの痛ましい様を目の当たりにしていようとも、アレクサンドルは、エマの訴えを無視して通り過ぎていただろう。
「親の決めた婚約だ。恋い慕う男ができるのも仕方ないと思っていた。だが貴様は、自分の恋人すら殺めたのだ! 貴様のような悪魔と結婚するなどごめんだ!」
アレクサンドルは、もはや怒りを抑えきれない様子だった。
会場は、水を打ったような静けさに包まれた。誰もが、エリザベートの鬼畜ぶりに言葉を失っていた。
その時だった。
「ならば、彼女は私が貰い受けよう」
静寂を切り裂くように、凛とした声が響いた。声の主は、留学中の隣国、アッシェンバッハ皇国のヴィルヘルム第三皇子だった。その父、皇帝は稀代の暴君として知られている。
予想外の展開に、誰もが唖然とした。ヴィルヘルムは、ゆっくりとエリザベートに近づき、その華奢な体を抱き寄せた。
「ひと目見たときから、貴女に恋をしていた。その気持ちはもう我慢できそうにない」
……いやいやいや。この流れで、それ言う? 人の血、通ってんの?
誰もが心の中でツッコミを入れた。しかし、ヴィルヘルムは、そんな周囲の視線など気にも留めず、恍惚とした表情でエリザベートを見つめている。エリザベートもまた、うっとりとした表情でヴィルヘルムを見つめ返している。
警備兵が駆け寄ろうとするが、それをすり抜け、ヴィルヘルムはエリザベートの手を引いて走り出す。ヴィルヘルムが忍ばせていた護衛に囲まれて、2人は逃げ去っていく。
最悪のマリアージュが成立した瞬間だった。
後に残された人々は、ただ呆然と立ち尽くすばかりだった。
後日談
アッシェンバッハ皇国にたどり着いたエリザベートはヴィルヘルムに嫁ぐ。
その挙式は盛大に執り行われたということだが、王国側の人間は誰一人出向こうとしなかった。
伯爵家に、エリザベートという娘はいない。それが、王国の公式声明だった。
そして夫婦は、共に皇帝や他の皇子たちを次々と虐殺。やがて、皇国の実権を握り、玉座に君臨した。
国民は、二人の暴君によって虐げられ、苦難に喘ぐ暗黒時代が訪れる。税は重く、少しでも反抗の兆しを見せれば、容赦なく処刑された。人々は、希望を失い、ただ生きるために耐える日々を送っていた。
アッシェンバッハ皇家に信望なしと、皇国貴族たち蜂起するのは、その次の代だった。
両親に似ず、稀に見る善性を備えていたフリードリヒ皇子は、荒廃した国を立て直そうと必死に努力した。民の声に耳を傾け、改革を進めようとした。しかし、時すでに遅し。民衆の怒りは頂点に達しており、両親の所業に対する責任を問う声は、日増しに高まっていった。
結局、フリードリヒは、革命の指導者たちに捕らえられ、処刑台に送られることとなった。民衆の前で、彼は静かに頭を垂れ、両親の罪を詫びたという。
ちなみに、エリザベートとヴィルヘルムは、革命前夜に、揃って逝っていた。暗殺とも病死とも噂されたが、真相は闇の中である。
一方、騒ぎの発端となったアレクサンドルは、父王や兄王子からは、ある意味被害者として同情されていた。しかし、王国を揺るがす大事件を引き起こした責任は免れず、王家直轄地の片隅へと押し込められることとなった。
アレクサンドルは、アッシェンバッハ皇国から届く悲惨な噂を聞きつけるたびに、自らが「悪魔」を解き放ってしまったと、深く自責の念に駆られた。自分がもう少し賢ければ、もっと早く奴の本性を見抜けたはずだと、後悔の日々を送っていた。
そんな失意のアレクサンドルに、恩を返すためと寄り添う、エマがいた。彼女は、アレクサンドルが自分を庇い、婚約破棄を宣言してくれたことに、深く感謝していた。
生存の望みは薄いと思われていたエマの妹は、奇跡的に生きていた。しかし、無事では無かった。体のあちこちには火傷の跡が残り、個人の判別がつけられない程に腫れ上がった顔は、エリザベートの配下によって、幾度となく暴力を振るわれたことを証明していた。
二人の再会には、アレクサンドルも立ち会った。
生気を感じさせない妹の眼差しは、姉であるエマを認識しているのかも定かでなかった。
「私、実は妹のこと、好きじゃなかったんです」
エマは、アレクサンドルの前で、ポツリと告げた。
「愛嬌があって、親には私よりずっと可愛がられて、村の皆にも好かれて、ズルくて……」
その声に、嗚咽が混じりだす。
「でも、こんな目にあってほしいだなんて、思ったことない……!」
消え入るような慟哭だった。アレクサンドルは、ただ黙ってエマの言葉に耳を傾け、その肩をそっと抱き寄せた。
エマは、妹を献身的に介護し、その最期を看取った。全てを失ったエマにとって、アレクサンドルは唯一の希望だった。
二人は、長い時間をかけて、ゆっくりと愛を育んでいった。互いの傷を癒し、支え合いながら、静かに、しかし確かな絆を深めていった。
アレクサンドルの余生は、決して華やかなものではなかった。しかし、愛する人と共に、静かに、穏やかに、その生涯を終えたという。
アッシェンバッハ皇国の悲劇は、人々に「悪」の恐ろしさを教える教訓として、長く語り継がれることとなった。そして、アレクサンドルとエマの愛は、暗い時代の中の、一筋の光として、人々の心に希望を与え続けた。
完
名前とか考えるのめんどくさかったんで、Gemini(AI)にお願いしました。