第18話 第2王子の入場
第18話の修正、完了しました。(4月3日記入)
(見られている)
舞踏会の会場に足を踏み入れると、ざわめきが広がるのがわかった。
男性たちは礼儀正しく会釈をし、女性たちは優雅に微笑みを浮かべている。
しかし、ローズの体は硬直してしまう。
多くの視線には、覚えのある視線があったのだ。
期待、落胆、そして失望。
彼女がずっと感じてきたものだった。
(また比べられるのかな……)
「……大丈夫か?」
ヴァルセンはその微細な変化を見逃すことなく、ローズに声をかけた。
「す、すみません」
その声はまるで、自分の内心を晒け出すかのように震えていた。
「今までこんなに注目を浴びることがなくて……。少しだけ緊張してしまったみたいです」
ローズはぎこちなく微笑み、顔を上げてヴァルセンを見た。
彼はローズとは違い、落ち着いた様子でいた。
この場の誰の視線にも動じない堂々とした振る舞い。
世間からの評価は呪われた王子。
だが、この姿こそがヴァルセンの本来の姿なのだろう。
「……驚いたな」
ヴァルセンが不意に呟いた。
「え?」
「まさかお前が、こんなことで緊張するとは思わなかった」
ヴァルセンはローズを見つめる貴族たちを見渡した。
その中にはもちろん、リリィの姿もある。
彼女は、穏やかな微笑みを浮かべていた。
しかし、それが周囲の人々にローズへの敵意を悟られないようにするという、表面的なものだと、ヴァルセンはすぐに気づいた。
「……」
ヴァルセンは一瞬だけ考えるような素振りを見せた。
「この場で言うべきことではないだろうが……」
「……?」
そして、ローズの耳元に顔を近づけると、ゆっくりと口を開いた。
「前に、お前の妹が感情を剥き出しにしたことがあっただろう」
「は、はい」
「お前の妹は、明らかにお前に対して敵意を持っている」
そう言って、ローズはヴァルセンの視線の先を辿った。
そこには、酷く冷たく、鋭い視線を向ける妹の姿。
握りしめられたワイングラスは、プルプルと震えていた。
「……」
(リリィ、わたしのこと……)
ローズは今まで、気づかないふりをしていた。
いや、本当はずっとわかっていたのかもしれない。
自分が妹に嫌われているということを。
(昔は、あんな目を向けられることはなかったんだけど……)
いつから、リリィに嫌われてしまったのだろうか。
心の奥がじくじくと痛むのを押し殺そうと、ローズはそっと目を伏せた。
「気にするな」
ヴァルセンは、ごく自然な動作でローズの手を取った。
「この場では、お前は誰よりも堂々としているのが正解だ」
「堂々と、ですか」
「あぁ。お前が堂々としていれば、誰も余計な詮索をしない。それに、お前の妹もよほどの衝動に駆られなければ、公の場で何かを仕掛けることはしないはずだ」
それは、貴族社会で生きる術だとでも言うように、ヴァルセンは静かに言った。
「……」
ローズは視線を落とし、自分の手元を見つめる。
震えていた指先は、ヴァルセンの手によってしっかりと支えられていた。
「……そうですね」
(今のわたしは、ローズ・ブランシュ。リリィの影に隠れて縮こまってばかりの劣等聖女じゃない)
ローズは静かに息を吸い、背筋を伸ばした。
微笑みを浮かべると、視線を上げる。
「頑張ります」
ローズがそう言うと、ヴァルセンはわずかに口角を上げた。
「……それでいい」
そのときだった。
会場の奥にいる楽団が荘厳な旋律を奏で始めた。
静かだった広間が騒めき、一瞬にして空気が張り詰める。
「国王陛下と王妃陛下。そして、第二王子、アルバ殿下のご入場です!」
高らかに響き渡る侍従の声に、人々は一斉に動きを止めた。
貴族たちは所作を正し、恭しく頭を垂れる。
ギィ、と音を立てて、重厚な扉がゆっくりと開かれた。
金刺繍の施された深紅の正装を纏い、堂々たる風格を持つ国王。
その隣には、気品漂う美しい王妃が静かに微笑んでいる。
そして、二人の一歩後ろを進むアルバ。
彼の月光を思わせる銀の髪が、燭台の明かりを反射して輝く。
端正な顔立ちには幼さが消え、どこか大人びた威厳が漂っていた。
(さすがは王族……)
ローズは彼らの持つ気品と威厳に、ただ圧倒されるばかりだった。
緊張感の張りつめた空気の中、檀上に立った国王がゆっくりと広間を見渡して口を開いた。
「顔を上げよ」
国王の声に従い、貴族たちは静かに姿勢を正した。
ローズもそれに倣い、顔を上げる。
重厚な雰囲気が広間全体を包む中、国王の低く威圧感のある声が広間に満ちた。
「この場に集った者たちよ。今宵は、我が息子アルバの成人を祝う特別な夜。存分に楽しむがよい!」
その言葉と同時に、楽団の奏でる音楽が華やかに響き渡る。
貴族たちは優雅に所作を整え、各々の会話を再開し始めた。
使用人たちはワインや軽食を載せた銀のトレイを手に動き回り、舞踏会が本格的に幕を開けた。
ローズは静かに息を吐き、場の空気を肌で感じ取る。
(……やっぱりすごいなぁ。この場にいるだけで、息が詰まりそう)
ヴァルセンの隣に立つローズは、絶え間なく多くの者に注目されていた。
彼女の存在がどのような意味を持つのか。
それを詮索しようとする視線が、あちこちから向けられている。
(ここで動揺したら、リリィの思う壺……)
ヴァルセンの言葉を思い出す。
──この場では、お前は誰よりも堂々としているのが正解だ。
(そう、堂々と)
リリィが何を考えていようと、この場では余計な感情を見せるべきではない。
妹の視線を真正面から受け止めたまま、ゆっくりと視線を外す。
舞踏会の華やかな景色へと意識を向けると、周囲で交わされる囁き声がローズの耳に入る。
「アルバ殿下のお相手は、どなたでしょう?」
「やはり、ピオニー嬢? それとも、リリィ嬢かしら?」
「どちらであっても、美しいことには変わりないわ!」
確かに、この場でアルバが誰をパートナーに選ぶのかは、大きな関心事なのだろう。
第一舞踏曲は、王族かそれに準ずる身分の者が踊るのが習わし。
「……あっ! アルバ殿下のお相手は、リリィ嬢よ!」
彼女らの視線の先には、アルバとリリィの姿。
リリィは上品な微笑みを浮かべながら、差し出されたその手を取った。
「では、第一舞踏曲を始めよう」
国王の合図と共に、二人を中心にした優雅なダンスが始まる。
音楽が徐々に高まり、それに合わせるように他の貴族たちも舞踏の輪に加わっていく。
「……お前も踊るか?」
ヴァルセンがローズに視線を向ける。
彼の瞳はいつもと変わらず静かで、それでいてどこか試すような色を宿していた。
「無理にとは言わん」
ヴァルセンのその言葉には、彼なりの気遣いが含まれているように感じた。
(この場で引いたら、きっと後悔する)
「……ヴァルセン様、少しだけお付き合いいただけますか?」
ローズはヴァルセンに手を差し出す。
彼はわずかに目を細めると、その手を取った。
「あぁ」
二人は、舞踏会の輪の中へと足を踏み入れる。




