第17話 優等聖女の仮面(リリィ視点)
人々の談笑の声が響く、祝賀舞踏会会場。
煌びやかなシャンデリアの下、貴族たちはそれぞれ優雅に杯を傾け、本日の主役である第二王子のアルバが登場するのを待っていた。
(完璧な夜ね)
リリィもまた、この優雅な時間を誇らしげに過ごしていた。
ワイングラスを上品に傾けながら、会場を見渡す。
(今日の主役はアルバ様だけど……)
彼女が纏う純白のドレスはまるで、天使が舞い降りたかのような、聖女の名に相応しい清らかさがあった。
彼女は微笑む。
(リリィもやっぱり、注目されてるわ!)
貴族令嬢たちの羨望の眼差し。
青年貴族たちの熱を帯びた視線。
それらは全て、リリィにとっては心地良いものだった。
それになにより、ここには姉がいない。
(お姉様がいないだけで、こんなにも清々しいだなんて!)
正直、この場にローズがいてもいなくても変わらなかった。
なぜなら、いつだってリリィのほうが注目を浴びて輝くから。
けれども、彼女は姉の存在自体が気に入らなかった。
姉の自信なさげで『わたしは取るに足らない存在なんです……』という態度がリリィの癪に触るのだ。
(きっと今頃、お姉様は自室の窓から外を眺めて、リリィを羨ましいと思っているのでしょうね!)
「お姉様には、影がお似合いよ」
リリィはフフッと笑いながら、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
周囲の貴族たちは、彼女の笑った理由が嫌味だとはちっとも思ってもいないだろう。
(あぁ、早くアルバ様のお姿を見たいわ)
リリィが期待で胸を膨らませる。
しかし、彼女の期待と余裕はすぐに粉々に砕け散ることとなった。
「第一王子、ヴァルセン・アルデュール殿下。並びにブランシュ侯爵家令嬢、ローズ・ブランシュ様のご到着でございます!」
侍従が、ヴァルセンとローズの入場を大声で告げたのだ。
「……え?」
リリィの表情が凍りつく。
ゆっくりと開かれる会場の扉。
視線という視線がそこに集まる中、扉の向こうから現れたのは──。
「……嘘」
リリィは言葉を失う。
そこから現れたのは、深紅の衣装を着たヴァルセンと見間違えるほど美しく着飾ったローズ。
(どうして……)
リリィは思わず目を疑った。
(どうして、お姉様がここにいるのよ!)
ヴァルセンがローズをエスコートして、堂々と歩みを進めているではないか。
それもその姿は、自分の知るような姉ではない。
これまでシンプルなデザインのドレスを身に包み、自分よりも着飾ることをしてこなかった姉が、地味で目立たない存在だったはずの姉が、今は──。
(リリィよりも、注目されるなんて!)
今まで自分に向けられていた賞賛の視線が、今はローズの方に向けられている。
「……」
リリィは自分の姿と姉の姿を見比べた。
リリィは聖女に相応しい純白のドレス。とは言え、目新しさはない。
それに対してローズは、淡いピンクと白のグラデーションが美しい、今流行りのデザイン。最新のドレスだ。
それに、髪には繊細な銀細工の髪飾りをつけて、胸元には深紅のルビーのペンダントが光を吸収して煌めいている。
(許せない)
自分よりも目立つなんて。
(許せないっ……!)
自分よりもいいドレスを着るなんて。
(許せないっ!!)
呪われた王子とは言え、第一王子のヴァルセンと一緒にこの場に立つなんて。
「お姉様……っ」
(お姉様は来ないはずでしょう!? それなのに……!!)
リリィは怒りでワナワナと震える。
彼女はワイングラスを持つのが精一杯だった。
(……)
リリィはギリっと歯を食いしばる。
「ローズ様って、あんなに綺麗な方だったかしら?」
「ヴァルセン様もあんなにかっこいい方だったなんて……!」
「綺麗……。まるで、王宮の華だわ」
「それにしても、呪われた第一王子が劣等聖女をエスコートしてるなんて、どういう関係なのかしら?……?」
二人に向けられた貴族令嬢たちの囁きが聞こえる。
それらは、リリィの耳にはひどく耳障りだった。
(何よ、お姉様のくせに。お姉様は、劣等聖女じゃない! リリィの方が優秀で美しく、愛される存在なのに……!)
劣等聖女が人々の視線を奪うなんて、許されることではない。
呪われた王子であれ、王族のヴァルセンの隣に立つのは優等聖女である自分であるはずなのに。
リリィは唇を強く噛んだ。
けれど、周囲の視線がある以上、みっともない表情はできない。
彼女は無理に笑顔を作り、静かに息を整えた。
「……」
けれども、リリィは胸の奥に広がる嫌な感情を振り払うように、ワイングラスを強く握りしめていた。
「……っ!」
怒りに身を任せて力を入れすぎたせいで、グラスがピシリと音を立ててひび割れた。
すぐに異変に気づいた侍女がリリィに駆け寄り、新しいグラスと取り替えようとする。
しかし、彼女はそれを制した。
「いいえ、気にしないで」
「で、ですが……!」
「いいのよ!」
(……大丈夫よ、リリィ。落ち着いて……)
こんなことで動揺してはいけない。
リリィはずっと愛される聖女なのだ。
今ここで醜態を晒すことなんて、絶対に許されない。
この祝賀舞踏会で自分が傷つくことはあってはならないのだから──。
「まぁ……! お姉様ったら、ずいぶんと素敵に着飾っていらして!」
リリィはすぐさま聖女としての仮面を被る。
周囲にいた貴族令嬢たちは、彼女を見た。
「リリィ様?」
「ふふっ、驚きましたわ。わたくし、お姉様が舞踏会にいらっしゃるとは思ってもいなかったので。まさか、いらっしゃるとは」
リリィは微笑みながら、「驚きました」という言葉を強調するように喋った。
それがどういう意味を持つのか、貴族令嬢たちはすぐさま理解した。
「そうですわね。私も存じませんでした」
「リリィ様は、ローズ様がいらっしゃると聞いていましたの?」
「いいえ……。お姉様ったら、一言も教えてくださらなかったんです」
リリィは口元に手を当てて、寂しそうに目を伏せた。
「……でも、よかったですわ。お姉様が舞踏会にいらしてくださって。きっと、楽しい夜になりますもの」
落ち着きを取り戻したリリィはそう言いながら、チラリとローズを見つめる。
ローズはヴァルセンと共に、会場の中心に進んでいた。
(……本当に楽しみだわ)
「お姉様にとって忘れられないほどの、思い出に残る夜にしなくては」
(そのためにも、リリィが舞台を整えてあげる)
リリィはひび割れたグラスを持ち上げ、妖艶な笑みを浮かべた。
今宵、麗しき夜になるかどうかは、これから決まる。




