第14話 呪われた王子と呪いなき王子の再会
「素敵なドレスですね。ヴァルセン様もお気に召したようで」
店員はにこやかに笑みを浮かべながら言った。
ヴァルセンはその言葉にピクリと肩を揺らした。
「……そのドレスは、ブランシュ侯爵邸に送っておけ」
「かしこまりました」
ヴァルセンは咳払いをして踵を返した。
「外に出るぞ」
「え? ……あっ、待ってください!」
ローズはヴァルセンの後を追い、店を出た。
「ヴァルセン様、どこか行く場所があるんですか?」
「いや、特にない。適当に時間を潰せばいいだろう」
「適当に、って……」
「お前、行きたいところはないのか?」
「行きたいところですか? えっと……」
(せっかく彼と王都に来たんだし、何か楽しいことをしたいなぁ……)
ローズは、賑わいを見せている王都の街並みを見渡す。
「あっ!」
そして、ローズの目に入ったのは、大通りを抜けた先の広場にある小さな屋台。
小さな屋台の前には、ふわふわとした白い綿菓子が並んでいた。
(こんなところに、わたあめ屋さんがあるなんて……!)
王都の市場には何度も訪れたことがあったローズだが、こんな屋台が出ているのは初めて見た。
興味を惹かれて屋台へ近づこうとしたそのとき――、
「おい、待て! お前、そのまま人目のつくところに行くつもりか?」
ヴァルセンに腕を引かれた。
「え、あっ、ちょっと気になって……」
ローズが振り返ると、ヴァルセンは呆れたようにため息をついた。
「行きたいところが見つかったのはいいが、そのまま駆け出されると困る。護衛がついていないんだ。そんな状況で無防備に歩かないでくれ。私一人で対処できるかわからない」
「す、すみません……」
ローズは申し訳なさそうに謝り、ヴァルセンを見上げた。
彼は馬車の中から黒い外套を取り出してローズに手渡した。
「せめて、これを着てくれ。これで、目立たないはずだ」
「ありがとうございます」
ローズは受け取って、外套を身に纏った。
軽くて、さらりとした肌触りの良い生地。
自分と同じように外套を羽織ったヴァルセンに、彼女は視線を向けた。
「これって、ヴァルセン様の予備の外套ですか?」
「そうだが?」
「えっ、じゃあ、ヴァルセン様とお揃いですね!」
ローズが無邪気に笑うと、ヴァルセンは顔を逸らした。
「……くだらんことを言ってないで、さっさと行くぞ」
(えぇ……? 何もそんなに素っ気なくしなくても……。って、あっ!)
「ヴァルセン様! わたしが行きたいのはそっちじゃなくて、こっちです!」
ローズはヴァルセンの手を引いて、綿菓子の屋台の方へと向かった。
◇◆◇
「なぁ、そんなものが気になるのか?」
「あの、そんなもの、って言わないでくださいよ!」
ヴァルセンの興味がなさそうな態度に、ローズは口を尖らせながら屋台の前に立ち、店主に声をかけた。
「すみません、一つください!」
「はいよ、お嬢ちゃん!」
店主は慣れた手つきで棒にわたあめを巻きつけていく。
ふわふわとした綿菓子が、みるみるうちに大きくなっていく様子を眺めていると、不思議と心が躍った。
「お待ちどうさま!」
「ありがとうございます!」
ローズは嬉しそうに手を伸ばし、わたあめを受け取った。
そして、隣に立っているヴァルセンを見る。
「ヴァルセン様もいかがですか?」
「私はいい」
即答だった。
「ええっ、せっかくですし、一口くらい……」
「いや、いい」
「そんなぁ……」
ヴァルセンはそっけなく言い放つと、さっさと歩き出そうとする。
しかし、結局その場に立ち止まった。
「……」
ヴァルセンは眉間にシワを寄せ、ジーっとわたあめを見つめる。
彼はしばらく逡巡した後、ため息をつく。
「……仕方ない。一口だけだからな」
そして、躊躇いながらわたあめを口に運んだ。
「……!」
「……」
「どうですか?」
ローズが期待を込めて聞くと、
「……ただの砂糖だな」
ヴァルセンは淡々とした口調で言った。
「えっ、他に感想ないんですか? 『意外と悪くない』とか『もう一口食べてもいい』とか!」
「あるわけがないだろう……。ほら、残りはお前が食え」
「本当に一口だけでいいんですか? ヴァルセン様が全部食べてもいいんですよ?」
「断る」
ヴァルセンはぴしゃりと拒絶し、わたあめをローズの口に押しつけた。
「んぐっ……!」
「だいたい、お前が食べたいと言って買ったものだろうが……」
そう言って、ヴァルセンは再び歩き出した。
彼の歩調は、普段よりもゆったりとしていた。
ローズは口の中のわたあめをモグモグと味わいながら、楽しそうに笑った。
「もう、口の周りがベトベトです! ヴァルセン様ったら、どうしてくれるんですか!」
「知らん」
ヴァルセンの背中を追いながら、ローズは残りのわたあめを頬張った。
ふわり、と口の中いっぱいに甘さが広がり、思わず頬が緩む。
(やっぱり、こういうのっていいなぁ)
なんだか幸せな気分になる。
ローズが微笑みながら歩いていると、ヴァルセンが少し先で足を止めた。
「……? ヴァルセン様、どうしたんですか?」
ローズが急に立ち止まったヴァルセンを不思議に思い、声をかける。
「……」
しかし、ヴァルセンは問いかけには答えなかった。
ローズは首を傾げ、彼の表情を窺う。
すると、彼は驚いた様子で目を見開いていた。
(……?)
ローズは彼の視線の先を追うと、そこには王家の紋章が刻まれた白い馬車。
「なぜここにあの馬車が……」
先ほどまでの穏やかな様子とは一変するほど、冷たい声。
ヴァルセンがそう言った直後、ローズたちが少し前までいた仕立屋から護衛の騎士と共に出てきた人物がいた。
(あ、あの方は……!)
光加減では銀色にも見える白色の髪に、澄んだ湖のような青色の瞳。
白を基調とした上質な服を着るその姿は、まるで絵画の中から抜け出してきたかのようだった。
「アルバ……」
ローズの戸惑いを遮るように、ヴァルセンがその名をポツリと呟いた。
周囲の人々の目を惹きつけてしまうほどの美貌を持ち、ヴァルセンとは正反対の雰囲気の少年。
彼の弟、第二王子のアルバ・アルデュールがそこにいた。
「……あっ、兄さん!」
ヴァルセンの存在に気づいたアルバ。
ローズが驚きに目を見開いている間に、アルバはゆったりとした足取りで歩み寄ってくる。
「こうしてお会いするのは、久しぶりですね! まさか、こんなところでお会いできるとは思いませんでした!」
明るく柔らかな笑みを浮かべたアルバ。
彼は透き通る青色の瞳でヴァルセンを見つめ、隣にいたローズにも軽く挨拶をした。
「……久しぶりだな。まさか、ここで会うとは。なぜ、ここにいる?」
ヴァルセンは警戒した様子でアルバを見据えている。
「たまたま近くに用がありまして……。あとは、母上の買い物の付き添いです」
アルバは微笑みながら、仕立屋の方を一瞥する。
ローズがそちらを見やると、店の中から品の良い中年の貴婦人が出てくるのが見えた。
彼女の姿を見た瞬間、ローズは息を呑む。
(王妃様……!)
アルバと同じ白銀の髪に青い瞳を持つ美しい女性。
それは、間違いなくこの国の王妃だった。
「兄さんはどうしてこちらに? 外出されているということは、呪いの症状が安定しているということですか……?」
「……それをお前に言う必要はあるか?」
「いえ、その、僕はただ兄さんが心配で……」
「私の心配より、王妃のご機嫌取りをしたらどうだ?」
ヴァルセンはアルバに対して冷ややかな目を向ける。
「兄さんにそう言われると、何だか寂しいですね……」
アルバは兄の冷たい態度に、一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべる。
しかし、すぐに柔らかな笑みを取り繕った。
(……わたし、ここにいていいのかな……)
二人のやり取りを聞きながら、ローズは彼らの間に流れるぎこちない空気を感じていた。
アルバは、兄のヴァルセンを気にかけているように見える。
一方、ヴァルセンはそれを拒絶しているようだった。
「あのっ……」
ローズが遠慮がちに声を上げた。
「……あっ、ごめんなさい。ローズさんがいるのに、僕たち兄弟で話し込んでしまって……」
「いえ、お気になさらず……」
「……それにしても、珍しいですね。兄さんが誰かと一緒にいらっしゃるとは」
「余計な詮索をするな」
「はは、別に詮索しているつもりはないですよ。ただ、本当に兄さんが誰かと一緒にいるのが珍しくて……」
「それを詮索と言うんだ」
アルバが肩を竦めながら微笑んだ、そのとき――。
「アルバ、そろそろ行くわよ」
澄んだ女性の声が響いた。
「はい、母上!」
アルバはそう返事をしながらも、名残り惜しそうにヴァルセンを見つめる。
「兄さん、今度の王宮祝賀舞踏会で会えることを信じてます」
「……」
ヴァルセンは何も言わなかった。
ただ、無表情のままアルバを見返すだけだった。
「アルバ!」
「申し訳ありません、母上! 今、参ります!」
王妃がゆっくりと白い馬車に乗り込む。
アルバは軽く会釈をした後、王妃のもとへと向かう。
そして彼が馬車に乗り、扉が閉じられる直前、王妃の青い瞳とヴァルセンの赤い瞳が交差した。
王妃は穏やかな笑みを浮かべたが、その奥にある感情は読めなかった。
白い馬車がゆっくりと走り出し、やがて通りの向こうへと消えていく。
「……」
ヴァルセンはしばらくその場に立っていた。
ローズは彼の横顔をそっと窺う。
「あの、ヴァルセン様……?」
恐る恐る声をかけると、ヴァルセンは小さく息を吐いた。
「……他に寄りたいところはあるか」
「いえ、もう大丈夫です」
「そうか。……なら、もう帰るぞ。侯爵邸まで送る」
そう言い、ヴァルセンは歩き出した。
ローズは彼の背中を眺める。
彼の足取りが重く見えたのは、きっと気のせいじゃない。
「ヴァルセン様……」
(やっぱり、アルバ様と王妃様と会ったことが影響してるのかな……)
ローズは彼らの間にある何かを知りたくなった。
しかし、今はとてもじゃないが聞ける雰囲気ではなかった。
静かに吹く風が、二人の間を通り抜けていく。
◇◆◇
二人が馬車に乗り込むと、ゆっくりと動き出して王都を離れていく。
帰りの馬車の中は、ひどく静かだった。
途中、窓の外を見ていたローズにヴァルセンがポツリと呟いた。
「……お前、私と参加することを後悔していないか?」
「え?」
「祝賀舞踏会の話だ。王宮の貴族たちは、私のことを良く思っていない連中も多い」
ヴァルセンのその言葉にローズは戸惑いながらも、自分の思いを彼に伝えた。
「後悔なんてしてませんよ。そう言うヴァルセン様こそ、劣等聖女のわたしなんかをパートナーにしてよかったんですか……?」
「私がお前を選んだんだぞ? 誰が後悔するものか」
「……でも、意外でした。今回の祝賀舞踏会にヴァルセン様も参加されること」
「いつもなら、参加しないんだがな。アルバの成人を祝う重要な場だから、と父上が強く言うものだからな……」
ヴァルセンはため息交じりに呟く。
「呪われた王子など、王宮にいるだけで空気が悪くなるというのにな」
「そんなこと……」
ローズは思わず否定しかけて、言葉を飲み込んだ。
ヴァルセンは事実を言っている。
王宮では、彼の存在が歓迎されないことくらいわかっていた。
「……」
「……」
ローズが沈黙の重さに息を詰まらせたとき、馬車はブランシュ侯爵邸へと到着した。
◇◆◇
「今日は、買い物に付き合ってくださってありがとうございました」
「……別に、大したことはしていない。それに、私から誘ったことだ」
ヴァルセンは相変わらず素っ気ない。
しかし、ローズは微笑みながら続ける。
「でも、楽しかったです」
ヴァルセンの赤い瞳が一瞬、ローズを捉えた。
そのまま、彼は静かに息を吐く。
「……そうか」
とても短い言葉。
けれど、それは突き放すような冷たさはなく、どこか穏やかだった。
ローズは彼の返事に満足げに頷くと、ふと思い出したように言った。
「ヴァルセン様。また、一緒にわたあめ食べましょうね」
「……」
「……わたあめ食べましょうね?」
ローズはさっきよりも少し声を強めて、もう一度促す。
すると、ヴァルセンは軽く肩を竦めるようにして答えた。
「……そんなことをわざわざ約束する必要あるのか……?」
「また食べてくれるって約束してくれたら、楽しみが増えます!」
ローズは瞳を輝かせながら、期待に満ちた表情でヴァルセンを見上げた。
彼は一瞬言葉を詰まらせ、わずかに視線を落とした。
「……覚えていたらな」
ヴァルセンは曖昧な返事をした。
しかし、彼の答えを聞いたローズは満面の笑みを浮かべた。
「絶対ですよ!」
「……さっさと行け」
「ヴァルセン様、ではまた!」
ローズは名残惜しげにヴァルセンを見つめた後、ゆっくりと歩き出した。
(今度会うのは、祝賀舞踏会かぁ。今日とはまた違ったヴァルセン様を見られたりして……?)
「なんてねっ!」
ローズは小さく笑いながら、軽やかにスカートの裾を揺らした。




