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第13話 素直になれない王子様

(そ、そろそろ来る頃かな……?)


 ローズは自室にある鏡の前で、ソワソワと落ち着かない様子で髪を整えていた。


「……あぁ、もう。わたしらしくない!」


 ローズがヴァルセンに「三日後の午後、予定を空けておけ」と言われたあの日から、三日後。

 彼女の頭の中には、ヴァルセンの言葉が何度も巡っていた。


(ただ、ドレスを買いに行くだけなのに……!)


 もうすぐ、約束の時間。

 なぜか落ち着くことができず、つい中庭に面した窓のカーテンをそっとめくり、外の様子を窺ってしまう。

 ローズは心を落ち着けるため、すぅっと息を吸って、ふぅっと吐いた。

 そのときだった。


(……!)


 ガタガタッ、と侯爵邸の正門が開く音がした。

 蹄の音が近づき、黒塗りの馬車がゆっくりと敷地に入ってくる。


「ヴァルセン様……!」


 深紅の薔薇と深緑の葉に囲まれた、黄金の獅子。

 天を衝く勢いで翼を広げ、鋭い爪を突き出す姿の獅子の頭上には、輝く王冠。

 漆黒の馬車の扉には、そんな王家の紋章が堂々と刻まれていた。

 ローズは鏡の前で最後の身支度のチェックをした。

 そして、ナイトテーブルの上にある花瓶に視線を向け――、


「行ってきます」


 一度は赤に染まった白バラに挨拶をして、部屋を出た。



   ◇◆◇



 急いで玄関を出ると、ヴァルセンは馬車の外で立っていた。

 漆黒のコートを纏い、お馴染みの無愛想な表情で腕を組んでいる。


(……いつもと雰囲気が違う)


 バラ屋敷で会うとき、ヴァルセンはいつも簡素な装いをしていることが多かった。

 王族らしい装いと言えば確かにそうだが、どこか質素で飾り気がなかった。

 しかし、屋敷の外へ出るためか、彼の装いは洗練されていた。

 整えられた黒髪に、襟元を飾る金糸の刺繍。

 それらが彼の端整は顔立ちを際立たせていた。


(なんというか、今日は一段と王族らしい威厳を感じさせるなぁ)


「……何をジロジロと見ている?」


 ローズの熱い視線に気づいたのか、ヴァルセンは軽く睨んで指摘する。


「い、いえっ、別に……!」


 ローズはサッと視線を逸らし、慌てて馬車に乗り込んだ。


「いったい、何なんだ……?」


 ローズの妙な様子に戸惑ったヴァルセンは小声で呟き、彼女の後を追うように馬車へと乗り込んだ。

 彼が座ると馬車はゆっくりと動き出す。

 わずかに揺れ、窓の外の景色は少しずつ流れていく。


「……」

「……」


 ヴァルセンは無言のまま窓の外を眺め、ローズは緊張気味に彼の向かいに座っていた。


(き、気まずい……)


 せっかくの外出だというのに、こうして沈黙が続くのは居心地が悪い。

 ローズは何か話題を見つけようと、ちらりとヴァルセンを見た。


「……あの、ヴァルセン様」


 ローズがヴァルセンの名を呼ぶと、彼はローズに視線を向けた。

 彼と目が合い、ローズはドキッとした。


「ヴァルセン様って、普段はどう過ごされているんですか?」

「普段……、か」


 ヴァルセンは考えるように目を伏せ、そして静かに答えた。


「一日中、バラ屋敷で過ごしているな」

「あの屋敷で、ですか……」

「あぁ。屋敷に置かれている本を読んだり、剣術や馬術を鍛錬したり……、だな」

「鍛錬というのは、誰かと一緒に……?」

「いや、一人だ。昔は師匠と呼べる者がいたが、今はいない」

「そう、なんですね……。……ということは、普段、あまり街に出かけることはないんですか……?」

「必要がなければ出ないな」

「そうですよね……」


 予想通りといえば、予想通りの答えだった。

 ヴァルセンは必要以上に人と関わることを避けている。

 滅多なことがない限り人が立ち入ることがないであろう、王宮の奥に建てられたバラ屋敷。

 活気ある王宮の華やかさとは対照的な、閉鎖的な屋敷に彼は籠っていた。


(彼がそこまでしなくちゃいけないのは、これも全て呪いのせいだ……)


 ヴァルセンも、好んでそうしているわけではないだろう。


「……お前は」

「ん……?」

「お前は普段、どんなふうに過ごしている?」

「わたし、ですか?」

「あぁ」


 突然の問いにローズは驚いた。


「えっと、そうですね……。最近は、こうしてヴァルセン様と一緒に過ごすことが多いですね」


 ローズは肩の力を抜いて、続けて言った。


「……まぁ、聖女としての仕事もあるので、そっちに時間を取られることもありますけど」

「聖女としての仕事?」

「はい。リリィと一緒に祈祷や病人の治療、それから孤児院へ行って……」

「ふぅん……」


 ヴァルセンはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「そういうの、好きなのか?」

「えっ?」

「聖女としての役目だ。お前は望んでやっているのか?」

「……」


 ローズは一瞬、言葉に詰まった。


(考えたこともなかったなぁ……。わたしはいったい、どうしたいんだろう……)


 ヴァルセンの問いに、なぜか深く考えさせられた。

 けれど、深く考えても、これといった答えがローズの中に生まれることはなかった。


「……正直、よくわかりません。わたし自身、望んでやっているのかどうか」

「わからないままこれまで続けてきたのか? 『劣等聖女』と呼ばれながらも」

「……はい。確かに『劣等聖女』と呼ばれるのは辛いですよ……。同じ聖女であるリリィと比べられますから……。でも」


 ローズは視線を落とし、軽く笑った。


「こんなわたしでも、誰かの力になれるって思うと嬉しいんです!」

「……そうか」


 ヴァルセンはそれ以上何も言わず、再び窓の外へと視線を戻した。

 ローズもまた、彼と同じように外を眺める。


「あ……」


 そこには、見慣れた王都の街並みが広がっていた。

 活気に溢れた王都は、行き交う人々の声や、商人の威勢のいい呼び声が聞こえてくる。


「そろそろ着くぞ」


 ヴァルセンそう言った直後、馬車が止まった。

 御者が馬を引き、扉の前に控える。


(ついに到着……!)


 ローズは緊張を噛み締めながら、膝の上でそっと拳を握った。

 ガチャリ、と扉が開く。

 先に降りたのは、ヴァルセンだった。

 黒色のコートを翻しながら足を踏み出し、石畳の上に降り立つ。

 そして彼はすぐに振り返り、無言でローズへ手を差し出した。


「……?」


 ローズは一瞬戸惑った。

 ヴァルセンが何も言わず、無表情のまま手を差し出していたからだ。


「……お前は、そのまま馬車に残り続けるつもりか……?」

「え、あっ……!」


(これって、手を取れって意味だったの……!?)


 ヴァルセンに言われて、ようやく彼の意図に気づいたローズ。

 彼女は「……ありがとうございます」と恥ずかしそうに言いながら、そっとヴァルセンの手を取った。

 そのままゆっくりと馬車を降りると、ヴァルセンはすぐに手を離し、何事もなかったかのように視線を前へ向けた。


「行くぞ」

「……はいっ」


 ローズは軽く頷きながら、ヴァルセンの隣に並ぶ。

 目の前に広がるのは、格式高い店構えの仕立屋だった。

 大きな窓には、美しい刺繍が施されたドレスが飾られている。


「ここは、いったい……?」

「王族が利用する仕立屋だ。時間はたくさんある。焦らず、好きなものを選べ」


 ヴァルセンは淡々とした口調で言うが、ローズは驚きのあまり目を瞬かせた。


「王族御用達の仕立屋……!?」


(そんな場所でドレスを選ぶなんて……!)


 戸惑いながらも、ローズはゆっくりと店の中へと足を踏み入れた。


「すごいですね! ヴァルセンさ、ま……、……?」


 ローズがいつも利用している仕立屋とは比べ物にならないほど豪華な店。

 内装やドレスの数に興奮した彼女がヴァルセンに声をかけるも、自分の隣にヴァルセンの姿がないことに気づいた。

 後ろを振り返ると、ヴァルセンは店に入ることはなく、外にいた。


「あの、ヴァルセン様……?」

「私はここで待つ」

「えぇ!? 一緒に選んでくれないんですか?」


 ローズが驚いて問いかけると、ヴァルセンはわずかに眉を寄せた。


「私がいても意味がないだろう」

「そんなことありません! せっかくですから、一緒に選んでほしいです!」

「はぁ……」


 ヴァルセンはローズの言葉に折れ、渋々と店内に入った。

 店の中には、美しいドレスがずらりと並んでいた。

 ローズは個人的に気になるドレスと店員に勧められたドレスを持って、試着室へと向かう。


(どれがいいかなぁ)


 ローズは試着したドレスの裾を持ち、鏡の前で悩む。

 ふとヴァルセンに視線を巡らせると、彼は壁際で腕を組んで興味なさそうに立っていた。


「ヴァルセン様、どれが似合うと思います?」


 ローズは思わずヴァルセンに意見を求めた。

 彼は一瞬言葉に詰まり、目を逸らす。


「……それは、お前が決めることだろう」


 そして、素っ気ない態度を取った。

 しかし、ローズは自分がドレスを試着するたびにヴァルセンの視線が動いているのを見逃さなかった。


「それじゃあ、この青色のドレスにします!」


 そう言うと、ヴァルセンは「ダメだ!」と声を張り、険しい表情をした。


「えっ、どうしてですか? ヴァルセン様がわたしに、『好きなものを選べ』って言ったんじゃないですか」

「確かにそう言った。だが、それはダメだ。他のものにしろ」

「え、えぇ……? ……じゃあ、この水色の……」

「ダメだ」

「紺色の……」

「それもダメだ」

「……」


(……もしかして、青系のドレス全部ダメってこと?)


 頑なに青系のドレスを却下するヴァルセン。

 ローズはジッと彼を見つめ、不思議そうに首を傾げた。


「あの、ヴァルセン様……? 青色が嫌いなんですか?」

「別に、嫌いというわけではない」

「じゃあ、どうして……?」

「……」


 ヴァルセンは口をつぐんだ。


(絶対、何か理由がある……)


「あー、わたし、この青色のドレスが気に入りましたー」

「……」


 ローズがわざとらしくドレスの裾を摘まんでひらひらと揺らし、棒読みでそう言った。

 すると、ヴァルセンはあからさまに顔を顰めた。


「これ、すごく素敵ですよね?」

「……」

「ヴァルセン様、どう思いますか?」

「……」

「ヴァルセン様が理由を教えてくれないのなら、これにしようかなー」

「なっ……!」


 ローズは完全にこの状を楽しんでいた。

 なぜなら、こんなに動揺しているヴァルセンを見たことがなかったから。


「店員さん、このドレスでお願いしま……」

「……お前には、もっと別の色のほうが合う!」

「別の色……?」

「白とかピンクとか、赤とか……」


 ヴァルセンの声がだんだんと小さくなる。

 彼は、ローズの後ろに目を向けていた。


(ん……?)


 ローズもヴァルセンに釣られ、後ろをちらりと見た。

 そこには、淡いピンクのドレスを着たマネキンがいた

 彼が密かに気にしていたのは、赤系のドレスだった。


「……とにかく、他にも色はあるだろう。青は絶対にダメだ」


 ヴァルセンはバツが悪そうに目を逸らした。


「え……」


 ローズはヴァルセンの表情をじっと見つめた。


(な、なんかムスッとしてる……!?)


 ローズは思わず、クスリと笑ってしまった。

 ムスッとしながらも、どこか気まずそうなヴァルセンの表情。

 こんなにわかりやすい表情をしている彼を見たのは初めてだった。


「……店員さん、これにします!」


 ローズは、ヴァルセンが気にしていた色のドレスを選んで店員に伝えた。

 その瞬間、彼は驚いたような表情を見せた。

 まるで、「本当にそれでいいのか?」と言っているかのようだった。


(……え、何? 今日のヴァルセン様、ちょっとかわいい……!)


 ローズは心の中でそう思ったが、決して口には出さなかった。

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