第1話 劣等聖女に与えられた使命
「劣等聖女よ。第一王子、ヴァルセン・アルデュールを始末するのだ」
玉座に座る国王は、冷たい刃のような声で劣等聖女に命令した。
煌びやかな装飾に包まれた玉座の間。金色に輝く王冠を戴いた国王は、冷徹な視線で跪く劣等聖女――、ローズ・ブランシュを見下ろした。
ローズは、視界に自身のブラウンの髪が揺れるのをぼんやり見つめる。
(聖女でありながら、誰にも必要とされない。力不足で無能な劣等聖女、かぁ……)
自分の無力さを噛みしめ、冷たい大理石の床に膝をついたまま、恐る恐る口を開いた。
「……わかりました」
震える声を隠すように、胸に手を当てた。しかし、彼女の手は小刻みに震えていた。
(どうしてこんなことになっちゃったんだろう……)
視線を落とし、震えを抑え込むように手を強く握りしめた。
◇◆◇
「ローズ。お前は何をするべきか、わかっているな?」
威圧感に満ちた声がローズの耳を打つ。
王宮の一室で、ローズは父親と向き合っていた。
「はい、お父様……」
彼女は肩を竦めて、小さな声で答えた。
「お前はこの国の聖女であるにも関わらず、リリィよりも劣っている。王子を始末し、王家に貢献することで、お前の存在が認められるのだ!」
父親の鋭い視線が突き刺さる。
「はい……」
(そんなこと、もう数えきれないほど言われてきた。だから、言われなくてもわかってる……)
ローズ・ブランシュは、劣等聖女である。
聖女の力を持ちながらうまく使いこなせず、人々の期待に応えられない。妹よりも劣っている聖女。それが、周りからの評価だった。
対して、ローズの妹、リリィ・ブランシュ。
彼女は誰もが認めるほどに、文句のつけどころがない完璧な優等聖女。愛らしい笑顔と天性の輝きで周囲を魅了してきたリリィは、国民にとって希望の象徴だった。
「陛下の命令に従い、しっかり役目を果たすのだ」
父親の言葉に背を押されるようにして、ローズは部屋を出た。
重い足を引きずるようにして、彼女はヴァルセンの住む屋敷へと歩き出す。
(王子を殺せ、だなんて。わたしにはできない……)
国王の命令には逆らえない。それは、ローズもわかっていた。
しかし、呪われていたとしても、相手は王族。聖女であるとはいえ、ただの貴族の娘に過ぎないローズに『王子の命を奪え』という命令は、あまりにも荷が重すぎた。
自分に課せられた役目に対する恐怖、胸を締め付けるような不安がせめぎ合う。
(従わなければ、家族や国に見捨てられる。失敗したら、何もかも失う……)
期待されぬ、劣等聖女に唯一与えられた役割。ローズだって、一度くらいは誰かに認めてもらいたかった。
(やり遂げれば、わたしは劣等聖女と呼ばれなくなるかな……?)
わずかな希望が、ローズの心の奥底に小さく灯る。
「はぁ……」
劣等聖女としての評価を払拭するためにも、命令から逃げるわけにはいかなかった。
ローズは深くため息をついた後、目の前に現れた屋敷を見渡す。
「ここがバラ屋敷……」
辺り一面、バラが咲き乱れる屋敷は、不気味な静寂に包まれていた。まさに、呪いの王子が住む屋敷と呼ばれるに相応しい雰囲気だった。
「さて、まずは仲良くならないと。嫌われ者同士……、ね」
(形だけでも、友好関係を築き上げないと。信頼を得ることが最優先。王子に警戒されているうちは手を下すどころか、近づくことすらできない……)
ローズは深呼吸をして、屋敷の扉に手をかけた。そのときだった。
「そこで何をしている」
背後から威圧感のある冷たい声が聞こえた。
(誰……?)
バラの香りが漂う中、どこか鉄錆のような匂いがした。
「……もう一度聞こう。そこで何をしている」
どこか苛立ちが滲んだ声。背後からは、砂利を踏む足音が一歩、また一歩と近づいてきた。
その気配に押されるようにして、ローズは思わず振り返る。
「……!」
そして、ローズは目を見開いた。
腕を組み、少しも表情を変えずに立っていたのは、ヴァルセン・アルデュール。まさに、彼女が会おうとしていた張本人だった。
「お前は口が聞けないのか?」
一言も喋らないローズに、ヴァルセンは不快そうに眉を顰めた。
ブラックの髪から覗く、鋭いダークレッドの瞳。彼の瞳に射すくめられた瞬間、ローズは全身が凍りついたように感じた。
(彼が呪われた王子……)
その身に呪いを宿して生まれた、この国の第一王子。王国に災厄をもたらすと恐れられ、バラ屋敷に幽閉された男。
ヴァルセンの姿を目にする機会は滅多になく、ローズも実際に彼を見たのは初めてだった。
(怖い……!)
目の前の男は幽閉されているとは思えないほど、口調や態度に隠しきれない威圧感が滲み出ていた。
ローズは、恐怖で自然と一歩引いた。
(……ここで逃げちゃったらダメ!)
ローズは心を落ち着けるために深呼吸をした。そして、ちらりとヴァルセンを見る。
「……」
表情を変えずに立っていたはずのヴァルセンの眉間には、シワが寄っていた。
組んだ腕を指で軽くトントンと叩き、不機嫌そうな表情でローズを見下ろしている。
(逃げちゃダメだとは思ったけど、この状況どうしよう……)
後先考えずに行動した結果、こうなった。
(もう少し計画を立ててからここに来るべきだった……!)
ローズの心臓がバクバクと音を立てた。
「はぁ……」
深いため息をついたヴァルセンと目が合った。
彼の口が開く。
(な、何かを言おうとしてる!)
何を言われるのか、とローズが待ち構えていると――。
(……つ、次は何!?)
ヴァルセンが一歩踏み出した。
ダークレッドの瞳がローズを逃がさない。
その瞳はまるで、血に飢えた獣。獲物を捉えた捕食者のようだった。
(……っ)
一歩、また一歩とヴァルセンが距離を詰めるたび、ローズも後退る。しかし、彼女の背には屋敷の扉があった。
(逃げたくても、逃げられない……!)
追い込まれたローズが身構えた瞬間、鉄の匂いが鼻を突いた。
バッと顔を上げると、目の前にはヴァルセンの姿
獲物を追い詰めるかのようにローズとの距離を縮めると、彼は扉へ手をつき、ローズの退路を塞いだ。
ゴクリ、とローズは息を呑む。
(な、なんでそんなに近づくの!?)
ヴァルセンとの距離が近く、ローズの鼓動が急激に速まった。
「……」
ヴァルセンの眉がわずかに動いた。
ゆっくりとローズの首元へ顔を近づけ、何かを確認した後に彼は問いかけた。
「……お前、聖女か?」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
ヴァルセンとローズの関係は、まだ始まったばかり。
冷たい王子と必死な劣等聖女、これからどのように距離を縮めていくのか……!
完結まで更新を頑張りたいと思いますので、応援よろしくお願いします!
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