そして、愛上景斗は……
育てた。
あの声は、スピーカーからそう言い放った。
それの意味するところを考え、いやな予想ばっかりが先行する中。
足を止めずに愛上は走り続けた。
「全く、いやな予感しかしませんわね!」
元々いた世界でもそれなりに運動はしていたおかげで走り続けるのは問題ない。
だが、目的地に着いたときに見ることになるだろう光景と、そこに居る自分が何をするべきなのか。
そればかりが頭のなかでぐるぐると答えの出ないままに回り続けていた。
だが、そんな時間は長く続かない。
「さあ、起きるんだ。体は大丈夫かい?」
そんな声が聞こえてくる。
「君の身体はやっと安定してきたんだ。今度こそ…」
遠目に見えるのは、ベッドに寝かされた女性の姿。
そして、その女性に優しく語り掛けるジェニーの姿だった。
見れば確かに愛上と似ているように見える。
そこまで認識した瞬間に、ジェニーの顔がこちらに振り向く。
「君も僕の邪魔をするんだろう?あいつらと手を組んで、徒党を組んで!さも自分たちこそが正義だと言わんばかりに!!」
「結果としてはそうなりますわね。でも、邪魔するためだけにここに来たわけでもありませんわ。」
すっ、と息を吸い込み、イライザに届くように大きな声で語り掛ける。
「貴女は!こんな風にされて嬉しいんですの!?これが望んだ通りだと!そう胸を張って言えますこと!?」
「余計なことを言うんじゃあない!今彼女脳は少しずつの情報処理しかできないんだ。そんなに一気に質問したらパンクしちゃうだろう!!」
イライザは、何を答えるわけでもなく考えるような素振りだけをこちらに見せてくる。
「わたしは、いま、かんあえています。」
どこか呂律の回らない様子で彼女は喋り始める。
「わたしのために、かれは、出来得る全てを、捧げて、下さいました」
その言葉を聞いて、ジェニーの顔がぱっと明るくなっていく。
発音こそ正確ではないが、彼の行動を理解し、説明し始めていることは十二分に伝わっている。
「そうだ!君がこうして蘇ることを夢見て!僕は!!」
「はい。あなたは、わたしのために、あやまちをおかしつづけました。」
言葉を発するごとに鮮明になっていく発音は、今明確に彼を否定した。
「は……?過ち…だと?」
動揺を隠しきれないまま、オウム返しのように聞き返している。
「はい。あなたは私に。私のオリジナルに。執着しすぎたのです。」
もう、発音は完全に滑らかなものになっていた。
「君は、君が彼女とは違うと。そう言うんだね?」
「はい。私は私であり、彼女とは別個体です。貴方が作り上げた、形だけの人形に過ぎません。」
自らの存在をそう断じる光景に、愛上は口をはさめなかった。
「私はあの人になるように作られ、あの人になれないようになってしまった失敗作です。」
きっと、生前のイライザはとても聡明な人だったのだろう。
コピーが、自身をコピーであると認識して自らを否定してしまう程には。
愛上が思考を回している間にも会話は続いていく。
「失敗作……か。君はそうなんだね。」
「はい。私はオリジナルにはなれませんし、なる気もありません。貴方の間違いを正して、清算するのみです。」
「そうか……君もか。」
そう言って、ジェニーは手元に持っていたリモコンのボタンを押す。
「まさk…」
何かを言おうとした自称『失敗作』は、糸の切れた人形のように地面に倒れこむ。
「なあ愛上景斗。君はどう思う?こんな風に僕の努力を否定して、過ちだと断じてくるモノが、彼女なはずがないんだ。そうだろう?」
「……いいえ。彼女こそが、本当にイライザさんの事を理解している人間でしたわ。」
「これが?人間?」
コンコン、と倒れこんだ彼女の頭を叩きながらジェニーは嘲笑う。
「貴女のやっていることは全て自己満足の行動に過ぎませんの。この世界線を巻き込んで、周囲の人間を無理やり使いつぶして。自分の納得のいかない答えは全て拒絶する。やっていることは子供の癇癪と大差ありませんわ!」
愛上の言葉に何かを感じる様子もなく、彼は淡々と歩き始める。
「この、人間の『脳』にあたる部分にさ。感情とか記憶とか、行動原理になるものを詰め込んだパッチを入れてるんだ。それを書き換えてさ。僕好みの人形にしたことがあるんだ。」
「…………っ!!」
人道を外れている、というべきなのか。
はたまた、単純に『狂っている』というべきなのか。
清算しようもない業を、愛上はその言葉から感じていた。
「そしたらさ。皆最初の一瞬だけ俺に従順なんだ。まるでメイドみたいな。もっと言えば奴隷みたいにさ。」
「貴方という人は…どこまで…!」
「でもさ、数分。たった数分で壊れちゃうんだよ。身体を自分で壊して死んでくんだ。おかしいよね。そんな行動プログラムしてないし、許可した覚えもないのに。」
もう動かない彼女の腕を持ち上げながら、言葉は続く。
「もっと、完璧にプログラムしてやればちゃんとイライザは作れるのかな。蘇ってくれるかな。自傷もダメ。僕を否定するなんて論外。もっと褒めてほしい。感謝してほしい。一緒に居てほしい。あの日の続きを一緒に生きてほしい。消えないでほしい。死なないでほしい。去らないでほしい。見ていてほしい。狂わないでほしい従順なままであってほしい自分で考えてほしい僕のために考えてほしいこの世界で生きていてほしい僕のために生きていてほしいもっともっともっともっともっと!!!!」
ヒートアップしていく醜い妄想は、留まるところを知らなかった。
初めて出会う『異常』に、愛上の行動は何も届かないということを本能で悟る。
「どうかしてますわ…どうして彼女の事を少しもわかってあげないんですの!?」
「わかっているさ!髪の長さも血液型も身長体重DNA配列から部屋の家具配置に学歴交友関係彼女自身も気づいてないような癖までぜえええええええんぶ!!!!」
「そんなもの、貴方が知らなくていいことですわ!!」
自分の言葉で何かが変えられるわけがない。
ジェニーは、そういう次元の問題ではない。
一刻も早く逃げ出してしまいたい。早く帰って温かいお風呂と布団にでも入ってしまいたい。
でも、それでも。
変わらないことは、何もしない理由にはならないから。
だから、愛上景斗は声を上げた。
「貴方はまず、彼女の心の内を知らなければいけなかった!考えて、想ってあげなければいけなかった!本当に愛していたというのなら!!」
「彼女の気持ち!?生き返れる!それは僕への感謝に繋がるに決まっている!第二の生だ!ないがいけない!!そして生を与えるということは全ての権利を僕が生み出しているということ!彼女という存在は僕なしでは成り立たないという証明になる!!!」
「だから、貴方を愛すると?」
「僕無しでは生きられないんだ。僕がいる限り生き続けられるんだ。僕の前から消えたりしないんだ!何が悪い!何がおかしい!!」
「仮に貴方がこの世界を作った、この世界が存続していく上で貴方という存在が必要不可欠だとしても。それはこの世界の住民全員が貴方を愛する理由としては到底物足りない……いえ、むしろ的外れな理論でしかありませんわ。自分の為だけに行動する人間を、誰が愛せるというんですの?」
「だから、そう作った。なのに、うまくいかない。いつも、否定して、壊れていく。」
その理由は、愛上にはもう予想がついていた。
彼女は……イライザは、きっと本当にジェニーのことが生前好きだったんだろう。
そして、こんなことになってしまった原因が自分であると。生き返った瞬間に、毎回理解してしまったのだろう、と。
いくら天才でも、まったく同じ人間を作るのは不可能だった。
ならば、基になるオリジナルの細胞を使っているはず。
その僅かな記憶が、意思が。此処で作られた命に宿っているとしか考えられなかった。
そう。そして今、目の前でももう一つ『奇跡』が起きようとしている。
「は、い。wたあしたちは、あなt、の。たm え、に」
完全に行動を停止していた『失敗作』の口から言葉が漏れ出す。
「私たちは、今も、貴方のために。」
「………君の行動エネルギーは既にないはずだ。」
「紛い物でも、ここに心は、あるのです。心は、人を、うごかすの、です。」
立ち上がることはできない。
ただ、両の手を使って這いずるようにジェニーに近づいていく。
「憎んでは、いません。ただ、残念な、だけ。貴方の行動は、許されない。」
「ひっ…来るな……来るな!!!」
手元にあるリモコンを操作しているようだが、一向に彼女が止まる気配はない。
ついにはリモコンを捨てて逃げ出してしまう。
「逃げる。ことも。許されてはいけません。」
逃げようとした出入り口は順番にすべて閉まっていく。
「この世界、は、失敗、しました。もう、ここから先へは進めません。」
「ここから先……って、どういうことですの?」
「もう、時間が、ありません。本当は、説明、したかった。ですが。」
這いずりながら辿り着いたコントロールパネルを、視界に入れることすらなく起用に操作して外の様子を映してくる。
そこに見えたのは消えていく世界と、強制脱出ボタンで帰っていく生き残っていた人々の姿だった。
そして、映像の中に書置きがあることに気づく。
【時間がない。連絡手段が無いのでここに記すことを許してほしい。世界の崩壊が始まった、と言い始めたこの機械が、順番に俺たちを送還し始めた。愛上。お前も急いで戻るんだ。巻き込んですまない。】
さっきまで皆が居た場所の監視カメラだった。
もう誰もいない、だだっ広い空間になってしまっている。
「私たちは、ここに、残って。罪を清算、します。」
「それはつまり……この世界と共に……死ぬつもりですの?」
「はい。もうすでに、彼の送還は不可能なように手を回しました。私たちは、元は一人。別人でも、一人なんです。」
そう言う彼女の視線の先には、過去に作られたのであろう『失敗作』の面々が次々とジェニーの近くに集まっていく光景があった。
もう、彼の声は聞こえない。
「さあ、貴女ももう、時間です。」
この世界に来るときに感じた気持ち悪さが辺りを包み始める。
無機質な機械音声が強制帰還のアナウンスを始める。
「さようなら、優しい王女様。」
そう言い残して、彼女は眼を閉じて力なく倒れこんだ。
辺りを光が包む。
気持ち悪い感覚が全身を包む。
気が付くと、そこは元居た世界。
愛上が異世界転送装置を使った、その場所に戻ってきていた。
「…………」
言葉が出ない。
何もできなかった。
何もすることが出来なかった。
何をしてあげることもできなかった。
ただ、世界の崩壊を眺めただけ。
既に壊れてしまっていた人間の末路を、ただ見ただけ。
そんな絶望感が、愛上の胸の中に重苦しく残っていた。
久々の更新です。機関がまた空いてしまって申し訳ありません!
第一章は、これで完結です。
後味最悪な上に急にまとまってもやもやします。
正直自分ももやもやします。
でも、それしかないと思うんです。
いきなりすべてを理解して100%完璧にやりきることが出来るのがいいストーリーだとは思ってません(今回みたいなのがいいってわけでもないですが)し、むしろ愛上にはここで何かを感じ取って、一つ成長してもらいたいなと思ってます、
もちろん、物語の中に居る愛上であってモノホンの方じゃないですよ!モノホンはもう俺よりバッチリ大人なので俺がどうこう言うのは正直烏滸がましい部分がありますので……ほんとに。
幕間をはさんで次の章に向かいます。
新たなキャラや、聞き覚えのある名前が出てくるかも…
来ないかも…
とにもかくにも!更新をお待ちくださいませ!
ではまた!
次回更新はちゃんと早めにやります…