そして、愛上景斗は知っていく
『まだ帰るべきではない。この世界でやることがある。』
と。
そう決めてティータイムを始めたのは良いとして。
「どう考えてもジェニーが怪しいのは分かるんですの。そこから先……どう推理すればいいか分かりませんわー!!」
愛上は、この世界の真実を早くも考え始めていた。
何が起こったのか。どういう世界なのか。
囚われた人々はなぜ囚われているのかetc...
考えるべきことは山ほどあるが、考えれば全てがわかるほど甘くもない。
「やっぱり、聞きに行きますわ。」
紅茶を飲み終え、テーブルを片してから踵を返して先程の通路を戻る。
「ちょっと、そこの貴方。」
囚われている人の中でも若めの男性に声をかけてみる。
「………君は?新しい住人か?」
生気は感じないが命の危機に瀕しているようにも見えない。
所謂『生きているだけ』といった状況。
「いいえ。わたくしは愛上景斗。この世界を……」
『ぶっ潰しに』?『この世界の人を連れ戻しに』?
何と伝えるべきなのかを決めていなかった。
一瞬の思考の末、
「この世界の観光にきましたの!」
と答える。
「観光、か。大自然を選んだのかな。だとしたらこんな未来的な機械があって残念だったね。」
「いいえ。大自然と機械の対照的な存在感、感銘を受けましたわ!」
「そうか。それはよかった。残念がられたら僕としても悲しいからね」
こんな状況でも、この世界のことを否定しない。
彼は一体何故こんなふうに捕まっているのか。愛上には理解できなかった。
「…それで、貴方はなぜこんな状態に?」
理解できないのなら、聞くしかない。
包み隠さず、直接聞く。
時間の節約にもなるこの行動は、ある種の確信を与えることとなる。
「僕は、というかここの皆は。こうなるべくしてなっているだけさ。この美しい世界を知ることは叶わないけど、自業自得なんだ」
諦めたような口調で、男はそう答えてきたのだ。
「自業自得…?ふざけんな!俺らが何やったってんだ!!俺たちは俺たちの権利を行使したまで!それに満足してた奴が間抜けだったってだけだろうが!!!」
横の檻に居る壮年の男性から怒声が響く。
「権利…?何の話をしてますの?」
愛上には何が何やらわからない。
だが、確かに見たのはその檻が赤く色を変え、それを見た原住民たちが檻を叩いて威嚇し始めるという異様な光景。
「全く…皆が同じ感覚を共有することは出来ないとしても、だよ。」
ジェニーの声がする。
機械からではなく、直で聞こえる声だ。
通路の方から足音が聞こえ、先程愛上も見た姿が現れる。
「貴方は本当に、アレは悪くないと。自業自得でこの状況になっている、とは考えないと言うのですね。」
落ち着いたトーンで、ジェニーが語りかける。
「あぁそうだよ!俺らが俺らの為に全力を尽くして何が悪い!お前だって逆の立場なら同じことをしただろうよ!」
赤い檻の男は怯むことなく怒鳴り返す。
「こんなふうにこの世界のバカどもを従えて俺たちを閉じ込めてるのがいい証拠だ!お前は俺たちが怖くて仕方ない!外に出すことすら出来ない程にはな!!」
周りの檻の人々は一切言葉を発しない。
ジェニーが現れた瞬間に檻を叩くのも辞めていた。
赤い檻の男の言葉だけが、この施設にこだましていく。
「言いたいことは、それだけ?」
自分と話していた時とは別人のように語りかける姿に恐怖すら覚えながら、愛上は何も口に出せずにいた。
この空気感はとてもよくない。何かが起こる。
そう、直感していても何も出来ない。
人の恐怖、怒り、困惑、ありとあらゆる感情の波に揉まれているかのような感覚に情報処理が追いつかない。
「待ってくれ、ジェニー。」
声を発したのは、愛上が先程まで話していた男。
「君は…少しは反省してるんだね。」
「彼女と、少しだけ話をした。君が選ぶのもよく分かる、素敵な人だったよ。」
「人のものを批評して語るのはやめて貰えるかな。悪い癖は直らないみたいだね」
「ちょっと待ってくださいまし。いつから貴方のものになったんですのわたくしは?」
「……これは僕の悪いところだね。気がはやってしまったよ。いずれ僕のものになってくれる彼女を語るのはやめてもらえるかな。」
ジェニーは飄々と愛上のツッコミを躱していく。
「いやそうじゃないんですわ」
愛上の言葉は宙を舞う。
「…彼女、愛上さんは。君を選ばないよ。」
檻の男は淡々と告げる。
「そうかい。今は選ばないかもね。いずれ、最後に選んでくれれば僕はそれでいいんだ。」
「おい!俺を無視してんじゃねえぞ!!!!」
赤い檻の男が騒ぎだす。
「君は黙っておくといい。なんだっけ。沈黙は金…だっけ。いい言葉だよね。」
そう言い残してジェニーは帰ってしまう。
「自己紹介もまだだったね。僕は……名前を無くしてしまってね。3号、とでも呼んでくれ。」
檻の男ははにかむように笑いながら愛上に告げる。
「名前を…?いえ、深くは聞きません。何か事情がおありでしょう。3号さん、事情を話して頂けませんこと?」
こくりと頷くと、3号と名乗った男は話し始める。
「彼は…ジェニーは、ここに居る皆と共に研究を進めていた仲間だった。その研究は宇宙への進出を目指したものだったんだ。研究も順調で、いよいよ新機体の実験というところまで漕ぎ着けた。」
「宇宙への……進出。」
「うん。いずれ新天地を見つけ、人類の繁栄を止めないための。未来を作る研究と称してもいいかもしれないね。ともかく、その研究はじつに順調だった。ひとえに彼の…ジェニーの有能さがもたらした結果だったと言えるんだけど。」
「彼は、そんなに凄かったんですの?」
「そりゃあもう!僕らじゃ考えもしない観点からのアプローチでどんどん問題点を解決していったんだ。原案は僕たちが出すことが多かったけど、それをブラッシュアップしていったのが彼だと思ってくれれば分かりやすいかな。」
「聞く限りは、いいチームのように感じますわね。」
「だろう?実際そうだった。でも、ダメだったんだ。僕たちは彼を裏切った。」
「何をしたんですの」
「彼の研究はあくまでも問題点の解消、解決。公に名前が出ることは少ない。それを利用して、彼…赤い檻の男と言えばわかりやすいかな。嘉数は、ジェニーを研究のメンバーから表面上除外したんだ。」
「除外…?居ないことにしたということですの?」
「そういうことになる。発表の場に出るのは僕たちばかり、賞賛を受けるのも僕たち。果てには研究が完成して賞を受賞したのも僕たちだけだった。一番問題を解決してきた彼には、なんの賞賛ももたらされなかった。」
「……その、復讐ということですの?」
「それもあるだろう。でもね、嘉数はやりすぎたんだ。」
「まだ…何かあるんですのね」
「ジェニーは当時から賞賛を求めなかった。賛辞を皆から受けることを望まなかった。1人研究室に残り、問題点を洗い出すことに注力し続けたんだ。」
ふう、と一呼吸おいて3号は話を続ける。
「彼が称賛を望んだただ1人は、イライザという女性だった。丁度、君のような美しい金髪の女性だったよ。」
「……わたくしのような方でしたのね。少なくとも、見た目は。」
「ああ、そういうことだ。そして彼女は、嘉数に迫られ、事故に巻き込まれて命を落とした。」
「…っ」
「これは本当に事故だったんだと思う。本人たち以外がその場に居たわけではないけど。古い研究所だったからね。ある日、窓枠が緩んでることに気付かずに、そのままイライザは4階から落ちて……」
「その時、カメラにも映ってたんだ。イライザが嘉数に迫られて、それを拒否しようと後ずさった時に窓から……落ちていく様が。流石の嘉数も否認できず、むしろ救命措置はきちんとしていたくらいだった。救急車も呼んでたし、然るべき裁判も受けていた。」
「………」
愛上は言葉が出なかった。
次に顔を合わせた時に何というべきなのかが分からない。
今すぐにボタンを長押しして逃げてしまいたい。
他の世界から連れ戻せばいいのではないか。この世界はもうどうしようもないのではないか。
そんな思いが頭の中をぐるぐる回り続ける。
「ンだよお前までよぉ!サンゴウさんよ!お前だって共犯だろうが!黙ってる周りの奴らもよぉ!」
嘉数が叫ぶ。
最後の止めを刺したのは彼だと言われても仕方ないが、それ以前の除外は皆に責任があるのも確かだ。
「ああそうだ。だから、皆で彼への贖罪を考えているんだろう。君以外はな。」
「そうやって良い子ちゃんぶってアイツに尻尾振ってここから出してもらおうってかぁ!?わざわざそんなことアイツがするわけねぇだろ!仮にアイツの立場が俺だったら、絶対に出さねえからなぁ」
嘉数が雄弁に語る。
実際、ジェニーはここから誰も出していないように見える。空になった檻は無いし、複数人で囚われている場所もない。
「…そういえば、ここで捕まっているとはいえ生存していると言うことは最低限の保証はされてるんですわよね?」
ふと疑問に思ったことを愛上が口にする。
「………うん。そうだね。僕たちは死なないで生きながらえているよ。」
3号の声が低くなる。
「……何か、あるんですの?」
「僕たちに食事も、栄養も必要ない。ただここに在るだけで生存し続けることができてしまう。」
3号が服をはだけさせると、そこにあるのは心臓部に埋め込まれた機械だった。
「光合成も、水分の生成も、全て空気から賄ってしまう。あらゆる生命活動を停止させない為の機械。
彼はこれを開発し、この世界に辿り着いた僕たちに取り付けた。」
愛上にそれは良い発明品だ、とは思えなかった。
永遠の命。朽ちぬ体。食事すら必要としない完璧な生命と言えなくもないだろう。
だがそれは、あらゆる娯楽も欲求も捨て去ったナニカ。
言うなれば『ただ生きているだけの人間モドキ』とでも言えてしまうだろう。
目の前にその技術が生まれていることにも恐怖したが、それを躊躇なく取り付けてしまうジェニーが愛上は恐ろしかった。
そして、悲しくもあった。
「この機械は完成しきっているんだ。何せ、この世界に来てからずっと全員でこれを作り上げることを目標にしていたから。ここにいる全員で作り、ジェニーが問題点を洗い出し、更に改良を重ねて完成させている。あの頃とほぼ同じように、作られているんだ。」
自重気味に3号が語る。
「でもね。彼は自分には付けなかったんだ。そして、永遠の命に胡座をかいた僕たちを1人ずつ隔離するようにこうして閉じ込めた。」
「んで、こうしてこの時代のよくわからん野郎どもを見張りに仕立てて遊んでやがるんだよ。悪趣味にも程があると思わねぇか?」
3号の話に嘉数が割り込んでくる。
「なあそこの金髪の嬢ちゃんよ。この檻開けてくれたら何か一つ欲しいモン作ってやるからよ。これ開けちゃくれねぇか?」
「はあ?なんでわたくしがそんな事を」
却下しようとする愛上の言葉すら遮って嘉数が続ける。
「いーや、メリットならあるぞ。ここの全員が居れば不死の装置すら作れたんだ。その俺たちがもう一度頭脳を結集させれば……やれることは無限だと思わねえか?思うよな?」
「なら話は簡単なはずだ。外にいる嬢ちゃんが鍵を持ってくる。俺らがそれで出る。後は適当に脱出して終わりってなもんよ。」
周りの檻にも聞こえるように声高らかに叫ぶ嘉数。
その声はよく響き、そこかしこの檻からもその意見に同調する声が聞こえ始める。
「……僕は、いいよ。皆ももう一度考えてみて欲しい。僕らが彼にしたことを。」
3号は脱出の案に乗らず、声を上げない。
「そんな陰鬱な奴は放っときゃいいんだ。あとは行動次第だぜ?嬢ちゃんよ」
愛上に全ての檻の中の人間の視線が集まる。
答える前にきちんと深呼吸をして。
愛上景斗はその声を掻き消すように言い放った。
「貴方達全員、悉く馬鹿ですのね!心底軽蔑致しますわ!!!これまでの自分たちのことを省みる気持ちはどこに行ったんですの!?」
「…………」
その様子をジェニー・ジーニアスは、独り見つめていた。
暗く、誰の声も届かない部屋で。
モニター越しに愛上の声が響いていた。
いつもよりちょっとだけ長く書いてみました。
とはいえ約5000字しかありませんが如何でしたでしょう。
ちなみに今回のストーリーもその場のノリとそれなりのフィーリングで構成されているのでこっからどうなるか僕も分かりません。
どうしようかな…(絶望)
とりあえず、また次回!
すぐ投稿されるけどね!