1話 変な人間
テオルが行方不明となってから数日、王国内は大混乱に陥っていた。当然だろう、魔王の城へと攻め込む直前で希望を失ったのだ。
「王国はやっぱ混乱するよなぁ。」
テオルは王国から離れ、「アスモデウス大森林」へと足を運んでいた。「勇者が消えた」などという情報は魔族からすれば、王国に攻め入る最大のチャンスとなるのだ。
魔族は、魔物の上位存在であり、知性のある魔物のことを指す。そしてこの「アスモデウス大森林」は魔族で構成された、いわば人間からすれば最悪の森なのである。だからこそテオルはこの森へと身をひそめたのだ、王国に攻め入る最大のチャンス、それを魔族たちが見逃すはずがない、王国に攻め込むための作戦を練るはずだ、よってこの森は現在さほどの脅威とはなっていない。それに人間たちは足を踏み入れない、そう考えたのだ。
「能力は...うん、やっぱり協会の加護がなくなってる今は使えないな。」
この世界での能力は、女神アテナから授けられた物であり、協会の加護を得て、女神と間接的に繋がることで使用が可能となる。テオルは現在王国を離れ、「悪魔殺し」から受け取った防具を捨てた状態であり、女神と繋がる手段を無くしている。のでテオルにとって能力が使えないのはおおよそ予想通りであった。
ガサガサッ!!
テオルは物音がしたと同時に咄嗟に剣を引き抜いた。能力が使えない戦闘は何年ぶりだろうか、そんなことを考えていた。
が、テオルはすぐに剣を鞘に納めた。
女の子だ。それも自分とさほど年齢が変わらなさそうな女の子、だがここは「アスモデウス大森林」、ただの女の子ではない、そんなことはテオルにもわかっていた。だがそれでも剣を納めるに値する理由があった。
ケガだ。ケガをしていたのだ。
「あんた、そのケガ...」
「ひっ...人間...!!!」
女の子の魔族はテオルを見るやいなや、炎魔法をテオルめがけ放つ。
「少し話を聞け!!」
「人間の話など...誰が!!!」
仕方ない、少し荒いけど...!
テオルは一瞬にして魔族への距離を詰め、「雑貨屋」での件でくすね、バッグに詰めていた回復薬を魔族の傷へとかける。
魔族は一瞬にして意識を失った。
...傷が癒えていく...痛みが...なくなって...なんでこの人は...私は...魔族なのに...
「起きたか?」
目を覚ますとそこには先程の人間が自分の横に座っている、それに加え周りの安全のために「簡易結界」を張っている。
この人間の思考が理解できない...油断している今なら...!
「やめとけ、傷が広がる上に、今魔力を消費したらお前の体が消える。」
思考を読まれてる、こんな人間は初めてだ。思考を読めるほどの強さ、それに魔力の容量も見える、なのにどうしてこの人間は私を生かした???
「思考が読めるんでしょう?隠しても無駄だと思った、だから聞かせて。」
テオルはため息をつき、はいはい、なんとなく読めてたし。という態度を全面に出し、答える。
「俺は魔王になりたい。未来で自分の民になる者を救うのは当たり前だろ?」
は?理解ができない、人間が魔王に?なぜ?こんな変なことを言う人間など...人間など...
「あんた、名前は?」
彼女は考えるより先に自分の名前を声に出していた、「アグニス」と。