花火大会と二人の約束
星屑による星屑のような童話。
お読みいただけるとうれしいです。
ある、夏の夕暮れでした。
とてもたくさんの花火が上がることで有名な花火大会の会場に、大勢の人々が集まっていました。
多くは涼し気な浴衣を着た、打ち上げ花火の観客たちです。
昼間のギラギラとした太陽にこれでもかと熱せられた大地が、そのお返しとばかりにその上にある空気をその余韻でゆらゆらと揺らしますが、観客たちはそれをかわそうとでもしているかのように、肩を楽し気にゆらゆらと揺らしながら歩いています。
そんな人々の中に、間もなく始まる花火大会を楽しみにしながら、肩を寄せ合って歩く一組の男女の姿がありました。
男子の名前はタケル。女子の名前はユミ。ともに、高校二年生です。
二人は幼いころからの友達で、毎年この花火大会を楽しみにしていました。けれど、今年の花火大会は特別でした。タケルが、来月に遠くの町に引っ越すことが決まっていたからです。学校も転校することになっていました。
去年までは学校の仲間たち数人で見に来ていましたが、今年はどういうことか他の友達が行けなくなり、二人だけでやって来たのでした。
やがて、花火の良く見える堤防の斜面に腰を下ろした、浴衣姿の二人。
どちらも口をもごもごとさせるだけで、会話にはなりません。そうこうしているうちに辺りは暗くなり、ついに花火大会が始まる時間になりました。
人々の歓声とともに、花火が次々と打ち上げられていきます。
ひゅるると音を立てていくつもの光の筋が上っていったかと思うと、やがてそれは大輪の花となって、夜空に咲きほこりました。
二人は、火薬のにおいの立ち込める中、その美しさに見とれつつも、心の中ではそれぞれの思いを抱いていました。タケルはユミとの思い出を胸に刻もうとしていたし、ユミはタケルとの再会を念じていたのです。
「タケル、来年もここで一緒に花火を見てくれる?」
大きな仕掛け花火が終ったとき、ついにユミがその思いを口にしました。
タケルは少し寂しげな笑みを浮かべながらも、はっきりとした口調でユミに答えました。
「うん、わかった。来るよ……絶対に、来る。また二人で花火を見よう。約束だ」
それからも花火は続きましたが、二人の会話は続きませんでした。
最後の大きな花火が夜空に舞い上がり、二人の顔を照らした瞬間――タケルはユミの手を握りしめていました。
ユミの瞳には、いくつもの涙の粒が浮かんでいました。
花火大会も終わり、夏の夜空はいつもの静けさを取り戻しました。
二人は、再会の約束を胸に刻みつつ、肩を寄せ合いながらゆっくりと――本当にゆっくりとした足取りで、会場を後にしたのでした。
☆
それから一年が過ぎ、再び夏の花火大会の日になりました。
ユミは、忘れもしないタケルとの約束を胸に、あの場所に立っていました。ただ、今年は浴衣ではなく、高校の制服姿でした。わくわくが抑えきれないのか、これから咲くであろう花火にも負けないくらいの笑顔の花が、彼女の顔に咲いていました。
でも――。
待っても待ってもタケルは来ません。
(タケル……どうしたの?)
夜空に花火が咲き始めても、やって来ないタケル。
ユミはタケルに連絡を取ろうと自分の携帯電話を探しましたが、どこかに置き忘れてしまったのか、見つかりませんでした。
ユミの笑顔の花が、いつの間にかしぼんでしまっています。
そんなときでした。
背後から、聞き覚えのある――いえ、ずっとユミが待ち続けていた声がしたのです。
「ユミ!」
ユミが振り返ると、紛れもないタケルの姿がそこにはありました。
けれど、どこか様子が違います。タケルの姿は陽炎のようにゆらゆらとゆれていて、少し透けているのです。まるで幽霊のようでした。
「タケル……?」
首を傾げ、とまどった表情で声をかけるユミ。
けれどタケルは、そんなことなど気にも留めず、ユミの目をまっすぐに見つめると「ユミとの約束を守るために、僕は来た」と告げました。
その言葉に喜んだユミでしたが、いつもとは違う様子のタケルを不思議に思い、声をしぼり出すようにして彼にたずねました。
「どうして……こんなことに?」
一度、きゅっと唇をかみしめたタケルが、自分に言い聞かせるように話し始めます。
「昨日、事故に遭ってしまったんだ。でも、僕はあきらめなかった。ユミがここにいるのを感じとって、やって来た。約束を守りたいという僕の想いが、通じたんだよ!」
「ありがとう……来てくれて」
そのまま肩を寄せ合った二人は、静かに花火を眺めました。
眼下に咲きほこる花火は二人の再会を祝福しているかのようでしたが、肝心の二人にはよく見えていません。なぜって……二人とも、涙で景色がにじんでいたからです。
花火大会も終わり、辺りがしんと静まりかえりました。
それを待っていたかのように、ぽそりつぶやくようにして、タケルが言いました。
「……残念だけど、会えるのはこれで最後だと思う。でも、僕はユミを絶対に忘れない」
「私も忘れないよ、タケル」
ユミはどんどん色の薄くなっていくタケルを抱きしめようとしました。が、ユミの腕は宙をかすめただけでした。
「さようなら、ユミ。でも、いつかまたきっと――」
更に薄れていく、タケルの姿。
やがてそれは、ユミにはまったく見えなくなりました。
そのとき、ユミは気づいたのです。
というより、ようやく認めることができたと言った方がよいかもしれません。花火大会を見ていたこの場所が実は天国の入り口で、亡くなったのは、本当は自分だということを――。
なぜって、花火の輪が自分がいる場所よりも下の方にありましたから!
ユミとの約束を果たす気持ちの強かったタケルは、その『想い』の力で、この場所に姿を現すことができたのです。
「さようなら、タケル。そして、ありがとうね」
ユミは、タケルが自分のことを一生忘れず、ずっと天国の自分を地上から見守ってくれるであろうことを確信しました。
そして、夜空に浮かぶ星のひとつとなって消えていく自分を感じたのでした。
おしまい
お読みいただき、ありがとうございました。
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