はじまり
それは、ある夏の日の出来事だった。
その日、王城の中庭で、王女セレスティアと、剣士ローウェンの婚姻式が執り行われていた。
木漏れ日が降り注ぐ王城の中庭で、二人は誓いのキスを交わした。二人の友人たちは祝福の拍手を送り、父王も涙を浮かべ、娘の幸せを喜んでいた。
ふとそのとき、セレスティアは何かの気配を感じ、顔を見上げた。すると、雲間から突如、まぶしい光が中庭に降り注いだ。そして、その光のカーテンの中を、一人の美しい天使が舞い降りてきた。
天使の頭上には、かがやく光輪が浮かんでいた。彼女は小さな羽をはためかせながら、ゆっくりとセレスティアのそばへ近づいた。
天使は語り始めた。静寂に沈む中庭に、天使の声が響き渡った。
「セレスティアよ、聞け。汝は神の御子を宿した。その胎内に宿る者は、やがて救世主となろう」
天使の言葉は、セレスティアを感激させた。幼い頃から信仰心の篤かったセレスティアにとって、天使の放つ言葉は、神の啓示そのものだった。天使は続けた。
「セレスティアよ、聞け。この世界の東の果てに、かつて世界を統一し、地上に平和をもたらした黄金の国がある。黄金の国にたどり着いた者は、神に出会い、あらゆる願いを聞き届けられる。汝の子は、その国へと向かう定めだ」
セレスティアは驚きと喜びに打ち震えた。自らの子が、世界を闇から救う。その使命を、セレスティアは心に刻んだ。
「神は五人の使者を地上に遣わすだろう。一人は、皇の宝剣に選ばれし勇者。一人は、無限の叡智を得た賢者。一人は、消された歴史を生き抜いた覇者。一人は、神のことばを語る聖者。一人は、世界の終わりを見た預言者。汝の子は、彼らとともに、世界を旅することになる。そしていつの日か、黄金の国へとたどりつき、この世界を悪魔の手から救い出すだろう。」
この天使の言葉は、やがて国中に伝えられた。こうして、数多の冒険者が、世界の何処かにある黄金の国を探すために、旅立っていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あくる年の夏至の日、この世界に二人の赤子が生まれ落ちた。
一人は、王女セレスティアの身体に宿った、神の御子だ。
王族の子供は、取り違えを防ぐため、その出産は公開される習わしだった。セレスティアも、自らそう望んで、大勢の貴族が見守る中、子を生んだ。
しかし、御子がその身体から生まれ落ちた時、貴族たちは息を呑んだ。
御子は、あたかもその全身が、赤黒い血に染まっているように見えたのだ。最初、貴族たちは、御子が死産したのかと恐れた。しかし、産婆が慣れた手つきでその体を清めると、彼女の身体を覆う赤いものの正体はやがて明らかとなった。
それは決して血などではなかった。それは、赤子の背中に生える、美しく赤い六枚の羽根だった。
王は、彼女を抱きかかえた。すると、この赤子の頭上に、黄色い光の輪が浮かび上がった。それこそは、彼女が神の御子である証だった
ここに、神の御子は生まれた。御子はアマンダと名付けられた。神の御子生誕の知らせは、彼女の名前とともに、わずか一日で国中を駆け巡った。
同じ日に、ロードランの辺境にて、ある下級騎士の家に一人の男子が生まれた。男子はクロードと名付けられた。
彼が二歳の時、その家には弟が生まれた。弟はウィルと名付けられ、二人はすくすくと成長した。
彼が五歳になったとき、近くの村に魔物が湧いた。騎士は魔物と戦い、その片腕を失った。
彼は教会にて治療を受け、長い間目を覚まさなかった。苦しむ父を見て、クロードは剣士になると己に誓いを立てた。一方ウィルは、聖職者となり人を癒やすと誓った。
父はやがて目覚めた。彼は、残る片腕でクロードに剣術を教えたが、彼の上達ははやく、すぐに追い抜かれた。彼は騎士団の人間に頼み、彼らとの模擬試合に参加させたが、わずか九つの身でありながら、彼ら大人たちもあっという間に打ち倒してしまった。
クロードの名前は評判となり、噂を聞きつけた流れの冒険者が彼に手ほどきを授けた。そして、彼はわずか13歳の若さで、王都の剣術大会に出場した。
彼は、その大会で、優勝を飾った。
クロードは、王に導かれて、歴代の王たちが眠る墓地に案内された。その墓地の最奥には、ひときわ大きな墓石が鎮座していた。それは、ロードランの開祖にしてせかいを統一した王ロキの墓だった。
墓石の手前には白い大理石が露頭しており、その大理石の上に一本の古剣が突き刺さっていた。
それは、五千年前のかつて、天使ザビエルが世界を救うためロキに託した、宝剣ドレッドノートだった。
ロキは一つの遺言を遺していた。それは、この剣を抜くものが現れる時、それは自分と同じように、世界を統べる力を持つものであると。
歴代の王がこの剣の柄に手を掛け、引き抜こうとした。しかし、いままで誰一人として、岩から剣を抜くことができるものはいなかった。
クロードは石にまたがり、剣を握り力を込めた。すると、剣は驚くほど簡単に、岩から抜き放たれた。その剣身は、たった今磨かれたかのように、光り輝いていた。
やがて、彼が王女と同じ日に生誕したことが知れると、王たちは沸き立った。クロードこそが、神が遣わした三人の使徒の一人、皇の宝剣に選ばれし勇者に違いない。
この事実に、国中が歓喜した。
クロードは、王族の学校に通うこととなった。彼はそこで、王女と親睦を深めた。そうして二年の月日が経った。
そして、いまから三年前、ロードランから西の地にある島エーゲにて、贄の悪魔オラクスが現れた。
王子ローウェンのもと、オラクス討伐のための軍が組織された。クロードは、この討伐軍に志願した。そして、二年に渡る長き戦いがあった。激しい戦いのさ中、ローウェンは戦死した。しかし、クロードは残った兵を率い、見事勝利を収めた。
帰路についた彼が港に入ると、多くの国民が彼を祝福した。彼がオラクスの首を高々と掲げると、群衆はさらなる歓声で応えた。
王はその場で、クロードとアマンダの婚姻、そして王位継承を宣言した。
それから一年の時が過ぎたある日、物語ははじまる。その日王都では、世界各国の賓客を招き、二人の結婚式が盛大に催されることとなっていた。街は花々で彩られ、人々は通りに出て、歓喜の歌声を上げていた……
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――