真実を知らされるチー牛
第6章 ハヤットの真実
比呂保保は、部族の洞窟を後にし、失意の中で夜の闇に歩き出しました。彼の心は過去の回想と深い独白で満たされていました。
比呂保保(心の中で): 「こうして部族を去る日が来るとは思わなかった。私がここにいた時間は、いったい何だったのだろう?」
彼の思い出は彼を過去へと連れ戻しました。部族の火のそばで過ごした暖かい夜、初めて狩りに出た朝の緊張感、まだ差別の感覚のなかった部族の子供たちと笑い合った日々。これらの記憶が彼の心を激しく揺さぶりました。
比呂保保(回想中): 「私が部族で初めて成功した狩りの日、とったのはネズミだったがみんなが私を褒め称えた。あの時は、本当に居場所を見つけたと思った。」
しかし、今彼が感じるのは、その幸せな記憶とは裏腹の、深い孤独感と排除された痛みでした。
比呂保保(独白): 「私の言葉が理解されなかったこと、受け入れられなかった真実。私が伝えたかったことは、ただの幻想だったのだろうか?」
彼は夜空を見上げ、星々の光が遠く感じられました。
比呂保保(心の中で): 「もしかして、私の居場所はここではなかったのかもしれない。1000年にも感じられた石との対話の日々はいまとなってはおぼろげな幻のようにも思えてきた。でも、私は何を求めて、どこへ向かうべきなのだろう?」
比呂保保は一人、闇の中を歩き続けました。彼の心には、部族とのつながりが断ち切られた寂しさと、未知の道への不安が混じり合っていました。
原始時代、部族の力をかりずにはいきていけない。これはこの世界でいきる人類の共通の常識だった
比呂保保: 「私の旅はまだ終わらない。新しい道を見つけなければ...」
彼の足取りは重く、しかし確かな一歩一歩でした。彼の旅は、これから始まる新たな物語への序章に過ぎなかったのです。
比呂保保が洞窟を後にしてしばらく歩いていると、ハヤットが彼を追いかけ、悪意を込めたおちゃらけた様子で声をかけました。
ハヤット: 「ひーろっほほ!去る前に少し話そうじゃないか。ねぇ、比呂保保くん、今どんな気持ち?どんな気持ち?」
比呂保保は驚いた顔でハヤットをみていた。 今更ぼくになんのようだというのだ。僕を追い出した張本人じゃないか。
比呂保保 どんな気持ちってなんだよ 馬鹿にしているのか!
ハヤット まぁきけって 君は知っておいた方がいい
ハヤット: 「俺は昨日洞窟でやったみたいにこうやって空気を操りながら、気に入らないやつを空気だけで追い出してきたんだよ。お前に恨みはない。空気を使えばバカはすぐに操れるからな。今回も腕がなまらないように適当にきっかけさえあればできるって実験したかっただけさ!ついでに、失意の中で消えてくやつの顔を見るのが面白くてな。」
ハヤット: 「おかしいと思っただろ?確かにお前は足手まといだけど、ただそれだけで部族全体からあんなに悪意を向けられるわけがない。全部、俺が裏で操ってたんだ。印象操作、空気を自分の思い通りに持ってく技術。これさえできればこの世界は楽勝だ。逆にこの過酷な原始時代で空気が読めないやつ、洞窟内でのヒエラルキーが低いやつは、口減らしですぐ間引かれちまうんだよ。俺らの死因ナンバーワンは仲間同士の間引き。俺らの中じゃ常識だろ?空気が読めないお前が悪いのさ。」
比呂保保は、これまでみんなの人気者、いつも場を整えてくれて楽しい雰囲気を提供し、おいてかれてる人がいれば手を差し伸べるいいやつだと思っていたハヤットの真の姿を見て、驚いていた。しかしそれでいて自分に対して最大級の侮辱をしている、真実を語るハヤットにむしろ 怒りとは別の感情がわいてきていた。
比呂保保: 「そんなことを俺にばらして、今からみんなに伝えたら、何てことが意味ないんだろうな。」
ハヤット: 「よくわかってるじゃないか。洞窟は完全に僕の支配下さ。馬鹿な連中だからな。いまさら君が何を言ったって無駄だよ。」
比呂保保はしばらくぼんやりとうつむきながら答えました。
比呂保保: 「なんか、かえって安心してきたよ。なにも理由がないのに悪意を向けられるにしては異様な光景だった。おなじ生き物とは思えない。なにか白い線が見えたような気がしてたんだ。ここからここまでで人間とそうでないものの境界線が。なるほどね、僕...」
ハヤット: 「なに言ってるんだ、君はチー牛だろ。人間のつもりだったのか?まあ、洞窟の連中も僕にとっては同じ人間のつもりはないけどね。僕はもっと上位の存在なのさ。彼らは僕のいいように操られるだけの凡夫だよ。」
比呂保保: 「こんなことになってショックだったけど、最後に真実が知れてよかった。残った連中がみんな、ここの在り方に疑問もなく満足して、自分たちが正しいと疑わずいたんなら、それこそ僕は世間から完全に孤独だったんだろうけど。ハヤット、君には悪意があったんだ、それは僕にとってどちらかというと救いだった。」
比呂保保: 「こんなことを言うのもなんだけど、僕は歌う山で特別な体験をした。1000年にも感じるような時間の中でたくさんのことを知ったんだ。そこで僕は少しだけ未来のことを知った。その時の記憶は断片的にしか思い出せないけど、きっかけがあると思い出せるようなんだ。そして僕には子孫が生まれ、数万年後のこの星で、もう人類の9割は飢えることがなく、栄華を極めていた。なのに僕の子孫だけがチー牛と呼ばれ、世間から差別され、数万年たってもずっと今の僕と同じように迫害されて生きている。」
ハヤット: 「ふーん、馬鹿なことを言ってるとは思わないよ。僕もあの石の接触者だからね。空気が視覚的に見えるかのように読める力はそこで手に入れたからね。僕はふれただけで石と話したりなんかしてないけどね。」
比呂保保: 「そうだったのか。僕はそんな特殊能力はないみたいだけど、ビジョンが生まれた。それは何よりも強い力だと思ってるよ。世界を変えるのに特殊な力はいらない。想いで変えてみせる。ぼくは未来のチー牛が迫害されない、チー牛だけの楽園を作る。」
ハヤット: 「ははっ!勝手にするといいさ!僕はこの洞窟を足掛かりに国をつくり、隣の部族が始めたっていう農業を奪って、勢力を拡大してこの世界の王になってやる。チー牛の国なんて速攻で攻めて滅ぼしてやるだろうさ。てか、そもそも生き残るわけないかwまぁ、せいぜい頑張れよ。チー牛なんかに何ができるでもない。石に近づいたのに何も身に着けてないのはお前がチー牛だからだよ。何やっても無駄さ。」
比呂保保は、ハヤットの事実に驚きはしたものの、意外と肩の力が抜けていました。もうあの部族の人々と関わらなくてもいいこと、洞窟内の人々を自分の意志がないように感じていたが、ハヤットは悪意はあっても意思を持った生き物だと確認できたこと、そして自分のやるべきことが見えたこと。これらが合わさり、独自の感覚を持った比呂保保にとって、これらのことはどこか自分の心を安定させるものでした。
比呂保保はこれまでにも追い出される人は何人かみてきた。もちろん間引かれるものも。 そしていままでさんざんひどい扱いをしてきた人間が、去るとわかったとき急に態度を変えていい人間を演じる。こういった人間を比呂保保は嫌悪していたものだった。だがハヤットの行動はそれとは対照的で、どこか比呂保保の独特な感性のなかでむしろ光をあてるものですらあったのだ。初めて人間の言葉として聞けた声だったといってもいい。
比呂保保はかえってハヤットのような別の方向にいかれた人間の力とベクトルに刺激されて自分の進むべき方向が対話のなかで明確になっていきました。比呂保保は売り言葉に買い言葉のような形で宣言した、
チー牛の苦しむことのない チー牛の世界をつくる。
これが以降の原始時代、チー牛の原初である比呂保保の行動理念になった。