9話 風紀委員会
翌日、俺は取り敢えずは何事もなかったような振る舞いで学校へと登校する。
俺に憑りついた奇怪な遺物については使おうとしなければ問題ないと考えた。
昨日は夕方頃に一度迷宮のあった場所に訪れたが、跡形もなく消えていてもう一度見る事はできなかった。
「そんなに悩んでどうしたよ?」
「んん、いや、大した事はないんだ。ただ少し悩みの種が出来てしまって」
「なんだなんだ~ 相談事なら俺が聞くぜ?」
『ボクも聞くよ~』
教室の自席で悩んでいる俺の肩を叩いて誠二が前席に腰を下ろす。
遺物の少女は宙に浮いて俺の周囲を興味深そうに見回している。ちなみにお前と呼ばれるのが嫌らしく“フーリ”か“フー”と呼んで欲しいらしく俺は後者の名前で呼んでいる。
追々ではあるが、この遺物がなにができるのか確かめる必要がある。
本人に直接聞いてみたのだが、実戦で体験するのが一番覚えられると教えてはくれなかった。できるだけ使用したくないとは中々言えず、なにかいい方法がないかと考えている。
「とはいえ悩み事ってのは大抵脳内がリフレッシュできたら案外軽く感じるもんだ。つうわけで。これを見ろっ!」
誠二は自分のスマホの画面を俺へと見せつける。
そこにはなにやらキラキラした衣装を来た女性達が踊っている動画が流れている。
「これは?」
「アイドルだ」
「アイドル」
「それもただのアイドルじゃねえ。これは一級冒険者チーム『ハピナス』っていう女性だけで構成されたチームメンバーでもある!」
つまり冒険者とアイドルを兼業しているということか。
どちらもかなり大変であろうにそれを両方ともこなすとは、この人達は並々ならぬ実力を持っている様だ。どこかのドームで歌っている様だが、観客席は観客の振る光るライトで埋め尽くされている。中途半端な仕事ではここまで愛されはしないだろう。
「なるほど分かったぞ。つまりこう言いたいわけだな。ここまで自分を律して笑顔を届けている人がいるのに、チンケな悩みでくよくよするものではないと。・・・・・・ありがとな誠二、先程までの自分が少し恥ずかしくなってきたよ」
「いや違ぇよっ?! リフレッシュって言っただろ! 彼女達に癒されて欲しいってことだよ」
「む、なんだそうだったのか」
どうやら解釈が違ったらしい。
しかし、アイドルを見て癒されるだろうか。尊敬の念は抱けても癒されることはない気がする。
『癒しならボクがいるもんねぇ、こんな駄肉をくっつけてるような女達に一がそそられる訳ないってのに、誠二は分かってないな』
なにを知った風に語ってるんだか。
まだ授業も本格化はしておらずいつの間にか時間は過ぎて放課後。
今日は放課後に風紀委員の集まりがある。ホームルームが終わり、畠山、綿内と共に集合場所である体育館へと向かった。
ホームルーム後にすぐ来たためまだそこまで人数は揃っていない。
クラスメイトの二人と喋る事十数分、おそらくは希望者が全員揃った。
(思ってたよりいるな)
数としては20後半ぐらい。
厳しい委員会として有名だが、その後にある進路を考えて選んだものが多いのだろう。
17時前、現風紀委員の方々が体育館の中に堂々とした佇まいで入って来る。
その中に知っている顔があった。同じ寮の堂本先輩だ。彼も俺に気付いたようで、軽く手を挙げてくれ、俺は会釈で返す。
「随分と希望者が集まったな。嬉しい事だ!」
壇上に上がり喋るのは堂本先輩ではない。
風紀委員達の先頭にいた女生徒。露草色の髪を腰まで伸ばし、風紀委員に配られる服の上着を肩掛けにしたスタイルで腕を組んでいる。
「私は風紀委員長の如月咲、2年だ。この中の何人が残るかは分からないが、これからよろしく」
3年ではなく2年生の如月先輩がトップというのは、風紀委員が年数序列ではなく実力主義の組織であるからだ。生徒会や風紀委員では実力の上の者が役職につき皆を引っ張ることになるという。というのも活動が主に実戦でのものになるため、実力者でなければ他方に迷惑がいくからだ。
それを踏まえ、指揮や実力面全てを考慮して、いくつものカリキュラムを突破してきた3年生を差し押さえて2年の如月先輩がトップに立っているのは凄まじいという他ない。
「今日集まって貰ったのは他でもない、君達をふるいにかけるためだ。といっても選抜のようなことはしない、うちはどれだけ人数がいても足りないということはないからな。君達全員が風紀委員の仲間入りを果たすこともあり得るだろう」
なにをするのか、緊張に包まれた体育館で、先輩方は壇上にいくつかのダンボールを置いた。
「中には風紀委員の制服が入っている。各々自分に合うサイズを持って更衣室で着用して、校門前に集合するように」
突然の宣言に驚く者が数名。
とはいえ言われればやるしかない。先輩方に更衣室を案内してもらい、風紀委員の制服を着用してすぐに校門へと向かう。
すでに如月先輩の姿があり、3年の先輩も数名待機していた。
「ふむ、集まったな。君達が着用しているそれは非常に優れた耐久性を持っている代物だ。そこらの刃物など通さんし、凶悪な魔物の攻撃もある程度緩和してくれる」
それは凄いな。
なんの素材で作られているかは分からないがかなりお金が掛かっているのは間違いない。
「殆どの任務で着用するものだ。これで動けるように慣らす必要がある。という訳で、走るぞ!」
そう言うや、突然走り出す如月先輩。
3年生は動揺することなく走り出す。ワンテンポ遅れるも、急いで先輩方についていく。
(速いっ)
走り出して20分程度。かなりの速度を維持して先頭集団は走り続けている。
一年生は既に遅れもでているようで、一部の先輩が後続の方へと移動した。俺は日頃から走り続けているためまだ余力はあるが、いつも以上のスペースで走っているため体への負担が大きい。
『頑張れ頑張れ!』
チアガール衣装でポンポンを振っているフーの応援を背に息を整えながら先頭集団に割り込む。
「おっ、頑張るね新界君」
「ど、どうも」
「はははっ、ごめんね、喋るとつらいか」
全く汗をかいていない堂本先輩。先頭で走っている如月先輩なんか欠伸しながら走っている。本当に同じ人間なのかと疑う。決して一年の差でこうなっているのではないと思う。日頃の鍛錬の質が違うのだろう。
(くっそぉ)
再び学校に帰ってきた時には死屍累々の屍が転がっていた。
なんとか先頭集団についていったが、まさかこんなに差があるとは思わなかった。
「よぅし、体は温まったな。準備運動はこれぐらいにして、そろそろトレーニングに入ろうか。そうだな、まずは腹筋、背筋、腕立て伏せをそれぞれ五十回やろうか。初日だから易し目で行くぞ!」
自分の耳を疑う一同。
畠山が頭おかしいんじゃねえのと言わんばかりの視線を向け、綿内さんは絶望に目の光を失っている。
「ほら、い~ち・・・・・・」
腕立て伏せをしながら、風紀委員が地獄と言われる所以に納得した。
これは確かに続けるのは難しい。将来性があるといっても、風紀委員以外にも実績を残しているものもあるため見切りをつける人も多そうだ。
「はい終了、よく頑張ったな」
やばい筋肉が痙攣して動くのも少し辛いかもしれない。
「大丈夫か、綿内さん」
「・・・・・・」
だめだ、地面に突っ伏した状態で死んでいる。
「最後は軽く対人の練習をしようか。誰でもいいからペアを作って、運動場に移動しよう」
ペア。一年生は各々が楽にやれそうな相手を見つけてさっさと作り、畠山はと彼を探せば、どうやら綿内さんと組んだようだ。お互いに視線を向けて深く頷いている。
「一人余ったか」
ペアが作れず余った俺を見つけて如月先輩が呟く。
そして、
「じゃあ私が相手をしよう」
そんなことを言い放った。
可愛そうなものを見る目が多方から突き刺さる。
「お、お願いします!」
いや、逆に考えればこれはチャンスだ。
風紀委員のトップの実力を体験できる機会なんて早々ないはず。
「組手とはいえ手は抜かず、相手を投げ飛ばす勢いで臨むように」
「・・・・・・あの、ここでですか?」
一人が思わず問いかける。
ここは運動場、足場は硬い土で、投げ飛ばされれば打ちどころによっては死ぬ可能性もある。
「死ぬ気で受け身を取るように」
問いに対し、サムズアップで答える如月先輩。
そんな彼女を相手にする身としては不安が倍増してしまった。
「魔法は禁止で。それじゃあ開始」
言うや、如月先輩が一息に距離を詰めて掌底を放つ。
後輩に初手をなんて考えはないらしい。見えている攻撃ではあるが、避けられる体力がなく、腕を交差して防御、衝撃と同時に後ろに飛ぶことでいなす。
「おっ上手い上手い」
いやギリギリだ。いなして尚残る衝撃、腕が一瞬硬直する。
如月先輩が一歩、右足を踏み込んだの確認し、気付けば左足が眼前に迫っていた。
(回し蹴りっ!)
届く距離とは思わなかったが、股関節が柔らかいのか、体を押し出しら状態で繰り出された左足は的確に俺の顎を狙っている。
「ぐっ!」
強引に、体をのけ反って回避。
対して如月先輩は攻撃がかわされたのを見て、左足を地に着くとそのまま地面を踏み込み、俺ののけ反った体の上で拳を引いた状態で構えている。
「悪くない。度胸がある後輩だ」
放たれた右拳は滑り込ませた腕を貫いて俺を地面に叩きつける。
「いっつッ!」
そして起き上がる前に素早く動いた如月先輩は、俺の左腕を腕ひしぎ十字固めで拘束する。
「おうおう、終わりか後輩! 一度も私に攻撃出来てないぞ! 避けてるだけじゃなにもできないぞ!」
ごもっともで、だけどこれを解く術がない。
痛みに耐えながら脱出を試みるも、完全に固められた腕が軋むばかりでどうしようもできない。
『一、少し息を吐いて落ち着くんだ。心を無にして』
なんだかそれっぽいアドバイスをフーがする。
確か格闘技にも呼吸で内腔を守るやり方がある聞いた気がする。痛む腕を無視して必死に呼吸を整え集中すると、ふと痛みが消えた。あまりの変化に疑問符が湧く。左腕に視線が移動し、何故か勝手に動こうとしていることに気付く。
「は?」
次の瞬間、まるでボールを投げるような動作で空に先輩を投げ飛ばした。
気付いた周囲の生徒が声を漏らし、俺は何故か動き出す両足にこれまた驚く。くっきりと足跡を残して射出される体、驚愕に目を見開く如月先輩の姿が見えた。
そのまま腕が弓形に引いて、
「ちょっ、待て!」
ぴたりと腕が止まり、体が重力に引かれてそのまま地面に着地する。
凄まじい衝撃がくるが、まだ変な感覚が残っているようで無傷だった。
先輩はと姿を探せば、魔法も使わず完璧な受け身で地面に着地しているのが見えた。
そのまま起き上がり、くすくすと不気味に笑う。
「いやぁ、いるじゃないか面白いの。確かに魔法禁止とはいったが遺物禁止とは言っていないものなぁ」
悪寒がして思わず一歩下がる。
「怖がることはない。私は新たな戦力が増えそうで嬉しいのだ。いいとも、遺物を使ってくれて構わない。その上で私が相手をしよう。今日は良い日だ、こんなにしごきがいのある後輩が来てくれるとは」
目がギラリと光っている。
捕食者が獲物を見つけた時のそれに恐怖しながら、俺は必死に拳を構える。
その後は遺物を使うようなことはなかったが、機嫌が良さげな先輩にぶっとうしでしばき倒され、凄まじい疲労感にその日は爆睡した。




