8話 伝説級
乾いた風が吹き、崩壊した建物の隙間から風が吹く。
男は書いていた日記を閉じて窓へと視線を向けた。
その光景はとてもこの世のものとは思えない。
砂漠化した地面、建物は傾き、血の匂いが漂う大地。およそ地球が崩壊した事実がそこには広がっていた。
「・・・・・・すまない」
男が謝罪を口にする。
『謝ることなんてないよ。後は、ボク達に任せて』
そんな彼を優しく抱きかかえるように小さな影が寄り添う。
徐々に世界は淡く輝き、泡沫のように消えていく。
穏やかな光の中、ゆっくりと意識が覚醒していく。なんだか懐かしい夢を見た気がしたが、内容は思い出せない。
目を少し開くと、窓から射し込む光が見えた。周囲に視線を巡らせれば、自分の私物が並んでいることからここが寮の自室であることを理解した。
「どういう、ことだ・・・・・・?」
体を起こし、疑念が口から洩れた。
走馬灯のようには見えない。
確かな実体を持ったものがあった。
しかし、記憶を思い返せば俺は死んだはず。
片脚が吹き飛んだあの状態でモンスターを打倒し、かつ学校の寮に帰ってくる事などできるだろうか。答えは否だ。
「いや待て」
そこで俺はようやく気付いた。左足の感触があることに。
勢いよく布団を引き剥がせば、そこには失ったはずの左足があった。
ならばあの出来事は全て夢だったのかと安堵しかけたが、よく見れば服はボロボロで、左足部分のズボンは奇抜なファッションのようになっている。
思考が疑問符で埋め尽くされる中、立て続けに奇怪な現象が起こる。
『おはよう一。いい夢は見れたかな?』
「っ?!」
バッと部屋の扉を見るがそこには誰もいない。窓を見てもそれは同様だった。ならば既に部屋の中に潜んでいるのかと辺りを見回すが、そのような不届き者の気配は感じない。
『周りを見ても意味ないよ。なんせボクは君の中に居るんだから』
「俺の中に居るだと?」
変なものでも食べたか。という冗談は置いといてこの不可解な声の原因を探るために記憶を思い出す。
山へと走って移動し、階段を登った先の神社でモンスターにボコられ、そして、
「あっ」
そうだ。視界がぼやけて死を身近に感じたあの時、視界の隅に少年だか少女の姿が見えてその子は俺に何かしらを言っていた。その声は先程聞こえてきたものと酷似しているような気がする。
『どうやら思い出したみたいだね。あの程度のモンスターに殺されそうになるなんてまだまだだな~』
「ぐっ・・・・・・お前には実体があったと朧げに記憶しているんだが、何故姿を見せないんだ?」
『いい服が決まらなくて調整中なんだ。女の子はおめかしに時間がかかることをよく覚えておくように!』
あの程度と言うには強いと感じたが、結局は敗北したために不思議生物の煽りが心に響く。今のままだと誰も守れないままに死にそうだ。
「お前は一体なんだ? 俺は何故生きている? この場所にはどうやって辿り着いたんだ?」
『もぅ、質問が多い主人だな~。でもいいよ、答えてあげる。まずボクの正体だけど、君達が遺物というものだよ』
「遺物、か。聞いてたものと比べて全く別物に感じるが」
異物といえば、剣や盾、箱のようなものもあるが、須らく物体があるものだ。
決められた質量の中空間に存在し続けるはずだが、この自称遺物にはそれがないように見える。というかこの目で見えないとはどういうことなのか。
確か俺の体の中に入っていると言っていた。
「まさか俺の体を切り開いて中に遺物を・・・・・・?」
『阿呆ぉお!』
「っ?!」
恐ろしい妄想に戦慄する俺につっこみを入れながら突如として少女が目の前に現れた。
身長は140センチ前後、明るい金髪を肩口の所までで揃えた、快活な表情を浮かべた少女は何故かメイド服に身を包んでいた。
「なんでメイド服?」
違う、聞きたい事は山ほどあるのに服装のインパクトが強過ぎて思わず聞いてしまった。
『男の人ってこういうの好きでしょ? だからサービスぅ~ 欲情しちゃってもいいよ?』
「男を代表して言うが、誰もがメイド服が好きな訳じゃないぞ」
『嘘だッ!!』
何処ぞの漫画で見たような気迫に思わず引いてしまう。
そんな俺を見てか、少女は般若顔を引っ込めて人好きの良さそうな顔で近寄って来る。
「ボクみたいな美少女を前にして照れるのも分かるよ。でもボクから歩みよってあげるから少しずつ慣れていこっか。ね、一」
「別にそういう訳では――」
はっとして表情を強張らせる。
どうしても見逃せない発言だ。俺はこいつに自分の名前を伝えたことはない。
「そもそも、どうして俺は寮に帰ってこれてるんだ?」
一歩、後ろに足を引く。少女は悪戯な笑みを浮かべながら二歩間を詰めて至近距離から俺の顔を見上げる。
『言ったじゃないか。ボクは君の中にいるのだと。同期と言ってもいいだろう、深い場所で繋がっているため君の記憶を除く事もできるのさ。だから君の名前が新界一であることも、冒険者になった理由も、好みの女の子の情報だって知る事もできる。このおっぱい星人め』
「変な改竄を施すな。ならば俺もお前の記憶を除けるはずじゃないのか? まるでできそうにないんだが」
『ボクがプロテクトをかけているからね。いい女は秘密が多いものさ』
「女っていうよりかは女の子って感じだろ」
つまり、一方的に俺の情報だけ除かれている状態にあるわけだ。
正体が分からない相手に全てを晒している現状は怖すぎる。
「・・・・・・まずは冒険者協会で遺物の申請を出しに行くか」
冒険者は取得した遺物を協会に登録する義務があるのだ。
呪いを撒き散らすような凶悪な遺物であれば協会側が代わりに管理し、未知の遺物を買い取ったりすることもある。後者は任意であるため自分で使い続けることもできるが、大抵そんな遺物にはその後の人生を遊んで暮らせるような高額の取引が行われるため、売ってしまう冒険者も少なくない。
『止めた方がいいと思うよ?』
「俺の記憶を見たなら分かるだろ、これは冒険者の義務だから仕方ないんだよ」
『そうだね、冒険者は協会に遺物を取得したら登録申請をする義務がある。ただし、協会が遺物と定めているものは大きく六つの階級が存在する』
「なにが、いいたいんだ?」
確かに遺物には六つの階級が存在する。
これは協会が決めたものではない、遺物の詳細を知る事ができる遺物が現れたことで、それぞれに階級があることが分かったのだ。
階級は上から、覇王級、怪物級、英雄級、鬼才級、騎士級、一般級の六つ。
一番下の一般級でも名工が作ったようなものが出現する。最上位の覇王級については運用次第で国を相手取れると言われているような超兵器だ。
少女は、不気味な笑みを浮かべる。
『分からないかい? つまり裏を返せばその七つ以外を遺物と定めていないのさ』
「いや、遺物の階級は六つで全部じゃ・・・・・・」
『十』
確信を持った声音で少女は言い放つ。
『遺物の階級は全部で十だ。覇王級の上に伝説、神話、乖離、そして幻想級が存在する。どれもこれもぶっ壊れた性能を持った遺物で、その分数も少ない。保持している国は相当優位に立てるだろうね』
「本当にそんなものがあるのなら、遺物、またはその所持者の勧誘に血眼になるだろうな」
『間違いないだろうね。力を持っているならいいけれど、ただの学生である一は殺されちゃうんじゃないかな?』
この話の流れで薄々勘付きつつ、少女におそるおそる尋ねる。
「・・・・・・ちなみにお前の階級は?」
『にひっ! 遺物【大アルカナ:愚者】、階級は伝説級だよ』
おおぅ、俺は知らず知らずのうちにとんでもない遺物を手に入れていたらしい。とはいえ、そんなことを言われてもあまり実感が湧かないのは、迷宮を攻略して自分の力で手に入れたという工程がないからか。
『力をつけるまでは内緒にした方がいいよ~』
ウイルスというものはクリックしないと危険だというものだ。
この遺物が俺にとって味方である確証がない現状でどう動けばいいのか、その日一日は鍛錬する余裕もなく、うるさい少女の声を聞きながら考え続けた。
う~ん、展開が難しい。