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遥か遠くの君達へ  作者:
第一章 リトライ編
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7話 異常

 砂塵がゆっくりと晴れていく。

 確かになる紅の双眼、輪郭が朧げに現れ、それがやはり人でない事が分かる。


「なんだ、こいつは・・・・・・」


 四足歩行、尖った耳を持ち背後にはゆったりとした尾がある。

 一言で言えばその相貌は狼だった。


 ただ、でかすぎる。

 俺の身長を優に超え、三メートルはあるであろう高さから瞳が俺を睥睨していた。


「くっそ! なんでこんなところにモンスターがッ!」


 間違いなくモンスターであると分かる生命体を前に、咄嗟に腰を落として臨戦態勢を取る。


(まさか、開放型か!)


 迷宮と言っても全てが同じような形をしている訳ではない。

 多種多様に分かれていて、大きく分別するならば三つの型が存在する。


 一つは階層型。

 主に巨大な建造物の中にモンスターが存在するものを指す。大抵は二層以上の迷宮だが、稀に一層だけの迷宮もこれに分類される。


 二つ目は開放型。

 これは建造物の中という括りはなく、一定の範囲の地域が迷宮かしモンスターが現れるものだ。この迷宮にはボスモンスターが存在し、これを倒す事で迷宮はその姿を消す。


 そして三つめは移動型。

 この迷宮は文字通りに移動する迷宮だ。建築物が移動するものもあれば、霧のような不定形のものが移動し、その中に迷宮があったりと未だ不確定要素の多い型だといえる。


 そして今俺が対峙しているのは紛れもなくモンスター。

 モンスターと覆う建築物はなく、外の世界との隔たりが存在しないことを考慮すれば、開放型の迷宮である可能性が高い。


 ただ、人に見えたり見えなかったりするような迷宮は今まで存在しなかったため、もしかしたら迷宮ではないトリック的な秘境のような場所なのではないかと疑問符を浮かべながら考えていた。


「ふぅ」


 まずは息を整える。

 ジェットコースターに乗っているように感情の変化が追い付かない。先程までの和やかな空気は一転して命のやり取りを行う戦場と化した。


(問題は、俺はこのモンスターを知らないってことか・・・・・・)


 大抵のモンスターの情報は頭にいれたはずだが、こんな奴の情報は全くなかったはずだ。似たモンスターはいるが、ここまで大きくはなかった。


 視線の先、狼が顔を天に向け、口を開ける。


『ウォォオオオオオオオオ!!!』


「ッ?!」


 空気を揺らす咆哮が耳朶を打つ。

 思わず両手で耳を塞ぎ蹲るようにし顔を地面に向けた先で、巨大な影が出来ていた。


 訳も分からないまま全力で横に飛びその場を離れる。

 瞬間、先刻まで俺が立っていた場所へと空から飛び降りた狼が前足を叩きつけ地面を粉砕していた。


「マジかよ」


 血の気が引いていくのが分かる。


 あの重量で軽快に飛び上がるほどの跳躍力。おそらくはまともに攻撃を喰らえばそれだけで死ぬ。今までの鍛錬が、時間がひどく希薄なものであるように思えた。


 これは勝てない。

 どうすればこの怪物から逃走できるかと考えを巡らせる。


「?」


 そんな俺の姿をどうでもいいように見下ろす獣は顔を横に向ける。

 興味がなくなったのかは分からないが、逃げるなら今だろう。そう思いながら、ふと気になった獣の視線の先。


 周辺の地図を頭に入れたから分かる、次の獲物と定めたであろうものを理解した。

 視線の先、公園があった場所では今頃お昼を食べ終わった子供たちがまた遊び始めているだろう。


 氾濫以外の理由で、開放型の迷宮からモンスターが出てきた事例はまだない。しかし、この迷宮自体が例外のようなものであることを考慮すれば、決してこのモンスターが外に出ない保証はないのだ。


 恐怖を握りつぶす。


――水魔法、水刃


 魔力操作。背後に出現する魔方陣は一瞬の輝きと共に事象を発現させる。

 魔方陣に変わるようにして、宙に高速で回転する水の刃を出現する。


「つれねえな犬っころ」


 顔の向きを直したモンスターの鋭い眼光が俺を貫く。


「俺が付き合ってやるから浮気するなよ」


 軽口で感情を誤魔化しながら、俺はモンスター目掛け飛び出す。


 横薙ぎに振るわれる右腕を前転で回避し、すれ違い様に水の刃を腹部に叩き込む。二発放てば木を薙ぎ倒す程の切断力を誇る技であるはずだが、結果としては僅かにモンスターの体表を斬り割く程度に留まる。


 身じろぎした体躯の隙間から抜け出し、次弾の刃を作り出す。


(こんなことならもっと殺傷力のある魔法を習得しておくべきだったな!)


 苛立ちに牙を剥くモンスターの動きが一段早くなる。


 一歩引いて――


 犬と蟷螂が戦っている動画を見た事がある。

 よくも数倍の体躯を持つ犬に対して威嚇できるなとなんとはなしに見ていたものだが、思い返せばその時の犬の前足のジャブは恐るべきものだった。


 それを今、体験している。


 爪に断たれた服、シャツに滲む血の量に驚き、死の音が近くまで来ていることを悟る。

 一歩引くのが遅かったらその時点で致命傷を負っていた現状、思わず笑いが漏れる。まるでゲームシナリオの敗北イベントだ。


 ただしセーブもコンティニューも存在しない訳で、直行でバッドエンドに進む。


「ほんっと、糞だなッ!」


 頬を引き攣らせながら、それでも再度モンスターに躍りかかる。

 俺はここで死ぬかもしれない。


 でも、ここで俺が止めなければ子供達が死ぬかもしれない。


『はははっ! 後は俺に任せろ!』


 幼馴染も才能も関係ない、俺が冒険者に憧れた原点。

 どうしようもない暴力に対し、守るべき人達を背にモンスターを狩るテレビに映っていた英雄に憧れたから。


「くッ!」


 傷が増える、けれど興奮から痛みは感じない。

 怒涛の攻撃に体を休ませる時間がない。息が、できない。


「――ッ!・・・・・・ふっ」


(今ここで守れなかったら、なにを目指して努力してきたんだ!)


 後門に死神を携えながら、ここが殻を壊すターニングポイントだと自分に言い聞かせ、怒声を上げながらモンスターと踊る。


 ・・・・・・


 体感で数時間、実際では数分の戦闘は幕を閉じようとしていた。


 俺は背を道脇に生えている木に預け苦笑を浮かべる。


「はっ、全く運がない」


 本当にどんな初戦だ。自分の運の悪さに辟易とする。

 顔を僅かに上げる。最初に写るのは膝下から消えた左足だ。周囲を見渡せば、遠くの木の上に引っかかっているのが見える。


 右腕ももう動かない。あらぬ方向に腕が曲がり、もう少しで皮膚を骨が突き破る寸前と言った形だ。


 そしてモンスター。


『グルッ・・・・・・フシュッ・・・・・・』


 憤怒の表情は変わらぬままに、その全身から血を流し動きが緩慢になっている。

 あと一歩まで追い込み、最終的に魔力が切れた。


「引き分け、か」


 俺もモンスターも血を流し過ぎた。時期に大量出血で死ぬだろう。

 今は死の間際、走馬灯というのか、心配していた両親の表情を思い出す。


(ごめん)


 こんな親不孝で死ぬことになるとは。ただ、こうなる確率は十分に考慮して冒険者になろうとしたんだ。後悔はない。


(最期まで、お前には追い付けなかったか)


 あの天才の隣に立つ事は終ぞ叶わなかった。

 願わくば、次の人生はより幼い頃から努力できる人間になりたい。


『くすっ』


 笑い声が聞こえた。

 声のした方に顔を向ける。ぼやける視界の中、少女のような姿が見えた。


『まあ及第点かな。こういう時はどんな感じで始めればいいのだろう? 困ったな、もう少し考えておくべきだった。ボクとしたことがうっかりだ』


 なにやら元気に喋り出す少女。

 こんな場所に、というか瀕死とは言えモンスターの前で悠長にしている少女などいるはずがない。ついにお迎えが来たのだと確信する。


『こほん・・・・・・さあ、愚かな愚者よ! 己の未熟を理解してなお戦場に踏み出した虚仮よ! 死の狭間に立ち、それでもなお進みたいと願うのならボクの手を取るがいい!』


 最近の天使は中二病なのかもしれない。

 よく分からないが、少女は俺に向け手を差し出す。

 まだ動く左手なんとか動かそうと持ち上げ、余力がなくて落下する寸前、少女は俺の左手を慌てて掴んだ。


『あっ、えへへ、結局ボクから掴んじゃった。まあいっか、それじゃあ今からボクと君は運命共同体だ。粛々と、そして愚者らしく笑いながら運命をぶち壊していこうじゃないか』


 そんな台詞を最後に、俺は意識を手放した。







『ありゃ? これは思ってたより瀕死っぽいね。ちょっと体借りるよ、気を失ってるからパスも障害がなくて楽ちんだ』


 少女の体が消え、気を失っていたはずの一が目を覚ます。


「お、おぅ。これは痛い・・・・・・」


 次の瞬間、一の体に変化が起こる。

 欠損した左足の先から骨が現れ、血管と筋肉が支えるように生まれ、最後は皮膚に覆われる。


 その間、僅か数秒。体の節々にあった傷も時間が巻き戻るように再生し、何事もなかったかのように立ち上がる。


 心なしか、モンスターが唖然としているように硬直する。

 異常を感じ取ったモンスターはなにかしらの危機を感じ取ったのか、咆哮を放ち、一息に一に詰め寄る巨大な顎で噛み千切ろうと――


「邪魔」


 一撃。

 下からのアッパーカットがモンスターの顎に突き刺さり、千切れた頭部が宙を舞った。

 強引に千切られた傷口から血を噴き出し、ふらふらとゆれた体はそのまま地に音をたて倒れた。


「よっし、帰ろう!」


 腕を上げて伸びをする一。


「また始めよう。今度はもっと上手くやってみせる」


 機嫌良さげに口笛を吹きながら、血まみれの服で階段を下りて行った。


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