6話 鳥居
「階段?」
石の階段だ。
かなり上まであるようで顔を上に向けても天辺が見えない。
「本当にあるとは・・・・・・」
大抵の噂話はただの噂で終わるものだが、こうして目に出来たのは非常に稀だろう。
にしても不可思議な階段だ。どうやら山頂に続いているようだが、そこに一体なにがあるのか。非常に興味深いが、そもそも拒絶されるのであれば入る事もできないだろう。
可能であれば少し調べたいところだが。
「でもまあ、明日だな」
今日は既にオーバーワーク気味だ。
これ以上体を無理に動かしてもいいことはなさそうだと踵を返そうとした時、
――待って・・・・・・
声が聞こえた。
どこからかは分からない。直接脳に語りかけられたような気もする。
少女のような声だった。声音から、なにか切実な思いをぶつけられているような気がした。
おもむろに階段の上を見上げる。
「呼ばれた、のか・・・・・・?」
明らかに普通ではない。
空耳である可能性の方が遥かに高いだろう。
それでも、何故か、どうしようもなく気になった俺は階段に足をかけようと一歩足を踏み入れる。
「あれ?」
普通に、何事もなく一段登る事ができた。
二段目に踏み出してもなにかに阻まれるような感じはまるでしない。日常にある階段と何ら変わらぬ姿に少々唖然とした。
今一度、踏み出すべきかを考える。
「確か、誰も登ったことはないと言っていたな」
子供の噂話とSNSを信じるのであればそうだ。政府がまだ積極的に動いていないことにも真実味がある。ただ、まだ表にでていないだけで既に登った人物はいるかもしれない。その場合、後の情報がなにも出されていないことに関して二つの憶測ができる。
一つはこの先の情報が非常に貴重であり、誰にも教えたくないというもの。
自分の力になり得ることをわざわざ人に言いふらすのはただの馬鹿だ。現代の力に対しての認識が相当甘いとしか思えない。
そしてもう一つは、登った人物全てが死んでいる可能性。
死人に口なし。情報が出回ることもない。
「でも、俺が初めてだった場合。この奇跡は二度目があるのか?」
全てが想像なのだ。
あらゆる可能性を想定しても、結局行かないとなにも証明されない。
先に対する興味と、二度目はないかもしれないという不安を天秤にかける。
「行こう」
数秒の思考の末、先に進む事を決意する。
この幸運は必ず掴み取るべきだと判断した。
周囲に隈なく視線を巡らせ、警戒を上げながら階段を上がっていく。
「不思議なものが置いてあるな」
階段の途中で、何やら小さな置物が点々と置かれている。
槍を掲げた戦士、煌めく星のようなもの、死神の鎌のようなものまで。
それらがどのような意味を持ってるのかは想像できないが、昔ながらの厄除けのようなものなのかもしれない。
軽く水を掛けてみるも、特に反応はない。ただただ濡れた像と罪悪感だけが残った。
しばらく登り続け、ようやく頂上に到着する。
「神社、だな」
登りきってまず見えたのは巨大な鳥居だった。平安神宮の鳥居よりやや高いか、20メートル後半ぐらいの高さはあるように見える。
どこにでもあるような赤い鳥居。ただ、一つ不可解な点があるとすれば全く劣化が見られない点だ。
どれだけ新しいものだとしても多少の劣化や構造の歪みが見られるはず。
それが、これには全くない。この世にあるはずもない完全な構造体といっても過言ではないとすら感じる。
「なんだか気味が悪いな」
手で触れてみるが、感触は特におかしいものではない。
材質としてはおそらく木だろう。普通に傷つけることもできそうだ。
「ふむ、入ってみるか」
かなり気味が悪い場所であるが、先程の声が幻聴でなかったのだとしたらそれの正体が気になる。
辺りを警戒しながら鳥居を潜った。
一陣の風が吹き抜け、釣られるように後ろに振り返る。
「おお、これは絶景だ」
かなり高い位置にあるのだろう。
鳥居の先には町を一望できる光景が広がっていた。先程小学生の子たちと遊んでいた公園も視認できる。お昼の後にまた遊ぶ約束をしていたのか、小さい人影が楽しそうに交り合ってるのが遠目に見えた。
「こういうのは隠れスポットというのかな」
なんだか秘境に辿り着いたみたいな感覚で少し気分が高揚した。
一枚だけ写真を撮り、砂利が敷かれた道を歩きながら奥に進んでいく。
陽の影響か、日常ではないような、少し幻想的な空間に胸を高揚させる。
道中、絵馬掛所を見つける。
たくさんの絵馬が掛けられていて、どんな願い事が掛かれているのかと興味本位で覗いてみる。
――助けて下さい。
「ッ?!」
最初に見た絵馬に書かれていた言葉に目を見開く。
ブレた字体、一刻の猶予もないのだと思わせる走り書きに自然と心臓が早くなっている自分に気付く。
「一体なにが・・・・・・」
他に情報がないかと視線を横にずらした。
――あの悪神共を、忌まわしき六神をどうか・・・・・・どうか、滅ぼして下され!
――また、国が一つ滅びました。この世にはもう救いはないのでしょうか。
――願わくば、次の生では穏やかな生活を。
「なんだ、これ」
どれもこれも悲痛な内容ばかり。字体が別である事を考えれば、全部別人が書いているのだろう。
そもそもこの絵馬は誰が書いたものかという疑問だ。
また、国が滅んだ? 迷宮からモンスターが溢れ出す現象は存在するが、国が堕とされたような話は聞いたことがない。
「っ、一体この神社にはなにが祀られているんだ」
なにかしら由来がある神の元に絵馬を書くのが一般的だと思うが、厄病を祓うような神が祀られているとでもいうのだろうか。
思わず、奥にあるであろう本殿に意識が向かう。
畏怖を孕んだ足取りで一歩ずつ拝殿(本殿の御神体を直接見られないように、本殿の前に建てられる建物)に近付いていく。
辿り着き、拝殿を観察する。
一見して、普通の神社となんら変わらないように見える。
賽銭箱に、上から吊るされている本坪鈴と鈴緒。拝殿の中に視線を向ければ、壁が開けた状態になっていて、おそらく本殿であろう建物の重厚な扉が見えた。
なにか途轍もない存在がいるのではと緊張していたが、神秘的なオーラが溢れ出ているということはないらしい。
「折角きたのだし、なにかお願いでもしようか」
なんの神を祀っているのかも知らないでお祈りをするのもおかしな話だが、やらないよりはやった方が得であろう。絵馬を見る限り悪神ではなく、その対極に存在するような神であることが予想出来る。
もしも将来的に凶悪な犯罪者と対峙するような場面があれば、もしかしたらなにか手助けを頂けるかもしれない。
基本的に日頃の鍛錬が全ての結果に繋がるものという考えだが、偶にはこういう気まぐれもありだ。
「やっぱりご縁をということで五円玉にするか」
財布から五円玉を一枚取り出し賽銭箱に入れる。
二拝二拍手一杯。目を瞑り言葉を継げる。
(この先の道程をどうか見守っていて下さい)
数秒して目を開けて、礼拝に背を向ける。
結局ここがどういう場所なのか分からなかったが、別になにがある訳でもなかったらしい。帰ったら十分に体を休めようと思いながら、絵馬があるなら書こうかと辺りを見回した時、明らかにおかしな光景が視界に映った。
鳥居、俺が潜ってきた鳥居が増えていた。
階段側に、宙に浮くような形で鳥居が増えていく。
まるで千本鳥居のように連なっていく鳥居、同時、何故か霧が現れ始め視界がぼやける。
「なにが起こって・・・・・・」
鳥居の先から、巨大な黒い影が飛び出してきた。
車では不可能な移動、そして明らかに人ではないなにか。
警鐘を鳴らす本能にしたがい、その場から飛び退く。
俺が寸前まで立っていた場所は、轟音と共に黒い影によって陥没していた。