5話 噂
土曜日。冒険者学校に入学して初めての休日である。
貰った生徒手帳を活用して迷宮にでも潜ろうかと思ったが、まだ防具もなにも整っていない状態だ、準備不足であるためいつも通り鍛錬に勤しむ。
休日であるため時間の縛りはない。
いつものルートとは別の場所にも足を向けて、ついでにこの辺りの地理も覚えておこうと周囲に視線を巡らせる。
赤信号。
足を止めて呼吸を整える。
『本日は、一級冒険者チーム○○さんに来ていただきました』
『よろしくお願いします』
ふと聞こえてきた声に顔を向けると、電気店のガラス越しにテレビが見えた。
どうやら一級冒険者がテレビに出演しているらしい。背景に写る映像には、彼等の戦闘している場面が流れている。
魔法を用いた戦闘、それだけでなく冒険のすえに手にしたであろう遺物を手に戦う彼等の姿は今の俺ではとても再現はできそうもない。
「凄いな・・・・・・」
呟きを残し、視線を前に向ける。
信号が青になる。軽くフードを被りまた走り始める。
「ふっふっ・・・・・・」
あんな遠くにいる人物の姿を見るとどうしても思ってしまう事がある。
俺は本当に前に進んでいるのだろうか? と。
まあ、それで心が挫けるようなことはない。階段を一段一段と踏みしながら歩いている隣でエスカレーターで直上するような幼馴染がいるのだ、慣れたものだった。
(考えても仕方ない事だ)
こんな考えを吹き飛ばす最も簡単な方法は、確かな実績を手にすることだろう。自分自身を認められるなにかを手に入れないことにはどうしても周囲が気になるものだ。
今の目標は一年で攻略できれば優秀だと言われているD級の迷宮を攻略する事。まずはその一歩から全力で取り掛かる。
・・・・・・
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
随分と走った。
少しペースが崩れたからか呼吸が苦しい。
「ふぅ・・・・・・流石に冒険者関連の店が多いな」
冒険者学校の近くであるためにそちら関連の店が多く散見された。
武器や防具の入手には事欠かないだろう。気軽に買える値段ではないにしても、学生の間は割引がきくから今のうちに色々と買ってしまいたくなる。
今度誠二と一緒に寄ってみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、歩道の脇に公園をみとめて中に入り、自販機で水を購入してからベンチに腰を掛ける。
公園には小学生ぐらいの子供が多くいた。
友人たちでサッカーをして遊んでいるグループ、砂場で遊んでいる小さい女の子グループは低学年か幼稚園の年長組だろうか、後は円を組んで叫びながら元〇玉を作ろうとしているグループと様々だ。
「俺が小学生の頃はなにをしていたっけ・・・・・・?」
小学五年まではあまり外には出ていなかったような気がする。
全くではなかったが、大体は家の中で友人とゲームをしたりと体は動かさなかった。
内心では、その気になったらできるんだと、理由のない自信があった。思い返せばかなり恥ずかしい醜態を見せていたかもしれない。
あの時に修練を続けていたならと後悔しきりだ。
「あぁっ! ボール乗っちゃった・・・・・・」
「頑張ればとれるかな?」
「大人の人呼んで来る?」
どうやら木の上にボールが乗ってしまったらしい。
ベンチから立ち上がり集団に近付く。
「俺が取ろう。君達は少し離れてて」
手早く木の上に登りボールを下に落とす。
「ありがとうお兄ちゃん!」
「兄ちゃんすげぇ!
「なあなあ一緒に遊ぼうよ!」
随分と人懐っこい子供達だ。
丁度休憩中だった為、子供達の誘いにのって少しだけお邪魔させて貰う。
しばらく遊んだ頃、一人の子供が変な噂話をし出した。
「そう言えばお兄ちゃん知ってる? 近くの山道にあるはずのない階段が見える時があるんだって」
「あるはずのない階段? 秘密理の作られたってことかい?」
「う~ん、よく分からないけど。誰もそんな予定はなくて、工事の音とかもなかったのにいつの間にかあったらしいよ」
なんとも不気味な話だ。
それは迷宮の可能性が高いのではないだろうか。
大体の迷宮は政府が把握し、管理体制を整えているはずだが。それでもこの子が迷宮と言い切らないのはまだそう判断されていないからだろう。
“見える時がある”ということは逆に考えれば見えない時もあるということだ。
おそらくは報告を受けて政府は動いたが、赴いた場所にはなにも無かったのだろう。役人は判断に困った事だろう。見間違いだという割には階段を見た人が複数いるのはおかしい、しかし実在するのかと言われればそれが目に見えない。
(調査中とかで判断を保留しているのかもな)
子供が言うには、誰もその階段を登っていないため怪我人もいないらしい。
政府の動きが遅いのはその点も加味されているのだろう。危険性の薄い未知のものに手を割く余裕がないのかもしれない。
「未知の階段なんかあったら興味本位で登ってしまいそうな気もするけどな」
「あっ、それ私も気になって聞いたことある! えっと、なんだかよく分からないけど登るのを拒絶されてるみたいで登れなかったって言ってた!」
「それはまた、不思議だね」
人を拒絶する迷宮? 聞いたことがない。
なんの利点があるのかは分からないが、迷宮は人を拒まないのが定説だ。どころか理不尽に人を取り込むような迷宮も存在する。
そんな中で人を拒絶する迷宮になんの利点があるのか。
そもそも利点もなにもないのかもしれないが。なにかしらの理由は考えてしまう。
「おっと、そろそろ十二時か。君達もお腹が空いただろう。一旦お昼休憩をした方がいい」
「もうそんな時間か~ 分かった! じゃあねお兄ちゃん!」
「「じゃあね~」」
お昼時。子供達と別れて近くのレストランに入店する。
今日は軽めにしておこう、メニュー票にあるパスタを注文し、届くまでの間スマホで少し噂話について調べる。
「殆ど情報はないな」
記事はなし、少しだけ目に留まったのはSNSで発信された呟きか。
場所はそれなり近い。車でいけばすぐ、走りながらならいい運動になりそうな距離だ。
「お待たせしました。注文は以上でよろしいでしょうか」
「はい、ありがとうございます」
スマホをしまいパスタを口に運ぶ。
久しぶりの外食だがたまにはいいな。生活費を安定して稼げるようになるまではおあずけだが。
料理に舌鼓を打つこと数分、食べ終わったパスタに満足しながら店を出る。
「うっし、ちょっと行ってみるか」
噂の階段を見に足を動かす。道順は先程頭に入れた。
見れるかは分からないが、気になってモヤモヤするよりかは見に行ってすっきりする方がいい。
「あの山だな」
車の脇道を一定のペースで走り続ける。
絶妙な傾斜がいい負荷をかけてくる。新たなランニングコースに検討するべきだろうか。
木々の木漏れ日を浴びながら、熱を帯びる体を少し冷やそうかと思った時。
視界の横、明らかに異質なものが見えた。
思わず足を止めてそれを見上げる。